第17話 確執#2

「ルドヴィカよ」


 嫌な名前に、シルビアは顔をしかめる。


「そんな顔しないの。あなた1人じゃ勝てないんだから」


「なわけねぇだろ。この3年で、あたしだって成長したんだ」


 確かにさっきは負けてしまったが、それは異能をいきなり使われて動揺したからだ。


「彼女のこと、何も知らないのね」


「なら教えろよ。あいつは誰だ」


 バカにされたと感じたシルビアは、怒りを剥き出しにして訊いた。


「教えてあげない」


 わざとらしく片目を瞑ったモニカの答えは、簡潔だった。


「ルドヴィカから訊いてくれる? 彼女の方が詳しいわ」


 あの女に会うなどまっぴら御免だ。


 それに「知らない」ではなく「教えない」と言うのなら、モニカもある程度は知っているということだ。

 だから何とか聞き出そうと睨むが、彼女は絵のように整った微笑を崩さない。


 その理由を考えて、シルビアは真意に気づいた。


「会いに来たのはそのためか」


 シルビアを、ルドヴィカに会わせるため。


「あれから3年よ。もう許してあげたら?」


 口調はいつものように柔らかいが、目は笑っていない。


「あいつは、あたしとオリビアを捨てたんだぞ」


 だが、シルビアだって引き下がるわけにはいかなかった。


「あいつ? もう、すっかり生意気になったわね」


 そう咎めてきたモニカは、何故か喜んでいるようにも見えた。


「じゃあ何で追ってる? まさか、あたしが戦線にいるとでも思ってたのか?」


 だとしたら心外だ。逆賊に加わるほどバカじゃない。


 モニカは笑って否定するが「分からないの」と答えた。

 これすらとぼける気か、と視線を鋭くさせても、モニカは態度を変えなかった。どうやら、本当に知らないらしい。


「私たちは戦闘が起きたときから戦っているの。そのときに彼女の異能を目の当たりにした。もちろん驚いたわ。でもルドヴィカは……驚いたどころじゃなかったわね。棒立ちになって、危うく殺されるところだった」


「はぁ?」


 信じられなかった。

 ルドヴィカが戦場で動揺し、ましてや棒立ちになるなど、ありえないことだったからだ。


「あんなルドヴィカは、私も初めて見たわ。戦が終わっても動揺したままで、ずっと何かを考え込んでいて……。私たちには何も言わないけど、あの日から、彼女に固執するようになったのよ」


「一応訊くが、勝敗はどうなったんだ? 誰か死んだのか?」


「戦は負けたけど、私たちに死人はいなかったわ」


 だろうな、とシルビアは思った。

 ただの逆賊に、リュミエールの不死鳥が負けるはずがない。


 そもそも、仇討ちとも思えなかった。


 ルドヴィカは、嫌というほど傭兵としての考え方を徹底している。

 戦争を完全な商売と捉えており、仲間を失おうと復讐など考えない。


 だから分からない。


 敵に興味を示さないあの女が、いったい何を理由に追いかける?


「私もね、一度だけ訳を訊いたのよ」


 黙り込んだシルビアに、モニカが言った。


「約束を果たすためだって言われたわ。でもそれが、誰とのどんな約束かは教えてくれなかった」


 ルドヴィカが最も信頼する相手はモニカだ。

 2人はシルビアが生まれる前から組んでいて、共にリュミエールの不死鳥を結成した。


 その彼女にすら教えないのは、約束とやらが相当の秘密か、危険を孕んでいるからか?


「あたしらが襲われた理由に心当たりは?」


「いいえ、ないわ」


 戦線からすれば【魔女】を雇ったと謳う以上、本物の【魔女】であるシルビアが敵方にいては都合が悪い。

 だから、裏切らせるか始末しようと考えるなら分かるが、何故攫おうとした?


 その理由は女が言っていた。彼女の仲間がシルビアたちを欲しがっているからだ。


 それは誰で、理由は何だ?



「もう行くわね」


 黙考するシルビアは、モニカが立ちあがったことで我に返った。


「この近くに大きな酒場があるの。今夜、私たちはそこにいるからあなたも来て。オリビアも一緒にね」


「……気が向いたらな」


 女が誰で、何故ルドヴィカは追っているのか。

 それを知るには、ルドヴィカ本人に会うしかない。


 会うしかないのだ。会いたいのではない。


 だから、曖昧な返事しか出来なかった。

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