第41話 過去#2

「嘘ね」


 モニカは、そんなシルビアの本心を素早く見抜いてきた。


「あなただって、本当は帰りたいと思ってるんでしょ」


 ――そうだ。

 

 もう1人の自分が声を上げた。

 そいつをシルビアは、無理やり押さえつけた。


「また昔に戻りたいって思ってるんでしょ」


 ――そうだ。


 ――黙れ。


「でもそれはできないって分かってる」


 ――そうだ。


 ――黙れって。


「ルドヴィカやオリビアに、ひどいことをしたって感じてる」


 ――そうだ。


 ――黙れって言ってんだろ。


「元通りに戻したいけど、戻し方が分からない」


 ――そうだ。


 ――もう黙れ!


「だから諦めて、あなたは1人で逃げようとしてるのよ」



「じゃあどうすりゃいいんだよ!」



 我慢も限界だった。



「右手のせいで傭兵団は分裂しかけた! オリビアは去った! あたしが全部壊したんだ! 戻るって言っても、他の奴らはどうせ反対すんだろ!? じゃあどうにもならねぇじゃねぇか!」


 これからどうすればいいのか。

 何故こんなことになったのか。


 もう自分が何をどう思っているのか、自分でも分からない。


「あたしはお前らを苦しめて、これからも苦しめるってのに、どうすることもできねぇんだ」


 オリビアは居場所を失い、ルドヴィカはシルビアを捨てるしかなかった罪を背負う。

 モニカや古参の傭兵たちは、そんなどうしようもない理不尽に耐えることになる。


 その元凶は自分だ。


「まさに【魔女】だよ。あたしは」


 右手を見つめて、シルビアは自嘲した。


 敵も味方も、関係なく傷つける。

 故に、シルビアはそう恐れられてきた。

 誰が最初に呼んだか知らないが、まさに相応しい名ではないか。


 そう思うと自然と笑いが漏れて、涙が溢れた。


「こんなことになるなら、あたしなんか生まれてこなきゃよかったんだ」


 平手が頬を打ち、シルビアは地面に倒れた。

 振るったモニカの手は怒りに震え、表情は悲しみに震えている。


「そんなこと、冗談でも言わないで」


 胸倉を掴まれて立たされる。


「あなたは何も分かってない。分かろうとしてないのよ。自分が全部悪いって言いながら、実際はそんな自分に酔いしれてるだけよ」


 突然ひっぱたかれたシルビアの驚きは、だんだん怒りに変わっていく。


「悲劇の主人公ヒロインにでもなったつもり? ただの弱虫じゃない!」


「……勝手なことばっか言ってんじゃねぇぞ!」


 彼女の手を乱暴に振りほどく。


「テメエに何が分かるんだよ! ルドヴィカに信頼されて、他の奴らにも慕われるお前に、あたしのことなんか分かるわけねぇだろ!」


「いいえ、分かるわ」


 モニカは意地などではなく、冷静で確信的な口調で返してきた。

 それがさらにシルビアを苛立たせる。


「黙れ、知った口利いてんじゃねぇ! 分かるってんならテメエは同じ経験したのかよ! どうにもならないことで何かを失ったことがあんのかよ!」


「えぇ、あるわよ! 私はね、そのせいで騎士をやめなきゃならなくなったのよ!」


 予期せぬ反論に、シルビアは思わず黙った。

 それをきっかけに、2人の間に沈黙が流れる。


「私は元々、リエト諸侯の1人娘だった。といっても辺境の、とても小さな家よ」


 隣に座ったモニカは、落ち着いた口調で話し始めた。

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