第27話 古巣#5
「オリビアを助けるぞ」
「おい、まだそんなこと――」
ダミアンは、ほとんど反射的に突っかかってきた。
「お前が何と言おうとあいつは医者だ。それにあいつが触れば、どんな傷でも一発で治る」
シルビアは、冷静にそれを封じた。
周囲からも納得する声が出る。
「なら、そのオリビアはどこにいる? 戦線に捕まったそうだが、お前は居場所を知っているのか?」
だが、ダミアンだけは違った。
シルビアは答えに詰まる。
すっかり忘れていた。
最も基本的な、重要な問題だというのに。
普通に考えたら、捕虜として彼らの拠点にいるだろう。
だが、こうしてヴェルピアを掌握した戦線が未だに外の野営地にいるとは考えにくい。今頃は街のどこかに、新たな拠点を築いているはずだ。
かといって、今からそれを探していてはルドヴィカは助からないし、戦線にも対処できなくなる。
「モニカ、あいつらの拠点がどこか分かってないのか?」
最後の望みに縋るように尋ねるが、彼女は力なく首を横に振るだけだ。
「ごめんなさい。私たちも、現状の把握に精一杯だったから……」
兵隊は揃っている。
リュミエールの不死鳥に、他の傭兵たちと正規兵も加わった。
なのに、どこを攻めるべきかが分からない。
オリビアの姿は見えているのに、その前に深い谷が横たわっているようだ。
何でもいい。
何か、何か手がかりはないのか。
ただその思いで、シルビアは部屋に転がっている死体に近寄った。倒された戦線の1人だ。
剣で斬られた彼を検めているうちに、シルビアはあることに気づいた。
すっかり青白くなった手の甲に、何かが彫ってある。
部隊を表す刺青かと思ったが、違った。
花を象った印章だ。
それも刺青ではなく判子で押されているようで、一部が掠れている。
――待てよ。
この印章、前にどこかで見たことがある。
いつだ。
どこだ。
記憶を高速で遡っていく。
さっきまでいた酒場?
違う。
モニカに運ばれたこの宿舎?
違う。
ヒルダに襲われた路地?
違う。
ルドヴィカを見つけた閲兵式?
違う。
それよりも前。
だが今日のどこかだ。
街に着いて、広場に降りて、オリビアが人違いされて――。
難民を治した。
そうだ。
その時だ。
思い出した。
治した青年の手にも、同じ印章が押されていた!
「聖堂だ!」
叫んだシルビアに、傭兵たちは一斉に振り返った。
「シルビア、どうしたの?」
モニカが代表して尋ねてくる。
シルビアは、死体の手を上げてみせた。
「この印だよ! 大聖堂の印章だ!」
「どういうことだ。分かるように話せ」
ダミアンに言われて、シルビアは頭を整理しながら、改めて口を開く。
「こいつの手には、判子で押された花の印章がある」
見覚えがあるのか、何人かが思い出したように頷いた。
「この判子は、大聖堂が受け入れた避難民に対して押したものなんだよ」
「じゃあ、戦線は避難民に紛れて入ってきたって言うの?」
モニカの問いに、シルビアは自信をもって肯定した。
ヒルダたちはそもそも、いかにしてシルビアとオリビアの存在を知ったのか。
閲兵式の騒ぎを見られたのではなく、大聖堂でオリビアが異能を使うところを見ていたのだろう。
「昼間のヒルダたちは斥候じゃねぇ。防壁を襲う別働隊だったんだ」
いくら紛れるとはいえ、1000人もいたら気づかれる。
だから少数を街に潜ませて、内側から防壁を突破したのだ。その後は街門を開き、本隊は労せずしてヴェルピアの街に入ることができる。
ルドヴィカは、誰かが裏切ったから防壁を突破できたと言った。
それはリエト軍だとばかり思っていたが、違う。
大聖堂の連中だ。
「だが、何で大聖堂が関わる?」
ダミアンが疑問を投げた。
「あいつらは布施の多い教区の住民しか受け入れていないらしい。戦線は金持ちなんだろ?」
大聖堂がそこまでの拝金主義なら、両者が金で結託した可能性は高い。
「他の奴らに戦線を相手させて、あたしらだけで大聖堂を叩けないか?」
戦線は兵力の大部分を再攻撃に割いているだろう。大聖堂の守りは手薄なはずだ。
そこを、今度はこっちが奇襲してやる。
モニカはしばらく考えて、全員に振り返った。
誰もが戦意を滾らせて、これからの反撃に高揚を見せている。
「皆、今の話聞いたでしょ!」
応えるは、百戦錬磨の傭兵たち。
「私たちで、大聖堂を落とすわよ!」
鬨の声が宿舎を揺らす。
彼らこそ最強の傭兵団。
この世で最も頼もしい奴ら。
その名は、リュミエールの不死鳥。
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