第21話 祖国の為に#1

『リエト人を殺せ!』


 突然、武装した集団が酒場になだれ込んできて、店内はあっという間に戦場になった。


 ――どうなってんだよ!


 ルドヴィカを殺すどころではなくなった。

 素性の知れぬ連中が客たちを襲っているのだ。


 武器を持たない街の住民は逃げまどい、傭兵たちは何とか応戦しようとする。

 しかし場所が狭い上に人も多いため、混乱して仲間を斬ってしまったり、長物故に満足に振るえなかったり、あるいは酔っ払ってそもそも戦えない者もいた。


 シルビアも抜刀し、何とか攻撃を凌いでいる。




 倒れる傭兵を押し退けて、彼を斬った男と刃を交える。


 斬撃を弾き返し、勢いよく喉を切り裂いた。


 鮮血を飛ばしながら男が倒れ込む。


 息つく間もなく次が襲ってくる。


 足を払い、右手で首を掴んで失血死させる。



 ――オリビアは!?



 彼女がいない。


 ついさっきまで隣にいたはずが、今は消えている。


「オリビア!」


 返事がない。

 影すら見えない。


「クソ、オリビア! どこだ!」


 店内をひたすら進む。

 客をかき分けて、敵を切り伏せながら、姉の姿を探す。


 彼らのほとんどは大の男で、シルビアよりも図体が大きい。

 そのせいで視界を遮られ、オリビアがいたとしても隠れてしまって見えない。


 焦りだけが募っていく。


 オリビアも戦える。医者でも傭兵の端くれだ。素手でも剣でも、自分の身を守れる程度の力は持ち合わせている。

 しかしそれは、あくまで身を守れる程度。


 1人くらいならともかく、数人で襲われたら。


 シルビアの背中を冷たいものが駆けた。

 いっそう足が早まる。


「シルビア!」


 名を呼ぶ声に、勢いよく振り返った。


 ――オリビア!


 しかし、目の前にいたのはルドヴィカだった。

 この場では不利となる長い両手剣ではなく、短刀を持っている。


「オリビアを見たか? どっか行っちまった!」


 さっきまで殺そうとしていた相手に、シルビアは構わず縋りつく。


「いいから落ち着きなさい。あんたとは休戦よ。いいわね?」


「あぁ、分かった」


 今はオリビアを見つけ、この場を脱するのが先決だ。


 ルドヴィカに襲いかかった男が卓子テーブルに叩きつけられて、短刀でめった刺しにされる。


「ったく、何人いんのよ」


 彼女は腿で刃の血を拭いながら、悪態をついた。


「それで、オリビアは?」


「奥の方にはいなかったわ。入口を見てみましょ」


 最初に敵が入ってきたそこでは、今も激しい戦闘が続いていた。

 もし、オリビアが巻き込まれていたら――。

 その先は思い浮かべまいと、シルビアはかぶりを振って無理やり消した。


「オリビアなら無事よ」


 そんなシルビアの不安を、ルドヴィカはあっさりと切り捨てる。


「何で分かんだよ」


「私が育てたからよ」


 ルドヴィカは片手で敵の攻撃を封じると、壁に叩きつけて黙らせる。


「あんたは妹でしょうが。だったら、少しは信じてやんなさいよ」


 そう言ったルドヴィカの横顔は、シルビアに少しだけ、親だった頃の彼女を思い出させた。


 敵はどうやら傭兵だけを狙っているらしかった。

 巻き添えを食ったらしい住民たちもいるが、転がっている死体は武装している者ばかりだ。


 店の入口では大勢が斬り合って、血を流して倒れていた。床や卓子テーブルには切り落とされた指や肉片が散乱している。


 刃が交錯し、人々が入り乱れる中に、尼僧の影が一瞬だけ映ったのを、シルビアは見逃さなかった。


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