第13話 邂逅#2

「お願いですから、早まった真似はしないでください」


 オリビアがすかさず釘を刺してくる。シルビアが今、何を考えているのか分かっているのだろう。


 だが、するなというのは無理な相談だ。


「ここに着いたとき、あたしが言いかけたことがあっただろ」


「え、えぇ」


「こう言おうとしたんだ。この時期にここに来るハメにはなったのは、神だか運命だかが、あたしに復讐を遂げさせるためなんじゃないか――って」


 だとしたら、お誂え向きの巡り合わせだ。


 神は信じていないが、今日だけは信じてもいい。



 閲兵式はいよいよ大詰めだ。

 ルドヴィカの挨拶は終わり、査定が始まっている。

 傭兵たちが自分の装備を見せて、戦歴を申告するのだ。それによって派兵先や戦場での配置が決められる。

 査定次第では給金が上がることもあるので、傭兵たちは少しでもよく見せようと躍起になるばかりか、不正を行う輩も出てくる。


 例えば装備の共有だ。いい剣や鎧を一式用意して、それを何人かで着回すのだ。

 あるいは偽名や人を使って架空の傭兵をでっち上げ、その分の給金を懐に入れる奴もいる。


 そういう奴は戦歴も信用ならない。出てもいない戦に勝ったといい、戦ってもいない敵を討ったと言うからだ。

 だが結局は、そいつらも成りすましと同じ末路を辿り、代償を払うことになる。



 傭兵たちが査定のため列をなす一方、シルビアは並ばずルドヴィカを探していた。


「シルビア、待ってください!」


「もう十分待った。やっとあの女をれる」


 この日をどれだけ待ったことか。


「あなたが恨むのは分かりますが、何か理由があったはずです」


「知るか。あたしらを捨てる理由なんてありゃしねぇよ」


 あったとしても、どうでもいい。



 シルビアは戦力外だから捨てられた。

 ただの傭兵として、何の情もなく。

 自分はルドヴィカにとって、特別だったはずなのに。


 彼女は壇の近くでモニカと話していた。

 その周りには、リュミエールの不死鳥の面々が顔を並べている。



「ルドヴィカァ!」



 広場に怒声を響かせる。

 周りが注目するとともに、彼女も振り返った。



「……シルビア」



 ルドヴィカが名を呼ぶと、列の傭兵たちがざわめき出した。



「シルビアって、もしかしてあいつが【魔女】シルビアか?」


「まさか。戦線が雇ってるはずだろ」


「ルドヴィカと何かあったのか?」


「因縁があるらしい。昔クビになったとか」


 ざわめきからは、そんな声が聞こえてきた。



「久しぶりだな。できれば戦場で、敵として会いたかったぜ」


 そうすれば、遠慮なく殺せた。


「何しに来たのよ」 


「決まってんだろ」


 腰の直剣を抜き放つ。

 周囲はさらにざわつき、リュミエールの不死鳥の傭兵たちが構えたが、ルドヴィカが制した。


 少しずつ、シルビアは間合いを詰めていく。


「3年前だ。ちょうどこの場所で、あたしはお前に捨てられた」


「何で捨てられたかなんて、あんたも分かってんでしょ」


「娘だぞ!」


 シルビアは怒鳴る。


「あたしは、テメエの娘同然だったはずだろ! オリビアもだ! そいつらとは違うんだ!」


 後ろに控えている、彼女の部下たちを指す。


「何でオリビアまで捨てた」


 彼女は傭兵という扱いだが、実際は医者だ。左手の異能の価値はもちろん、医療の知識や技術も深い。

 医者として十分な能力を持っていて、それは誰もが認めるところだ。


 そんな彼女を捨てた理由は、未だに分からない。


「オリビアは……」


 ルドヴィカは言葉に詰まった。

 何と答えるか、迷っている様子だった。


「答えなくていい。今さらどうでもいいさ」


 もう話すことはない。

 

 シルビアは一気に肉薄した。


 ルドヴィカは、背中の剣を抜く素振りすら見せない。

 シルビアごとき、素手で十分だということだ。


 ――ナメやがって!


 その態度に、さらに怒りを掻き立てられる。


 そうして力任せに振るった刃は、あっけなく籠手に防がれた。

 力強くはじき返されて、体勢を崩される。


 反撃に、ルドヴィカの拳が迫ってくる。

 分かっていても、避けることができない!


 鉄拳が、何も出来ぬシルビアの上あごに命中した。


 脳が揺さぶられる。


 前歯が吹っ飛んだかもしれなかった。


 石畳に倒れたシルビアは、すぐに起き上がり追撃に備えた。

 それはやって来ず、代わりに大きな溜息をつかれた。


「……呆れた」


 ルドヴィカの顔に浮かんでいるのは、失望。


「あの頃から何も変わってないじゃない。この3年、何をやってたのよ」


 昔と同じように、シルビアは叱責される。


「あんたたち、よく聞きなさい!」


 ルドヴィカは事の次第を見守る傭兵たちに振り返った。


「こいつが本物の【魔女】シルビアよ! だから戦線が言ってることは全部デタラメ! あんたたちはビビったり、戦うのを楽しみにしてたかもしんないけど、今回はお預けよ!」



 彼女がこっちを向く。



「あんたはクビよ。さっさとこの街から消えなさい」



 捨てたときと同じように、彼女は感情のない声で、冷たく告げた。

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