第14話 三人目の双子#1

「ふざけやがって!」


 近くの家の壁を蹴りつけても、はらわたは煮えくり返ったままだ。


「だから、早まった真似はするなと言ったでしょう」


「黙れ」


 3年も抱いてきた復讐心だ。そう簡単に抑えられるわけがない。


「これからどうするつもりですか? あなたがクビになりましたが」


「勝手にやらせてもらうさ。お前は予定通り従軍しろ」


 ルドヴィカとの予期せぬ再会で予定が狂ってしまったが、本来の目的は、戦線の【魔女】を雇ったという話を嘘だと証明することだ。


「そこの2人」


 路地を憮然と歩いていると、前からやって来た一団に行く手を塞がれた。

 

 武装した、数人の男と1人の女。


 女は自分たちと同じくらいの歳で、何かの動物の鱗を使った黒鎧をまとっている。

 男たちが1歩下がった位置にいるところ見ると、どうやら彼女が率いているらしい。

 その若さで大したもんだ、とシルビアは感心した。


「【魔女】シルビアと【聖女】オリビアだな?」


 女は訛りのあるリエト語で問うてくる。きっとアルカハル人だろう。


「だったら何だ」


「私と来てくれないか?」


 シルビアが不機嫌に返しても、女は気を悪くした様子もなく言った。


「あたしがクビになったから、拾ってやろうってのか?」


 さっきの騒ぎを見ていたなら、そういう奴もいるだろう。

 ありがたい申し出だが、見知らぬ誰かに情けをかけられるつもりはない。


「何か勘違いしているようだな」


 女は笑みを漏らす。


「私は傭兵ではないし、お前たちを欲しがっているのは別の仲間だ。私はただ、彼にお前たちを連れてくるよう言われただけだ」


 話が一気に怪しくなってきた。


「お断りだ。その仲間にも言っとけ」


 脇を通り抜けようとして、腕を掴まれる。


「大人しく従った方が身のためだぞ」


「そいつは脅しか?」


 ならこっちにも考えがあると、腰の直剣を少しだけ抜いてみせる。

 鞘から覗く波打つ刃が、陽を跳ね返して鈍く光った。


「彼からは何が何でも連れてこいと言われている。すまないな」


 そう言われるなり、いきなり顔面を殴られた。


「テメエ、殺されてぇのか!」


 怒りを燻らせていたシルビアは、瞬く間に燃え盛る。


 対して、女は眉も動かさずに得物を抜いた。

 ありふれた直剣で、長さはシルビアのそれと同じくらい。


 男たちは傍観するようで、戦おうとせずさらに後退する。

 どういう意図かは知らないが今はありがたい。こんな狭い路地で複数を相手にするのはさすがに厳しかった。


「オリビア、下がってろ」


 彼女も一応は戦えるが、戦力として心許ない。


「剣を下ろせ。戦ったところで、負けるのはお前の方だぞ」


「大した自信だな」


「お前は、私が倒す」


 復讐だ。

 そのために男たちは下がったのだろう。


 しかし、その心当たりがない。

 彼女の名前も、顔だって知らないのだ。

 まぁきっと、どこかでいつの間にか恨みを買っていたのだろうと結論付けて、シルビアは目の前の状況に集中することにした。


 右の長手袋を外す。


 露わになった右手と腕の痣を見て、女は歓喜するように口笛を吹いた。


「それが噂の右手か。触れた者すべてを殺すという」


「その余裕も今のうちだぞ」


 今までにも、異能を恐れない奴はいた。

 異能の存在を信じず、あるいは自らの実力を過信して、シルビアに挑んできた。

 そうしたバカどもは全員、あの世に送ってやった。


 ――こいつもそうしてやる。


 動いたのはほぼ同時。


 剣同士が素早く打ち合わさり、甲高い金属音が響く。

 

 波打つ刃を女の剣に引っ掛けるように動かして、空いた正面から右手を伸ばす。



 その腕を掴まれた。



 そして、血が飛んだ。


 

 女ではなく、シルビアから。

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