第33話 愛憎#1
戦線の奇襲から半日が経った。
大聖堂と広場を奪回した後も、リエト軍と戦線の間では激しい戦闘が続いた。
そして夜明け前になって、戦線は街の南西に退却。ほとんど隅に追い詰められた彼らだが、リエト軍にも追い打ちをかける戦力は残っていなかった。
今は、戦死者の遺体回収と住民の避難させる名目で、停戦協定が結ばれている。
期間は3日。リエト軍は援軍は請うたが、停戦が終わるまでには来れないだろう。
一方、戦線は援軍すらないはずで、追い詰められている彼らが、いつ協定を破って襲ってきてもおかしくない状況だった。
停戦1日目の正午を回ろうという今、シルビアはオリビアと、酒場で昼食を取っていた。
昨夜の襲撃を免れた小さな店で、住民の避難が始まっている今は客もほとんどいない。店主は避難が終わって街が空になるまで、店は閉めないと意気込んでいる。
2人は、昨夜お互いが知った出生に関する事実を話していた。
ルドヴィカが教えてくれなかった部分をオリビア、もといジェラルドが補完してくれたことで、ようやく出生の真相の全貌が見えてきた。
自分たちの肉親であるジェラルドとユリアは、何かの研究の最中に、偶然異能を見発見した。
しかし異能をその身に宿したユリアは、異能がもたらす危険性に気づく。ジェラルドとは対立し、彼女は自らの命と引き換えに異能を研究ごと葬った。
ルドヴィカは、ユリアは自分たちを産んですぐに死んだと言っていたから、本当に彼女に託してすぐのことだったのだろう。
そしてこれは推測だが、ルドヴィカはユリアから異能の正体や作り出された理由や過程を聞いたのだ。しかしユリアの遺志を継ぎ、シルビアたちには村で拾ったと嘘をついた。
一方ジェラルドは、黒竜戦争が終わり財政難に陥ったリエト軍によってクビを切られ、それでも諦めきれずに戦線の出資で研究を続けている。
行き詰まっている今は、
これが真実だ。
異能の正体は謎だし、ジェラルドとユリアが本当は何の研究をしていたのかも分からない。ルドヴィカに訊いても、本当に知らないか、あるいはシラを切られるだろう。でなければ、昨夜教えてくれたはずだ。
だが、それらを知ったところで、シルビアたちのやることは変わらない。
シルビアは戦場で戦い続け、オリビアは傷病人を救い続ける。
「問題はジェラルドだ」
彼はヒルダに異能を与えただけでなく、一般に実用化するつもりでいる。
「彼をどうするつもりですか?」
「殺す」
そう答えた瞬間、オリビアの顔が険しくなったのが分かった。
「彼は父親ですよ」
「お前は、あの男をあたしらの父親だと、本当に思えるのか?」
2人が産まれて17年、姿も見せなかった男がいきなり現れて、自分は父親だと名乗った。
本当に父親かなど分からないし、だとしても情など湧くはずもない。
シルビアにとってはルドヴィカが親で、あの傭兵団が家族だ。
家族、だった。
「彼は異能を研究しています。もし完成すれば、私の異能を誰もが使えるようになるんですよ」
「あたしの異能もな」
戦場に【魔女】が大勢溢れるから、この右手は珍しくなくなる。
そしていずれは対策されて、役に立たなくなるだろう。
「あなたの価値は、何も右手だけではないでしょう」
「んなこと分かってる。だが、あいつは殺す」
剣の腕だけでも、傭兵として食っていく自信がある。
だが、この異能はシルビアの象徴なのだ。奪われてはたまったものではない。
「そんなこと、私は許しません」
オリビアは異能を、傷を癒す道具としか思ってないから、こんなことが言えるのだ。
「なら、好きにしろよ」
彼女は折れないだろうし、シルビアもそうだ。
議論は平行線のまま、結論が出ることはない。
「それで、ルドヴィカは?」
このまま話していても埒が明かないので、シルビアはもう1つの気になっていたことを訊いた。
オリビアの治療によって、彼女は一命を取り留めた。
それを見届けてからは、すぐに戦線との戦闘に参加したので、詳しいことを知らなかった。
「しばらくは療養が必要です。失血死寸前でしたから」
オリビアの異能は血を止めるだけで、失った血を取り戻すことはできない。
「それまではモニカが代理か」
この襲撃で、リエトは総督や軍幹部など、多くの要人を失った。
特にリエト軍の指揮系統はズタズタだ。他に任せられる人もいないということで、今はモニカが、傭兵を含め軍全体の指揮を執っている。
「これでもう、ルドヴィカに用はねぇな」
聞きたいことは聞けた。
知りたいことは知れた。
「本当に、彼女を殺すつもりですか?」
「当たり前だろ」
シルビアを戦力外だから捨てた。
オリビアを保身のために捨てた。
それらを悔いる様子も、詫びる言葉もない。
これだけ殺す理由があって、それでも生かす理由があるのか。
「今回の件ではっきり分かった」
シルビアは果実酒の入った
「あいつは最初から、あたしらのことなんてどうでもよかったんだ」
ルドヴィカが、ユリアとどれだけ親しかったは知らない。
だがあの女は、彼女のために自分たち双子を育てなくてはならなかったのだろう。
あの性格でガキを可愛がるはずがない。
昨夜は、ルドヴィカが変わった時期を考えたが、そもそもの疑問が間違っていた。
ルドヴィカがいつ、自分たちの愛情を失くしたか?
答えは最初からなかった、だ。
だから彼女は変わっていない。
では昔、シルビアが森で迷ったとき、何故ルドヴィカはあれほど怒ったのか。
シルビアの身に何かあったら、ユリアに顔向けできなくなるからだ。
そう考えれば、されたすべてに筋が通る。
肉親を知られたら面倒だから隠した。
役立たずのシルビアを捨て、恨まれる前にオリビアも捨てた。
14で捨てたのは、世間では大人と見做される歳だからだ。
そこまで育てれば、子育ては終わったことになる。
ルドヴィカは、ユリアから負った義務を果たしたことになる。
納得すると同時に、もう何度目になるかも分からない怒りが湧いてくる。
だが、
――何で、あたしは泣きそうな顔してんだよ。
それを飲み干して、シルビアは偽りの鏡を消し去った。
「それほどルドヴィカを憎んでいるなら、何故昨夜は、あんなに必死だったのですか」
しかし、鏡はもう1つあった。
双子のオリビアは、水面のシルビアと同じ表情で、そう問いかけてきた。
「あれで死なれたら目覚めが悪い。言っただろ、ルドヴィカはあたしを庇って刺されたんだ」
鏡から目を背け、シルビアは刺々しい声で答えた。
「……今まで、私は数多くの人を救ってきました」
いきなり、オリビアは別の話を始めた。
「戦場で私に回ってくる患者は、ほとんどが一刻を争う重傷です。付き添いの仲間は皆さん、同じ顔で同じことを言います。お願いだから助けてくれ――と」
「何が言いたい」
話の先が見えず、シルビアは苛立った。
「昨夜のあなたは、そんな彼らと同じ顔をしていました」
何も言えなかった。
誤魔化す言葉すら、思いつかなかった。
「いい加減、認めてはどうですか」
オリビアの喉の奥に、視線が釘付けになる。
何を言われるか、シルビアは分かっていた。
「あなたは――」
やめろ。
その先を言うな。
「あなたはまだ、ルドヴィカを愛しています」
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