第23話 古巣#1

 2階の窓から見える街中は、夜だというのに昼間のような騒がしさだった。

 非常事態を報せる鐘の音が激しく響き、怒号や悲鳴が聞こえてくる。

 通りを住人たちが逃げていくのが見える。

 夜空の下は明るい。建物が燃えているせいだ。


 ヴェルピアは間違いなく、再び戦場と化していた。


「薬を持ってきたわ」


 モニカが治療具一式とともに、ルドヴィカが横たわる寝台ベッドのそばに置く。


 ここは、夕方シルビアが運び込まれたリエト軍の宿舎だ。

 シルビアとリュミエールの不死鳥は、酒場を脱出して正規軍と合流しようとしたのだが、ここにいた兵士は全滅したようで、敵も引き揚げたのか、今は屍が残るのみとなっていた。


 整然と並んでいた寝台ベッドは乱れ、床や布団は血に染まっている。

 酒場と同じように、ここも奇襲されたのだろう。混乱が伝わってくるようだった。


「それで、何でまだこいつがいるんです?」


 右側が長髪、左側が禿頭という、特徴的な髪型をした男が言った。


 ダミアンという、リュミエールの不死鳥の1人だ。


 シルビアは以前から知っていた。当時は若いながらもルドヴィカやモニカに劣らぬ実力で、頭角を現していた。

 ここに来るまでに見ていた様子だと、今は部隊長という幹部職に就いたらしい。


「成り行きよ。気に食わないでしょうけどうまくやんなさい」


 ルドヴィカの言葉に、ダミアンはシルビアを見て舌打ちするが、それはお互い様だと睨みつけてやった。


「これからどうする?」


 彼からルドヴィカに視線を戻し、尋ねる。


「もちろん反撃よ」


 起き上がり、寝台ベッドに腰かけた彼女は、力強く答えた。


「まずは情報を集めて、体勢を――」


 しかし傷が痛んだか、顔をしかめるルドヴィカ。


「その前に、あなたの手当てね」


 モニカが彼女の鎧を外していく。


「……手間をかけるわね」


「いいのよ」


 詫びるルドヴィカを前に、シルビアにはまだあの疑問が渦巻いていた。



 何故、身を挺してシルビアを庇ったのか。



 ルドヴィカは、シルビアを戦力外と思っている。命を張ってまで守る価値などないはずだ。


 だが、そうした。


 その理由は?


 追放したことへの償いのつもりか?


 ――まだ、シルビアを愛しているから。


 突然湧いて出た答えに、思わずシルビアは頭を横に振った。


 ありえない。

 愛しているなら、何故捨てた。


 ――クソ、もうやめだ。


 いくら考えたところで、ルドヴィカの心が読めでもしなければ、答えは出ない。


 その彼女は部下たちに指示を出していた。いつもと変わらない自信に満ち、負傷など感じさせない覇気があった。


「あんたたち全員で生き残ってる連中を集めて、出来る限りの情報を集めなさい。モニカ、あんたも行って。続きはシルビアにやらせるわ」


 傷を処置していたモニカが手を止めて、こっちを見た。


「団長」


 ダミアンが口を開く。


「議論してる時間なんかないでしょ。さっさと行きなさい」


 抗弁を封じられた彼は、それでも何か言いたそうにしていたが、最後は頷いて、シルビアを一瞥してから部屋を出ていった。


「モニカ」


 他の傭兵たちもいなくなり、最後に部屋を後にしようとした彼女を、ルドヴィカが呼び止める。


「私に何かあったら、あんたが団長よ」


 その言葉にはモニカだけでなく、シルビアも身を固くした。


「いいえ、何があっても団長はあなたよ」


 怒った口調で答えたモニカが今度こそ出ていくと、部屋にはルドヴィカとシルビアの2人きりになる。


「あたしに手当てさせるって? 正気かよ」


 仮にも命を狙ったのだ。その相手に命を救わせるとは。


「合理的でしょ。何、それともとどめを刺す?」


「そしたら、今度はあたしがモニカに殺されるだろ」


 この状況で敵を増やしたくないし、何よりオリビアを助けられなくなる。


 穴が空いて血が滴っている、鎖帷子と麻の下着をめくると、赤黒い傷口が痛々しく、蝋燭に照らされた。

 血は止まっていないし、よく見ると顔色も悪い。

 汗をかいているのも、今が夏だからという理由だけではないだろう。

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