第15話 三人目の双子#2

 予期せぬ一撃に、シルビアは悲鳴を上げて後退する。

 改めて腕を見ると、やはり血が流れていた。


「クソ、何でだよ!」


 腕を掴まれただけだ。

 たったそれだけで、血が流れた。


 ――女の子に触られたら、いきなり出血したんだ。


 大聖堂で会った、青年の言葉が蘇る。


「まさか、お前……」


 やがて辿りついたのは1つの解。


「お前が、そうなのか?」


 戦線は【魔女】を雇ったという。


 嘘だと思っていたが、違う。



 彼女だ。



 目の前の女こそ、その【魔女】なのだ。



「本人の耳にまで入っていたとは光栄だ」


 ありえない。


「お前、何者だ」


 こんなはずはない。


「何であたしの力を使える」


 動かぬ喉を絞り、何とか疑問を声に出す。


「お前が知る必要はない」


「なら吐かせてやるよ!」


 この衝撃に呑み込まれまいと、シルビアは突進した。


 彼女の首に手を伸ばす。


「無駄だ」


 避けられて、腹に蹴りを入れられる。


 シルビアの身体が折れ曲がるほどの強さだった。

 そのまま頭を掴まれたと思ったら、女の膝が鼻に激突した。


 熱くドロリとしたものがこみ上げてきて、シルビアは地面に倒れる。


「クソ……」


 寝ているわけにはいかない。

 追撃を食らう前に女を視界に捉えて、起き上がる。


 女は剣を納めている。

 攻撃を誘っていると分かっていても、シルビアは己を止められない。


 今度は顔を狙う。

 届く前に右手を掴まれて、壁に叩きつけられる。


「気に食わないが、お前たちのことは殺すなと言われている。だから大人しくしろ」


 女の黒い瞳に、憤るシルビアが映っている。


 頭突きを食らわせて、顔を斬りつけてやった。

 女から血が跳ねて、男たちに動揺が広がる。


「貴様ぁ!」


 力任せに剣を封じられ、シルビアは道の真ん中に引きずり倒される。


「いい加減諦めろ! まだ無駄な血を流したいか!」


 腹を蹴られて、シルビアは情けなく呻く。


 屈辱だった。


 異能は自分たちだけの力だ。


 それを見知らぬ女に使われて、しかも圧倒されている。


 殺されないのは、彼女がそういう指示を受けているからにすぎない。

 でなければ、とっくに死んでいる。


「1つ教えてやる」


 荒い息を整えながら、女は言った。


「お前たちの力はもはや特別ではない。いずれは誰もが使えるようになる」


「テメエ!」


 怒りだけを力に、シルビアは立ち上がった。

 だがすぐに頭を掴まれて、壁に打ちつけられた。

 

 頭蓋を砕かれるほどの衝撃に襲われ、平衡感覚が狂う。


 倒れ、今度こそ動けなくなった。


 無様なシルビアの前に、女が笑みを零す。


「痛そうだな。どれ、私が治してやろう」


 彼女は膝をつくと、血が流れるシルビアの右腕を、右手で触った。


 さらなる出血を覚悟したが、結果はまったく違った。

 血が止まり、傷が塞がって、痛みが引いていったのだ。


 こんなことができる力を、シルビアは1つしか知らない。


「オリビアの力まで使えんのかよ」


 当の本人はと見ると、驚いたように口を両手で覆って、半歩ほど後ずさっている。


「これで分かっただろう。【聖女】も【魔女】も、もう2人だけでなくなった」


 立ち上がった女は、オリビアに振り返る。


「さぁ、観念してこっちに来い」


 シルビアはもう、意識を繋ぐのも難しかった。


「逃げ……ろ」


 それでも手を伸ばすが、まったくの無意味。


 逃げ出そうとしたオリビアは、その前に捕まってしまう。

 シルビアも、男の1人に足で仰向けに転がされた。


 彼はこれが仕事と言わんばかりに、淡々とシルビアを抱え上げようとして――胸から刃を飛び出させた。


「え」


 血のあぶくを噴く男は、自分の胸を見て、何が起こったか分からない様子で息絶える。


「何だ!?」 


 それに気づいた女が声を上げた。


 剣を引き抜かれた男が倒れると、シルビアがよく知る姿が現れた。


 頭から爪先まで、漆黒の甲冑に身を包んだ騎士。

 顔が見えずとも、それが誰かは分かった。



 助かったという安堵、何故という疑問が湧く前に、シルビアは意識を手放した。

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