第43話 戦士と傭兵#1

 リエトと戦線の軍事境界線になっている通りでは両者が戦って、巻き込まれた住民たちがあちこちに逃げまどい、大混乱に陥っていた。


「何があったの!?」


 モニカは怒鳴るように現場にいた傭兵を問いただす。


「わ、分かりません! いきなり連中が襲ってきて……。あっという間に戦闘に」


 彼も状況を把握できていないのか、狼狽えた様子で答えた。


「とにかく住民の退避が最優先よ。あなたたちは、彼らを広場に誘導して。シルビアも行って」


「モニカはどうすんだよ?」


「ヒルダを捜すわ。一刻も早く戦いをやめさせないと」


「やめるとは思えねぇけどな」


 数人の小競り合いではない。数十人が衝突している全面戦闘だ。


「それでも、合意を結んだ以上は果たす義務があるわ。私にも、彼女にもね。さぁ行って」


 モニカに促されて、シルビアは通りを駆け出した。

 住民たちは通りを走って逃げるか、あるいは隅で身を縮こまらせ、この恐怖が過ぎ去るのを待っている。


「おい、あいつらと聖堂広場まで行け。あそこなら安全だ」


 端に身を寄せる数人を他の傭兵に任せながら、シルビアの目はヒルダを捜している。


 シルビアが欲しいのは停戦ではない。ヒルダの首だ。

 もちろん、モニカが停戦に動く以上は従わなければならない。

 頭ではそうと分かっているが、心は別のところにあった。


 襲いかかってきた戦線の男を斬り倒し、住民を誘導し、シルビアはさらに通りを進んでいく。


『勝利は目前だぞ! このまま突き進め!』


 見つけた。


 彼女は自らも戦いながら声を上げ、兵を鼓舞している。


「ヒルダ!」


 シルビアの呼び声にすぐさま反応したヒルダは、異能で失血させた傭兵を突き放して、一直線にこっちに向かってきた。


「私はバカだったよ。貴様ら戦争屋の言葉を信じるとはな。おかげでこの有様だ」


 周りを見回し、ヒルダは自身を嘲笑した。


「お前らの方から襲ってきたって聞いたぞ」


「それはそうだろう。自分から襲ったなどと言うわけがない」


 それはお前らも同じだろ、とは言わなかった。

 こうなってしまった以上、どっちが先に手を出したかは分からないし、分かったところで何の解決にもならない。


「モニカがお前を捜してるぞ」


「あぁ、私も使者を送ったところだ。我々アルカハル解放戦線は、現時点をもってリエト軍と交わした一切の合意を破棄する、とな」


「そりゃよかった」


 そういうことなら、もう心を隠す必要はない。


「お前とは、いい加減決着をつけねぇとな」


「それは同感だ」


 ヒルダが弾かれたように向かってくる。


 まず一撃。

 シルビアは、軽く身体を反らして避けた。


 風を切る音が目の前から聞こえてくる。


 すぐさま刃を放つ。


 向こうも同じように躱し、反攻の剣戟を繰り出す。


 ヒルダは素早い身のこなしで、シルビアを翻弄した。


 まるで舞踏。


 剣は息つく間もなく振るわれて、次々にあちこちに狙いが移り変わる。


 胸、首、腹、足、腕。


 剣は大きな顎のように、刃を牙としてシルビアに襲いかかる。


「その右手も、触れなければただの手だな」


 剣を振るっていることを感じさせないくらい、ヒルダは涼しい顔をしていた。


「そいつはお前も同じだろ。あたしには効かねぇんだから」


 攻撃がわずかに緩んだ隙に、シルビアは猛攻から脱した。


「1つ訊きたいことがある」


 軽く息を整える。


「何でお前は異能を手に入れた? どうしてジェラルドの実験台になったんだ」


 実験が成功する確率は恐ろしく低い。

 だからジェラルドは、その打開策として自分たち双子を研究しようとしている。


 では何故ヒルダは、そんなに低い確率に賭けようと思ったのだろう。

 何故そうまでして、異能を手に入れようと思ったのだろう。


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