第18話 確執#3

 モニカが部屋を出ていくと、外で待っていたのかオリビアがすぐに戻ってきた。


「大丈夫ですか?」


 傷の具合を尋ねているのかと思ったが、すぐに違うと分かった。


「お前は?」


 オリビアも同じように、ルドヴィカに捨てられたのだ。何か思うところがあったに違いない。


「私は、嬉しかったですよ。久しぶりに会えたので」


 しかしお手本のような答えを返されて、シルビアは不満な視線をぶつけた。


「では、私も怒っていると言えばいいのですか?」


 それを受けて、オリビアが尖った口調で答える。


「お前は――いや、いい」


 今は言い争う気分ではないし、そんな場合でもない。


「それより、これからどうするかだ」


 あの女は異能を使った。


 戦線の話は嘘だと思っていた。

 だが、蓋を開けてみれば本物だった。

 それどころか、本物以上だったのだ。


「奴は、本当にあたしらの力を使った」


「えぇ、はっきりと見ました」


「それにしちゃ、驚いてねぇみたいだな」


 オリビアは、何かを考え込んでいるようだった。


「私にとって異能とは、人を治す手段でしかありませんから」


 オリビアはそう言うが、シルビアは違う。


 戦争の道具というだけではない。

 異能は自らの一部であり【魔女】とは自分自身だ。

 シルビアだけの領域を、あの女は侵した。


 だから排除する。


 今までは商売上の理由だったが、もう違う。


「でもまぁ、これで解決に近づいたとも言えるな」


 そもそも異能とは何か。


 何故、自分たちに宿ったのか。


 それはシルビアたちの人生において、最大の謎だった。

 そして、明かされることはないと思っていた。

 自分たち以外に異能を使う者や、そういう記録も一切なかったからだ。


 いくら調べても、何も出てこない。

 その現実があったから、今となってはどうでもよくなっていた。


 異能は傭兵として生きていくうえで、非常に役に立つ。

 それさえ分かっていれば十分だった。


 だが今日、あの女の登場によってすべてが覆った。

 彼女は自分たちが求めてきた答えか、その鍵を握っている。



 シルビアがそう期待を膨らませる一方、オリビアの顔は浮かない。


「彼女は、自分の仲間が私たちを欲しがっていると言っていました」


「らしいな」


 生かして連れてくるよう言ったのも、そいつだという話だった。



「これまで、私たち以外に異能を持つ人がいなかったのは、本当に偶然だと思いますか?」



 突然された質問の意味が分からなかった。



「仮に、異能が一種の体質だったとしたら、他にも同じ力を持った人がいるはずですし、何かしらの記録があって然るべきです。ですが、そんな物は見つかっていません。だから私は、ある疑いを抱くようになりました」



「疑いって?」



「異能は自然に生まれたのではなく、誰かによって作られたという可能性です」



 シルビアは、返す言葉が見つからない。


 その推論は、一応は筋が通っている。


 誰かが作ったから、自分たち以外に異能を持つ者はいない。

 誰かが作ったから、何の記録も残されていない。 


 自然に生まれたものではないから。



 だとしたら、誰が?


 

 何のために?



 どうやって作った?


 

「お前、今までそんなこと言わなかっただろ」


 自分の声は震えていた。


「それは、私もありえないと思っていたからです。今は違います」


 女の最後の言葉が蘇る。


「……確かに、あいつはこう言ってた」


 お前たちの力は特別ではなくなった。いずれ誰もが使えるようになる――。


「彼女が、そう言ったのですか?」


「あぁ」


 本当に、異能は人の手によって作られたのか?

 それを確かめる方法は1つだ。


「女を捜すぞ」


「ちょっと待ってください」


 こうしちゃいられないと寝台ベッドを出ようとして、オリビアに止められた。


「どうやって見つけるつもりですか? 彼女は街を出たかもしれません。それに、あなたはクビになったのですよ」


 明日からの戦には参加できない。

 もし乱入して勝手な真似をすれば、最悪捕まって牢屋行きだ。


「方法はある」


 だがシルビアとて、考えなしに動くつもりはない。


「知ってる奴に訊けばいい」


 不服だが、そうするしかない。


「ルドヴィカに会いに行く。あいつは、女を追ってここに来たらしい」


 オリビアは、出来るのかと視線で問うてきた。


「そりゃ気は進まねぇが、行くしかねぇだろ」



 シルビアは戦力外として捨てられた。

 それ自体は珍しいことではない。リュミエールの不死鳥は一流だけを求めている。シルビア自身、過去にクビを切られた人間を何人か見てきた。


 戦争は命がけの商売でお遊びではない。荷物を背負い続ければ、割を食うのは他の傭兵たちだ。

 それを考えれば、戦力外だからと捨てるのは当然のことだった。


 だが、シルビアは決して荷物ではなかった。


 3年前のヴェルピア攻略戦では、敵将グレムントを討ち取って、リエトの勝利に貢献した。今に至るまでにも多くの首を獲り、めざましい戦果を挙げてきた。



 それに何と言っても、ルドヴィカは親代わりだった。団長と部下という関係には収まらない絆があったはずだ。

 たとえシルビアが戦力外だったとしても、他にやりようはあっただろう。


「ルドヴィカは殺す。でも今じゃねぇ」


 まずは女とその仲間を見つけ、異能の謎を解き明かし、そして殺す。ルドヴィカへの復讐はそれらが済んでからだ。

 


 街並みに沈んでいく夕陽を眺めながら、シルビアは決意を新たにした。

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