第32話 夜襲#2

「突貫!」


 モニカの号令を合図に、シルビアたちは一斉に通りを飛び出して、雄叫びを上げながら広場へ迫った。


「敵襲だ!」


 誰かが叫んだ。

 シルビアたちは大波のように広場に押し寄せる。



 まずは1人。


 走る勢いをそのままに、剣を叩きつける。


 衝撃に相手はよろめいて、その隙に斬撃を加える。


 しかし鎖帷子を着込んでいるのか、傷は負わせられなかった。


 そこで焦るシルビアではない。


 反撃を剣先で弾いて、鎧の隙間である肩を突き刺す。


 痛みに怯んだところで、首を斬り裂いた。


 

 続いて2人目。


 大柄な男が大斧を振りかざし、突進してくる。


 動かず、引きつける。


 そうして距離が縮まったところで、シルビアはいきなり接近した。


 間合いを狂わされた彼は慌てて斧を振り下ろそうとする。


 しかし、シルビアはすでに懐に入っていた。


 右手で首を掴む。


 斧が地面に落ちて、彼は背から倒れた。



 一旦、広場をざっと見回す。

 突然の襲撃に、戦線の兵たちは逃げまどい、背を斬られ、横たわる負傷者に足を取られている。

 各々が勝手に逃げまどうものだから、あちこちで混乱が起きていた。

 圧倒的優勢のリュミエールの不死鳥はしかし、決して昂らず、1人1人を冷静に斬り伏せていく。


『狼狽えるな! 敵はわずかだ、武器を持てる者はすぐに反撃しろ!』


 そんな彼らを律するように、アルカハル語で女の声が響いた。


「勝てもしないくせに、わざわざ殺されに来るとはな」


 間近に迫ってきたヒルダは、この状況でも笑っていた。

 また、シルビアを無様に打ち負かせると思っているのだろう。


「今回は違う。お前の相手はあたし1人じゃねぇ」


 モニカの他、リュミエールの不死鳥がついている。

 その事実は、シルビアに確かな安心を与えてくれた。


「それより、笑ってる余裕なんかあんのか? またリュミエールの不死鳥に負けちまうぞ?」


 そう尋ねると、ヒルダの顔から笑みが消えた。


「モニカに聞いたぜ。あいつらにはボコボコにされたらしいな?」


 無の表情は、やがて怒りに変わる。


「ま、気にするな。神童だろうと負けることはある」


「貴様ぁ!」


 ヒルダは大きく剣を振り上げた。

 それを避けて、振り下ろした隙に斬りつける。


 刃は脇腹を捉えた。

 黒い鱗で作られた、彼女の鎧が斬り裂かれる。

 シルビアは確かな手応えを感じながら、力を抜かずに剣を振り抜いた。

 石畳に血がぶちまけられて、ヒルダは悲鳴を上げて後退する。

 本来なら致命傷となる一撃も、彼女にとっては別だ。すぐに右手の異能で止血され、傷を癒されてしまった。


 しかし、痛みは引いていないはずだ。

 シルビアは休む暇も与えずに連撃を加えて、右手をヒルダの顔に伸ばす。

 剣は防がれたが、手は額に触れて血が飛んだ。


「やっぱりな」


 予想が正しかったことに、シルビアは笑顔を浮かべずにはいられない。

 シルビアとオリビアは、互いに異能が通じない。

 だがヒルダは、シルビアを出血させて傷を癒した。


 なら、こっちだって通じるのではないか。


 ヒルダは右手を額に当てて回復を図る。

 血は止まらない。

 バカな、と彼女が呟いた。

 これにはシルビアも目を疑った。

 ヒルダはもう一度右手を当てるが、結果は変わらない。

 シルビアの右手が付けた傷は、治っていない。


「ハッ」


 シルビアは鼻で笑った。


「昼間は偉そうに言ってくれたが、所詮お前はあたしらの紛い物ってことだ」


「違う!」


 額から流れ落ちる血の中から、ヒルダの黒眼が睨みつけてきた。


「私は本物だ! そして、お前たち以上に優れた存在だ!」


 吠えるヒルダの刃を弾き返して、返す刀で腕を斬りつける。

 とどめを刺そうと一歩踏み込むが、今度は冷静に対処され、下がられた。


『退却だ! 本隊に合流する!』


 ヒルダは力強く号令を出し、敵は一斉に南に向かっていく。

 聖堂広場には血と死体、自力では動けぬ重傷者だけが残り、夜半に相応しい静寂が戻ってきた。


「シルビア!」


 大聖堂へと振り返る。


 血だまりを踏んで駆けてくる尼僧の影。


「オリビア!」


 シルビアは弾かれたように走った。

 勢いよく、2人はぶつかって、そのまま抱き合った。


「無事でよかった」


「あなたこそ、どうしているのかと心配でした」


 彼女の身体を抱きしめる。

 生きていることを肌で確かめようと、強く抱擁する。


「2人とも!」


 そこに入ったモニカの声が、戦場へ一気に引き戻した。


「オリビア、無事でよかったわ。私たちはこれから追撃に移るから、あなたたち2人はルドヴィカの元へ向かって」


「分かった」


 ヒルダの首は惜しいが、今はルドヴィカが優先だ。


「刺されたと聞きました。容態は?」


「まだ生きてるがやべぇ。こっちだ」


 オリビアを連れて通りを走る。


「大丈夫だと思うか?」


「実際に見てみないことには、何とも言えません」


 オリビアは医者の顔で答えた。


「あたしのせいだ。ルドヴィカは、あたしを庇って刺されたんだ」


 普段なら、あんな失態は犯さない。

 オリビアを助けようと必死になるあまり、周囲への注意を怠った。

 まるで素人だ。


「あまり自分を責めないでください。結末がどうなろうと、私はあなたの味方です」


 オリビアはシルビアを見て、笑った。


「ルドヴィカのことは、私が必ず治します」


 これ以上にない、頼もしい笑みだった。


「心配は無用です。だから今は、私とルドヴィカを信じてください」


 ――何だと?


 今、彼女は何と言った?


 心配は無用。


 つまり、シルビアが心配しているということだ。


 誰を?


 もちろん、ルドヴィカに決まっている。


 ――あたしが?


 シルビアは、そこで初めて自らの思いに気づいた。


 本当なら、案じる必要などないのだ。


 ルドヴィカは仇だ。ヒルダと同じ敵だ。

 この手で殺せないのは残念だが、このまま死んでもらった方がいい。


 それにも関わらず、心配してしまう。不安に駆られてしまう。


 聖堂広場に来る前に浮かんだ疑問が、再び湧いてくる。

 昔はシルビアを愛していたルドヴィカが、いつ変わってしまったのか。

 そんなことはどうでもいい。

 どうでもいいはずが、考えてしまう。

 それは何故か。


「……まだあいつに、情が残ってるってことかよ」


 認めたくない、認められない思いだった。

 それをシルビアは、隣のオリビアに気づかれぬよう、ひっそりと隠した。

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