第26話 古巣#4

「ルドヴィカ、傷の具合はどう?」


「平気よ。それより何か分かった?」


 頷いたモニカから微笑が消えたのを見て、シルビアは今の状況が相当悪いのだと察した。


「総督府が落ちたわ」


「何ですって?」


 ルドヴィカは珍しく声を上ずらせて、シルビアは声が出なかった。



 総督府とは、リエトのアルカハル統治の中枢だ。


 そこが陥落した?



「確かなの?」


「えぇ、あそこも含めて街の北側は制圧された。この南側はまだ無事だけど、戦線が再攻撃のために向かってきているそうよ」


 シルビアの思考は、そこで止まってしまった。


「総督は?」


 一方、ルドヴィカは冷静に質問を重ねる。


「分からないわ」


 総督府の、アルカハル統治の長が、総督だ。


 上手く逃げていればいいが、奇襲の手際の良さからして、その望みは薄いだろう。


 捕らわれたか、あるいは……。


 ルドヴィカも沈黙し、部屋にはいっそう重苦しい空気が漂う。



「こっちの戦力は?」


「正規軍は壊滅よ。指揮官は全員戦死。生き残りと傭兵を合わせて500人くらいね。今、一カ所に集結させているところよ。あなたにすべての指揮権を委ねると」


 この戦争の責任を押し付けられたルドヴィカは、不機嫌な表情で舌を打った。


 戦線は1000人いる。

 こっちはその半分。

 敵も無傷ではないだろうが、どんなに楽観しても戦力差が覆っていることはないだろう。


 何と言っても、こっちの損失が大きすぎる。

 元々は2000人もいたのだ。

 奇襲されたとはいえ、一度で4分の3も兵力を失ったことになる。


 それをやってのけたのがヒルダだ。

 分かっていた格の違いを、まざまざと見せつけられた気がした。



「戦力を2つに分けましょう。1つは正面から、もう1つは後方からぶつけるわ。まずはその編成から取り掛かるわよ」


「オリビアはどうすんだよ」


 指示を下すルドヴィカに対し、シルビアは素早く口を挟んだ。

 クビにされたシルビアがここにいる理由は他でもない、オリビアを助けるためだ。


「こんな時に何言ってんだよ」


 そう言ったのはダミアンだ。


「状況を分かってるのか? 彼女になんか構ってる暇ないだろ」


「あぁ? もう1回言ってみろ」


「何度でも言ってやるよ。オリビアを助ける余裕はないし、そんなつもりもない。助けたきゃお前1人で行けばいいだろう」


 彼は嘲笑し、シルビアの感情を逆撫でする。


「おっと、そりゃ無理か。弱いからクビにされたのを逆恨みして、そのくせに頼ってくるくらいだからなぁ? まったく情けない」


「テメエ!」


 シルビアが詰め寄ると、ダミアンも同じように寄ってくる。


「やめんか、2人とも!」


 リュミエールの不死鳥では最古参である老兵、グスタフが間に割って入った。


「何だ、違うってなら俺からってみろよ!」


「なら望み通りにしてやらぁクソ野郎!」


「落ち着け、シルビア!」


「ダミアン、いい加減にしろ!」


 グスタフに続いて、他の傭兵たちも止めに入ってくる中。




「ルドヴィカ!」




 悲鳴に近いモニカの声が響いて、騒然としていた宿舎は一瞬で静まり返った。


 その場にいた全員が何事かと振り返る。

 寝台ベッドには、動かないルドヴィカと、そんな彼女を必死に揺さぶるモニカの姿があった。


 ――嘘だろ。


 血の気がさっと引いていく。


 何かすべきことがあるはずだが、身体が動かない。


 ダミアンや、他の傭兵たちも同じだった。

 視線はルドヴィカに釘付けで、皆その場から1歩も動けずにいた。

 その中でグスタフだけが、素早く、冷静に、ルドヴィカの脈を取っていた。



「大丈夫、気を失っただけだ。体力がもう限界だったのだろう」



 彼の言葉に、場の空気は一気に緩んだ。



 安心した。



 シルビアは、深く息を吐いた。



 ダミアンも、胸をなでおろしているようだった。



「だが、安心してもおれんぞ」


 グスタフがそんなシルビアたちに釘を刺す。


「重傷に変わりはない。すぐに医者に見せんと、本当に死んでしまう」


 空気はまた、重くなった。

 自分たちにはこれ以上何もできない。



 だが、医者は1人だけ知っている。


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