第38話 告白#1
翌日になって、オリビアに呼び出されたシルビアは昨日と同じ酒場を訪れていた。店にはオリビア以外にリエト傭兵が数人いるだけだった。
「で、話って?」
オリビアの向かいに座って、早速本題に入ろうとする。
が、彼女は答えない。無視しているのではなく、答えるか迷っているようだ。
だからと苛立たなかった。オリビアに呼び出されるなんて今までなかったからだ。
いつも一緒にいるので、そもそも呼び出す必要がなかった。それをわざわざ、ということは、それほどの話だということだろう。
何も言わずに待っていると、彼女は重い口を開いた。
「話というのは、あなたがルドヴィカに捨てられた理由です」
「はぁ?」
もう知っている話をされて困惑する。
理由も何も、戦力外だからだ。シルビアは弱いから捨てられた。
「それは嘘です」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味よ。あんたを捨てたのには別の理由があんの」
振り返ると、いつものように鎧をまとい、両手剣を背負ったルドヴィカが、店に入ってきたところだった。
「来てくれたのですね」
「モニカにも言われてね。――シルビア、いくらうちが一流だからって、あんたは戦力外にはならないわ」
ルドヴィカは、あっさりと嘘だと認めた。
「じゃあ、何でだよ」
シルビアの隣に座ったルドヴィカは、さっきのオリビア以上に逡巡した様子で、シルビアの右手を指した。
「それよ、それ。あんたの右手」
つられて自分の右手を見やる。
「私は異能が原因で、あんたを捨てたのよ」
異能。
それは、シルビアが【魔女】と恐れられる所以。
「続けろ」
「あんたたちをユリアから託された話は知ってるわよね? そのとき、モニカは反対したの。オリビアはともかく、シルビアの力は純粋に危険だからよ。それは、あんた自身も分かってると思う」
自分の意思とは関係なく、右手で触れた相手に出血を強いる。
それは確かに、反対するには十分な理由だろう。
「そのときにあいつと決めたのが、何かあったらあんたを捨てるって条件よ」
シルビアは、物心つく前から右手に手袋をはめられていた。
最初は邪魔くさくて何度も外そうとしたが、そのたびにルドヴィカがキレたので外さなくなり、今となっては素手でいる方が落ち着かないくらいだ。
誤って誰かに触ったら大変なことになるから、という理由は分かっていたが、そんな条件を付けられていたとは初耳だった。
「あたしは何もやらかしてねぇぞ」
「分かってる。そのうちモニカや他の連中も、何も言わなくなって、その条件もうやむやになったのよ。きっと、あんたと過ごすうちに情が湧いたんでしょうね。問題はそうじゃない奴らの方よ」
ルドヴィカの声が、急に不機嫌になった。
「黒竜戦争で私たちの名は広まった。評判を聞いた連中がやって来て、傭兵団の規模はどんどん大きくなっていった」
日が変わるごとに、街を移るたびに、知らない顔が増えていった。
ルドヴィカやモニカには、毎日のように「あれは誰だ?」と訊いていた。
「新しく入ってきた連中は、あんたや異能のことは知らなかった。今でこそあんたは【魔女】って呼ばれてるけど、あの頃は違ったからね」
まだガキだったシルビアが、戦場にすら出ていなかった頃だ。
「そいつらが初めてあんたの右手を目にして、異能を恐れたのよ。それで、士気に関わるから追い出してくれって言ってきた」
だんだん、話が見えてきた。
「それは単なる不満じゃ済まなかった。私たち古参との溝はどんどん深くなって、最後は分裂の一歩手前までいったのよ」
「だから、捨てたのか?」
淡々と尋ねた。
他人が、自分の口を使って喋っているような気がした。
「そうよ。私は最後まで嫌だったけど、仕方なかった。いや、仕方なくなんてない。でも、リュミエールの不死鳥を守るためだったのよ。今まで、あんたに悪いと思わなかった日はないし、モニカやオリビアの言う通り、きちんと話すべきだった。……本当に、ごめんなさい」
3年もの間、望んでいたルドヴィカの謝罪は、シルビアには届いていなかった。
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