第22話 祖国の為に#2

「オリビア!」


 ここでそんな恰好をしている者は、1人しかいない。

 シルビアは弾かれたように駆け出した。


「シルビア、待ちなさい!」


 オリビアは数人の男たちに囲まれている。

 押さえつけようとしている彼らに対し、彼女は必死に抵抗している。


「オリビア!」


 剣を振り上げて、男たちに迫る。


 こっちに気づいたオリビアと目が合った。

 それと同時に、彼女は男たちの腕の中に引きずり込まれる。


「オリビア!」


 時の流れがやけに遅い。


「捕らえた、行くぞ!」


 男たちは入口から出ていく。

 だが、もう目と鼻の先だ。


 追いつける。


 追いついてみせる!


「オリ――」


 視界が左に倒れる。

 誰かによって、床に叩きつけられる。


 それがルドヴィカだと分かったのは、覆いかぶさっている彼女の姿を認めてからだった。


 男たちは消えている。オリビアも。


 逃げられた。


 何故かは考える必要すらない。



 ルドヴィカが押し倒してきたからだ。



「テメエ!」


 邪魔しやがって、と言いかけて、シルビアは自らが置かれている状況に気づいた。


 彼女の脇腹が赤く染まっている。

 鎧の隙間から血が流れ出ている。


 そして、そばでは首を刺された敵が死んでいる。


「ったく、本当あんたは周りを見ないわね」


 ルドヴィカは荒い呼吸を繰り返している。


 ――まさか。


 いや、そうとしか考えられない。


 ルドヴィカはシルビアを庇って、代わりに刺されたのだ。


「……何でだよ」


 口に出たのは、感謝でも謝罪でもない。


 ただ1つの疑問。


「いいから、ほら」


 手を伸ばしてきたルドヴィカを、言われるがままに立ち上がらせ、壁際まで連れていく。


「ルドヴィカ!」


 モニカが走り寄ってくる。

 構えている直剣からは血が滴っており、純白の髪も漆黒の鎧も、今は赤く汚れていた。


「まさか刺されたの!?」


 座り込んでいるルドヴィカを見て、モニカはすぐに脇腹の傷に気づいた。


「えぇ、大した傷じゃないわ」


「大した傷よ! シルビア、手を貸して!」


「あ、あぁ。でも……」


 オリビアを助けなくては。

 多少時間を食ってしまったが、まだ追いつけるだろう。


 だが、ルドヴィカだって放っておけない。シルビアを庇って刺されたのだ。

 このままモニカだけに任せていいのか。


 どうしたらいい。


 決められない。


 頭が真っ白になる。


「オリビアのことは、今は諦めなさい」


 まごつくシルビアに、モニカに起こされたルドヴィカは、いつものように淡々と言った。

 表情は冷静そのもの。一片の迷いすら感じさせない。


「諦めろって……見捨てろってのか!?」


 かつての戦場では頼もしかったその顔も、今ばかりは憎い。


「今はね。追いかけても助けられないわ」 


 確信をもった口調で彼女は断じる。

 そこには情など微塵もなかった。


「ざけんな、テメエはどこまで冷血なんだよ!」


 憤るシルビアを、ルドヴィカは力強く睨みつけた。




「一度でいいから頭を使いなさいよ!」




 喝破。


 懐かしさすら感じる怒声だった。


「あんたはいつも突っ走って、痛い目見てるじゃないの! 今だってそうよ!」


 怒鳴ったことで傷が痛んだのか、ルドヴィカは呻く。


 その傷はシルビアが付けたようなものだ。

 オリビアだけでなく、周囲にも注意を払っていれば、刃はシルビア自身が防げたはずだ。


「それに私の勘が合ってりゃ、オリビアは殺されたりしない。せいぜい縛られて閉じ込められるくらいよ。だから安心しなさい」


 ルドヴィカは一転して、優しい口調で諭してきた。


「ダミアンたちが裏口を確保したわ。そこから脱出しましょう」


 そう言ったモニカに連れられるルドヴィカは、足を止めてシルビアに振り返った。


「あんたはどうするの? 私たちと来るか、オリビアを追いかけるか」


「あたしは――」


 オリビアを追いかけるに決まっている。


 彼女は姉だ。血の繋がった唯一の家族だ。

 何より愛しているのだ。絶対に失いたくない。


 ――けどそれは、全部感情だ。


 オリビアがどこに連れていかれたかなど分からない。


 もし突き止めたとしても、情報がない。

 そこがどこで、どんな場所なのか。

 一緒に戦ってくれる味方だっていない。たった1人だ。


 助けに行ったところで、向こうに首を差し出すようなものだ。


「……本当に、何もされないんだな? オリビアは殺されないんだな?」


「私の考えが正しければね」


 ルドヴィカの顔は変わらず、絶対的な自信に満ちている。

 この顔の彼女が、今まで間違っていたことなどない。



「もしオリビアが死んだら、今度こそ殺してやる」



「えぇ、そん時は大人しく殺されてあげるわよ」



 だから、今は信じることにした。

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