第44話 戦士と傭兵#2

「……お前は、誰かに期待されたことはあるか?」


「あぁ」


 ルドヴィカには期待されていた。

 3年前の真実を聞かされた今は、きっとまだ期待されているだろうと思っている。


「私もそうだ。神童と呼ばれ、戦線の期待を一身に背負ってきた。あと10年早く生まれていれば、黒竜戦争はアルカハルが勝っていたとまで言われるほどだ」


 ヒルダは剣を下ろした。


「だから、私はそれに報いなければならないんだ」


「なら生き延びろ。死んだら報いるもクソもねぇだろ」


 殺そうとしている自分が言うのも変な話だが、少なくとも間違っちゃいない。


「援軍は来るのか? あたしらは来る。そうなったらお前らは追い詰められて、その辺の路地裏でくたばるんだ。そうなるって、お前は薄々感づいてるだろ」


「何が言いたい?」


「取った首を持って、この街から出て行こうとは思わねぇのか?」


 ヒルダたち戦線は、リエトの要人たちを多数殺害した。

 撤退しても、戦線は彼女を責めないだろう。


「ふざけるな。我々の目的はヴェルピアの掌握だ。それが為されるまで退くことは絶対にない」


 逃げれば、また機会はある。

 それをヒルダは、くだらない意地だか矜持のために捨てている。


 彼女だけが死ぬならいい。

 だが、その下では彼女を信じ戦っている兵たちがいる。


 指揮官には戦の勝利だけでなく、損害を最小限に抑えることも求められる。勝つたびに部隊が壊滅していては話にならないし、兵だってついてこない。


「死んだ連中も、あの世で後悔してるだろうよ。命を預ける相手を間違えたってな」



「貴様が……貴様らだけは、同胞を愚弄するな!」


 ヒルダの瞳に怒りが燃えた。


「彼らは皆、勇敢な戦士だった! 自由の下に殉じた! 戦争屋に嘲る資格などない!」


「勇敢な戦士、ね」


 ヒルダの火に、シルビアは氷で応える。


「お前らは略奪やら誘拐やらで稼いでんだろ? だったら賊と同じじゃねぇか」


「我々は聖戦を行っている。それらはすべて、正義と自由のためだ。貴様ら傭兵はただの己の金のためだろう。天と地ほどの差があるぞ」


「ハッ、バカじゃねぇのか」


 シルビアは鼻で笑った。


「戦争はただの殺し合いだ。ましてや、お前らがやってんのはただの虐殺だろうが。やってることはあたしら以下だぜ」


 それを聖戦なんて言葉で表すのは、糞に花を添えるのと同じだ。


 糞は糞、戦争は戦争。


 いくら飾っても、その本質に変わりはない。


「お前らは本当に、リエトからアルカハルを奪い返せるって思ってんのか?」


 愚かな夢だ。

 ただの民兵組織が、大陸有数の大帝国に勝とうというのだから。


「当然だ。最後は我々が勝利し、リエトは打ち倒される。お前たちもな」


 だが、目の前の民兵はその夢から覚めようとしない。

 きっと物心つく前から、大人たちに見せられてきたのだろう。

 哀れだとは思うが、わざわざ覚ましてやる義理もない。


 これ以上話すこともなく、シルビアは剣を振るった。


 ヒルダは不意を突かれて、やや余計に後退する。


 開いた間合いを一気に詰めて、大上段から振り下ろす。


 横に躱され、力任せに剣を薙ぐ。


 ヒルダには掠りもせず、今度は彼女が剣を振るう。


 冷静でいて、苛烈な剣技。


 力強くもよく整った剣筋。


 シルビアの肌にはいくつもの傷が出来上がり、そのたびに焦りが募る。

 この状況を打破しようと右手を伸ばすが、あっけなく剣で払われた。


 腕を刃が滑り、白い肌が瞬く間に赤く染まっていく。

 苦し紛れた繰り出した剣は届かず、さらに胸に一撃を見舞われた。


 夜会服ドレスが破けて血が迸り、シルビアは倒れた。



「ジェラルドに渡すのも面倒だ。ここで死ね」



 そうしてシルビアに向けられた剣は、しかし突然別方向に振るわれた。



 飛び込んできたのは炎剣。



 目の前に現れたのは。

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