第45話 双子は二人だけ#1

「ルドヴィカ?」


「ギリギリ間に合ったみたいね」


 ヒルダとの鍔迫り合いを制した彼女はそのまま蹴り飛ばし、ヒルダは鞠のように地面を跳ねた。



「それで、助けは要る?」



 ルドヴィカが手を差し伸べてくる。



「……あぁ」



 以前なら拒んでいた。


 だが、今は違う。



 弱いから捨てられたのではないと分かったから。



 愛情が変わらずあると知ったから。



 だからシルビアは、素直にその手を取ることができた。



「しっかし酷いザマね。一度オリビアに診てもらいなさい」


 立ち上がったシルビアの姿を見て、ルドヴィカは後ろを指す。振り返ると、通りの端には薬箱を持ったオリビアが立っていた。


「手当してる時間なんかねぇだろ」


「時間なら私が作るわよ」


 ルドヴィカは立ち上がったヒルダを見ながら言った。


「あんたは、まともに戦ってもあいつに勝てないのよ。そこんとこ分かってる?」


 ルドヴィカの叱責が飛んでくる。


「あいつの首が欲しいなら、できる限り万全の状態で戦いなさい」


「分かったよ」


 ルドヴィカを信じて、シルビアはオリビアの元に向かう。


「酷いやられようですね」


 身体のあちこちに負った傷、特に腕と胸の出血を見ても、オリビアは眉一つ動かさず、いつものように淡々と準備を進めていく。


「早くしてくれ。病み上がりに任せてられねぇ」


 ルドヴィカは療養中の身だ。

 戦うにはまだ早いことくらい、医者でないシルビアにも分かる。


「お前、ルドヴィカがここに来ることをよく許したな」


「許していませんよ」


 当然でしょう、とオリビアは答えた。


「どうしてもと聞かなかったものですから」


 戦闘が起きていると知り、自分だけ休んでいるわけにはいかないと思ったのだろう。


「さすがルドヴィカだな」


 たとえ療養中でも、己の仕事を最後までやり遂げる。

 それはまさに、シルビアの知る彼女だった。


「勘違いしているようですが、ルドヴィカは仕事だから来たわけではありませんよ。もしそうなら、私は何としても止めていました」


「はぁ? じゃあ何で来た?」


「あなたですよ、シルビア」


 オリビアは傷口の汚れを落としながら、こっちに目を合わせた。


「あなたを心配して、ルドヴィカは来たのです」


 その言葉に、ヒルダと戦う彼女の背を見つめる。


 ルドヴィカは善戦している。

 ヒルダの剣を巧みに捌き、彼女の身体に次々に傷を刻んでいく。

 だが後退したヒルダは、自らの傷に触れてすべて癒してしまった。


「私もそうです。今も、3年前も、あなたが心配だから来たのです」


 オリビアは、傷に薬を塗りながら続ける。


「確かに、リュミエールの不死鳥にいた方が仕事はやりやすいでしょう。彼らは激戦地を渡り歩きますから、きっと多くの人々を救えると思います」


 薬は不思議と沁みず、傷は癒えていないのに痛みが引いていった。


「ですがそれよりも、私はあなた1人が大事なのです。もし3年前に抜けなかったとしても、いずれは捜しに出ていたでしょう」


 包帯を取り出したオリビアは、意地の悪い笑みを浮かべた。


「だから諦めてください。あなたが何と言おうと、何を思おうと、私はあなたの隣にいます。傭兵として、医者として、そして姉として」


「……そうかよ」


 シルビアが大事だ。

 いつかは捜しに出ていた。


 そう言われたことが、たまらなく嬉しかった。

 それを表に出すのは何だか恥ずかしくて、シルビアは緩む頬を必死に引き締めた。


「終わりましたよ」


 包帯が巻かれた右腕を軽く動かす。

 さっき塗られた薬のおかげで痛みはなくなり、戦うにも支障はなさそうだ。


「塗ったのは痛み止めです。強い鎮痛作用と引き換えに、効果が切れたら今まで以上に痛むので覚悟しておいてください。それに傷は塞がっていませんから、くれぐれも無理はしないように」


「分かってる。ありがとよ」


 乱れた夜会服ドレスを直し、立ち上がる。

 剣を抜いたときにはもう、頭の中は戦争に切り替わっていた。


 ヒルダを倒す。


 それだけに意識を向けて、ルドヴィカの隣に並ぶ。

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