第39話 告白#2

「……適当なこと言ってんじゃねぇよ」


 シルビアの異能を巡り、ルドヴィカたち古参の傭兵と、ダミアンのような新参の傭兵たちの間で対立が起きた。


 そのせいで、リュミエールの不死鳥は内部分裂を起こしかけた。


 そして、シルビアの追放によって事態は解決した。


 ――そんなバカな話があるか。


 そこまで険悪な空気になっていれば、自分が原因かは分からなくとも気づく。

 新参連中との仲は特別良くもなかったが、悪くもなかった。同僚に相応しい関係性だったはずだ。

 今の彼らが敵意を向けてくるのは、シルビアがルドヴィカを殺そうとしているからに他ならない。


「あんたが知らないのは当然よ。対立は一部しか知らなかったし、この問題自体表に出さなかったんだから。雰囲気が悪くなったら、それこそ士気に影響するもの」


「シルビア、私は自分から団を抜けました」


 オリビアが唐突に口を開いた。


「あの戦が始まる前に、私はルドヴィカから今の話を聞きました。だから、私も抜けさせてほしいと言ったのです」


 よくもまあ、こんな女をここまで庇えるものだとシルビアは失笑した。


「じゃあ何でだよ?」


「姉だからです」


 オリビアの答えに、迷いは一切ない。


「私は、あなたの姉です。妹を心配するのは当然でしょう」


 シルビアを見据える碧眼には、曇りも、偽りもない。


 嘘をついていると思いたいが、とても思えなかった。


 認めざるを得なかった。


 彼女たちの話は真実だと。


「……いや、嘘だ」


 それでもシルビアは食い下がる。


「話をでっち上げて、あたしとルドヴィカを和解させようってんだろ。お前の魂胆は分かってる」


「和解させるため、ルドヴィカには真実を話すよう言ったのです」



「じゃあ何で言わなかったんだよ!」



 シルビアは足掻いた。



 この現実を、夢として終わらせるために。



「何でテメエは、3年も黙ってたんだよ!」



「私が口止めしてたのよ」


 答えたのはルドヴィカだ。


「言ったら、あんたは自分を責めるでしょ。自分のせいでオリビアまで居場所を失ったって」


 それっきり、沈黙が流れる。


 もう疑えない。

 その余地すら残されていない。


 いつの間にか立ち上がっていたシルビアは、力なく腰を落とした。



 オリビアには捨てられる理由などなかった。

 ルドヴィカには責められる理由などなかった。


 理由があったのはシルビアだ。


 すべて、自分が招いたことだ。


 何もかも勘違いだった。

 ありもしない罪を叫び、出来もしない裁きを求め、いらぬ復讐を誓ってきた。


「あんたは何も悪くない。オリビアと同じ被害者よ」


「被害者?」


 ルドヴィカの言葉に、思わず自嘲の笑みが漏れる。


「お前が加害者で、あたしらが被害者だって言いたいのか」


「……そうよ」


 ルドヴィカは罰を覚悟したように首肯する。


「違うな。被害者はお前だ。お前とオリビアだ。あたしこそが加害者だよ。この右手でお前らと、傭兵団を苦しめたんだからな」


「シルビア――」



「だってそうだろ!」



 ルドヴィカの口を、シルビアは怒りの奔流で塞いだ。



「異能さえなきゃ、あたしらは今でも変わらずに過ごしてた! お前と同じ戦争を戦って、リュミエールの不死鳥として過ごせてたはずだろうが!」



 ルドヴィカからオリビアに向いた怒りは、今はシルビア自身に向いている。


「やっぱりいらなかったんだ」


 とうに封じた、古い憎悪が湧きあがる。


 ――あたしの右手は呪われてる。


 幼い頃、シルビアは毎日のように考えた。


 手袋をはめているとはいえ、異能があることに変わりはない。周りは誰も気にしなかったが――あるいはそう振る舞っていただけかもしれない――が、シルビア自身は負い目に感じていた。


 それを知ったルドヴィカには、こう言われた。


 その右手は戦場でこそ輝くのよ。呪われてなんかないわ――と。


 それは正しかった。

 今まで数多の敵を血に沈め、恐怖に陥れてきた。

 シルビアを恐れた敵が退却し、戦わずして勝ったこともある。


 だがこの右手が、この異能が、オリビアやルドヴィカ、モニカや他の仲間たちを苦しめるというなら、もう必要ない。


「もっと前に、こうしておくんだった」


 腰の直剣を抜いた。


「シルビア!」


 オリビアが叫ぶ。


 右手めがけて、勢いよく剣を振り下ろす。


 だが、途中で腕は動かなくなって、勢いづいた身体だけが揺れた。


「ったく、あんたは本当に何をしでかすか分かんないわね」


 剣を持った腕は、ルドヴィカに掴まれている。


 凄まじい力だった。

 腕はまったく動かせず、このまま握りつぶされるのではと思えた。


 やがて耐え切れなくなり、シルビアは卓子テーブルに剣を落とす。

 それを見たルドヴィカが、腕を放す。


 何故止めたのかは訊けない。

 責めを負うことすら、彼女たちは許してくれないのだ。

 なら他に何ができる?


「……オリビア」


 それを必死に考えたシルビアは、顔も見ずに彼女を呼んだ。


「お前は、ルドヴィカとリュミエールの不死鳥に戻れ」


 剣を鞘に戻す。


「あなたはどうするのですか?」


 そう問われ、シルビアは背を向けた。


 そんな答えは持っていない。

 ただ唯一言えるのは、これ以上オリビアにも、リュミエールの不死鳥にも、関わってはいけないということだ。


 ――あたしがいたら、皆が傷つく。



 だから、これからは独りで生きていく。



 シルビアは振り返らず、酒場を後にした。

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