第20話 望まぬ一夜#2

「……どういうつもりよ」


 言われたルドヴィカは戸惑うのではなく、怒りを見せた。

 

「モニカと同じことをしているつもりです」


 オリビアは引かない。

 ルドヴィカの怒りを、真正面から受け止めている。


 モニカは、そんな2人を交互に見ている。

 リュミエールの不死鳥の連中も同じだ。殺気とは違う緊張感を漂わせている。


 何の話か分からないのはシルビアだけだ。


 リュミエールの不死鳥を去った理由、という意味だろうが、オリビアは去ったのではなく、シルビアと同じように捨てられたのだ。


「シルビア」


 ルドヴィカに呼ばれた。


「もし、あんたがオリビアだったら、シルビアを捨てると知ったら何をした?」


「は?」


 予期せぬ質問だったが、それでも考える。


 文句を言ったし、ただの対立では収まらなかっただろう。

 今みたいに、ずっとルドヴィカを恨むことになったはずだ。


 何と言っても、ただ1人の妹と引き離されたのだから。


 そこまで考えて、シルビアはルドヴィカがオリビアを捨てた理由に思い至った。


「まさか、保身だってのか? あたしが捨てられたら恨むだろうから、恨まれる前にオリビアも捨てたのか?」


「……そういうことよ」


「ルドヴィカ!」


 オリビアが珍しく怒鳴った。


 それにかき消されそうなくらい、ルドヴィカの声は弱く小さかったが、シルビアには十分だった。



 オリビアを捨てた理由を理解するにも。



 己の血液を沸騰させるにも。



 気づいたら、ルドヴィカの顔を思い切り殴りつけていた。


「このクソ女、殺してやる!」


 誰かが後ろから羽交い締めにしてきたが、無理やりほどいた。


「すぐにキレるのも相変わらずね。そうやってすぐに感情的になるのが、あんたの悪い所だって言わなかった?」


 倒されたルドヴィカは口が切れたのか、血を吐き捨てて立ち上がろうとする。


「それでもテメエよりマシだ、冷血女!」


 その彼女を突き倒そうとするが、その前に太く長い腕が伸びてきて、シルビアの顔面を捉えた。


 シルビアは卓子テーブル1つ分ほど吹っ飛んで、野次馬の柔らかい壁に受け止められる。


「今夜は殺さねぇつもりだったが気が変わった。テメエはここで死ね」


 右の手袋を外す。

 その意味を知る傭兵たちは驚き、酒場はどよめいた。


「シルビア、お願いですからやめてください。本当は違うのです。本当は――」


「どうでもいい、聞きたくもねぇ」


 縋るような声で言ったオリビアを、シルビアは遮った。



 3年前に捨てられたあの日から。



 我が身可愛さに姉まで捨てたと知ったこの時から。



 ルドヴィカは死すべき敵となったのだ。



 酒場はいつの間にか、静けさを取り戻している。


 ルドヴィカは動かない。

 こっちの出方を窺っている。

 右手で触られたら、彼女とて無傷では済まない。

 だから、慎重にならざるを得ないのだ。


 シルビアが1歩、踏み出した瞬間だった。



 入口の扉が勢いよく開く音がして、背後で怒号と悲鳴が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る