第24話 古巣#2

「クソ、何だってこんなことに」


 少し前までは、いつもと同じ――シルビアにとっては違ったが――戦争の前夜だったのだ。

 それが今は、街をいきなり戦場にされて、しかも窮地に陥っている。


「これが戦線のやり方なのよ。今日みたいに野営すると見せかけて、夜襲してくるの。正攻法じゃ襲ってこないわ」


 リエト軍が劣勢なのは兵力の不足だと思っていたが、連中の厄介な戦術も理由の1つなのかもしれない。


「あんたは、戦線についてどれくらい知ってんの?」


「何も。戦うのも初めてだ」


 アルカハル解放戦線。

 通称、戦線。

 リエト最大の反乱勢力。


 名前だけは知っていたが、所詮は逆賊だと思っていた。


「あいつらは、まるで軍隊だな」


 反乱の鎮圧は何度も経験してきたが、相手は所詮、素人の寄せ集めでしかなかった。野営と見せかけて奇襲してくる賊など、見たことも、聞いたこともない。 


 ルドヴィカは頷く。


「あんたの言う通りよ。戦線にはアルカハルの敗残兵や傭兵が大勢いて、そいつらが素人を訓練してるの。だから部隊は統率されて、連携も取れるのよ」


「だからって、防壁を破れるか?」


 いくらそんな奴らでも、攻城兵器を持っているとは思えない。


「誰かが裏切ったのよ」


 ルドヴィカは淡々と言った。


「戦線は金持ちなの。誘拐や略奪で稼いでるのは他の賊と同じだけど、反リエト派の貴族が裏で支援してるって噂よ」


「指揮官は?」


「ヒルダ」


 ルドヴィカは当然のように口にしたが、シルビアは聞いたことがなかった。


「あんたが戦った女よ」


「嘘だろ?」


「だから、あんたにはれないって言ったでしょ」


 確かに手強かったが、歳はシルビアと大して変わらないように見えた。


「若くても実力は一流よ。戦線じゃ神童って呼ばれてる。14歳で部隊を任されてから、ほとんど負けたことがないって話よ」


 14といえば、シルビアはようやく実戦に参加し始めた頃だ。


 その時すでに、ヒルダは兵を束ねていたのか。


 そして今回は、千の軍勢を率いている。


 一方シルビアは、今まで一兵も従えたことがない。



 格が違う。



 技術も経験も、何もかもが上。


 だが、シルビアの自信は揺らいでいなかった。


 勝てる。


 【魔女】の名は知れている。


 だから首を獲りたがる奴は多く、何度も格上を相手にしてきた。

 そのたびに勝機を見つけて、制してきた。


 今回だってそうしてみせる。

 そうして、また名を上げてやる。


「そんな奴を、お前は何で追ってる?」


「言ったでしょ。約束があるからよ」


「だから、その約束ってのは何だよ」


「あんたには関係ないっての」


 同じ質問をすると、同じように返された。


「……オリビアが言ってた。あたしらの異能は、人が作ったのかもしれないって」


 だからシルビアは、別の角度から攻めることにした。


「そしてお前は、ヒルダの異能を見たから奴を追い始めた。こいつは偶然か?」


 ルドヴィカは黙っている。


「もっと早くに気づくんだった」


 シルビアは一方的に喋る。


「だいたい、お前がガキを育てること自体おかしいんだ」


 ルドヴィカは筋金入りの戦争屋だ。


 自分や傭兵団の利害を第一に動き、得にならないことはしない。

 子育てなどは、その最たるものだろう。


 だが、やった。


「お前は、あたしらを村で拾ったって言ったな。だから何も知らないって」


 昔ルドヴィカに生まれについて尋ねたシルビアは、そう言われた。


 その村は略奪に遭っていた。

 男は殺され、女は犯され、子は攫われ、家は焼かれていた。

 そんな地獄に、双子の赤子が隠されていたという。


 シルビアはそれを信じた。


 今まで、信じていた。


「けど普通、こんな妙な力を持ったガキなんか拾わないだろ」


 拾ったとしても、普通は孤児院かどこかに預けるはずだ。ルドヴィカでなくともそうするだろう。


 それでも拾い、育てた理由は何か。



「お前は、自分で異能を作ったか、何かを知ってるから育てたんだ」



 ルドヴィカは耐えかねたように視線を逸らした。


「……異能を作ったのは私じゃないわ」


「じゃあ誰だ?」



 ルドヴィカは固く口を閉ざしたが、長い沈黙の後に、ついに開いた。





「あんたたちを産んだ、本当の母親よ」





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