第12話 邂逅#1

 オリビアが【聖女】だと知った人々が、我も我もと押しよせてきたことで、結局は聖堂にいたほとんど全員を診ることになってしまった。

 ヴェルピアに到着したのは朝だったが、今はすでに陽が高く昇っている。


「今日は大勢を救うことができました」


 オリビアの横顔は満足げだ。

 中には死にかけていた者もいた。彼女がいなければ失われていた命だ。


 人違いと分かった後、大聖堂は切り上げてもいいと言ったが、オリビアは構わず続けた。それならと高い報酬を提示されたが、それも断った。


 つまり、完全なタダ働きだ。


 オリビアが【聖女】と呼ばれるのは、左手の異能やシルビアの【魔女】という名に対する意味合いもあるだろうが、最大の所以は彼女自身の性格にある、とシルビアは勝手に考えている。


 彼女が無償で働くのは今回が初めてではない。

 むしろ、これが普通なのだ。


 傭兵として契約し戦場に赴いた際には金をもらっているが、それ以外の場所で患者を診た場合は、見返りを一切受け取らない。

 その理由をオリビアは「私は、私に出来ることしているだけですから」だと言う。


 だから【聖女】と呼ばれることも嫌っている。彼女自身は、自分が一介の医者に過ぎない存在だと考えているからだ。



 大聖堂を出て、目の前の聖堂広場には大勢の傭兵が集まっていた。その数はおよそ200人といったところか。

 シルビアは今回、損耗した戦力の補充として雇われた。彼らも同じだとすれば、この戦いでリエトは少なくとも200人は失っているということだ。

 全体では約2000人の兵がいると聞いているから、相当やられたことになる。


 敵のアルカハル解放戦線はそれほど手強いのか、とシルビアは気が引き締まった。



 集まっている傭兵の見た目は様々だ。

 剣を下げている者、槍を携えている者、斧を担いでいる者、弓を背負っている者。

 重装の鎧で身を固めている者から、そこらの一般人と変わらない軽装の者もいる。さすがに、シルビアのような夜会服ドレスを着ている者はいなかった。


 女も多いが、自分たちほど若い者は見当たらない。 



「静まれぇ!」



 勝手に騒いでいる傭兵たちに向かって、そんな怒声が飛んだ。

 

 大聖堂の前には大人の背丈と同じくらいの高さの壇が設えられ、そこにリエトの軍服を着た男が立っている。彼が傭兵軍と正規軍の橋渡し役を務める士官なのだろう。


「静まれ! これより閲兵式を始める!」


 閲兵式と聞くと、多くはお偉方の前で兵士が行進する様を思い浮かべるだろうが、傭兵にとっては戦争するにあたっての顔合わせ、契約を結ぶ場だ。


 そもそも傭兵が雇われるまでには、ある程度決まった流れがある。

 まず戦争が始まり、傭兵が欲しくなった者が仲介人に相談する。

 雇う人数、給金の額、戦地や期間などを決めると、仲介人は各地で兵を募る。

 募兵を知った傭兵は、納得できる内容であれば仲介人から手付金を受け取り、閲兵式の場所と日時を教えてもらう。


 手付金だけもらって逃げてもいいが、それでは信用を失ってしまう。食いはぐれた農民ならともかく、商売としてやっているならそんなことはしない。


 それから閲兵式に参加し、正式な契約を交わす。

 そしてようやく、兵の1人として戦争に出ることができるのだ。



 士官の一喝でざわめきは徐々に収まっていき、やがて広場は静寂に包まれた。


「ではまず――」


 軍服の男は改めて口を開き、閲兵式が始まった。



 まずは軍規の説明からだ。

 最初は喧嘩するな、物を盗むなといった、基本的な事柄だ。

 次に上官と部隊への服従、捕虜の扱いや略奪の権利など、戦争に関わる規定が説明される。

 最後に労働規約だ。賃上げの交渉とか、仕事の文句は誰に言うだとか、そういう決まりである。


 どれも大事なことには違いないが、いかんせん話が長ったらしい。

 こっちは何度もリエト軍に雇われていて、そのたびに同じような話を聞かされているのだ。

 周りを見ても、シルビアと同じく退屈そうにしている連中ばかりだった。


「次に傭兵隊長を紹介する!」


 軍規の説明が終わると、傭兵軍を率いる傭兵が紹介される。

 訓練された正規兵と寄せ集めの傭兵では、練度も士気も何もかもが違う。

 それなら同類に従わせるのが手っ取り早いから、傭兵の指揮は傭兵が執るのだ。

 もしも候補がいなければ――ほとんどは嫌がれるらしいが――正規の軍人が代わりを務めることになる。


 そして、傭兵隊長になれる者は限られている。


 第一に、腕が立ち名が知れた傭兵でなければならない。実力もない無名の奴に、誰が背中を預けたがるだろうか。

 第二に、傭兵たちを率いるだけの統率力がなければならない。結束も忠誠もない男女をまとめ上げるのだから、当然必要な能力だ。


 その分、傭兵隊長に選ばれたら好待遇と高給が約束され、手柄を立てれば大きく広められる。

 褒賞をもらえるだけでなく、それが大戦果であれば爵位を与えられ、貴族として出世できる可能性だってあるのだ。

 シルビアも、自分もいつかはと思いながら日々を過ごしている。



 では、誰が隊長を務めるのか。

 これは雇われる側にとっては、金の次に重要な問題だ。


 そいつの実力はもちろん、何より人柄だ。部下にも敬意を払うのか、それとも自分の手柄しか考えていないのか。前者は歓迎だが、後者は御免だ。

 あまりにも評判の悪い奴が隊長になると、それだけで逃げ出す奴もいるくらいである。


 今回は誰だと傭兵たちが注目する中、1人の女が壇上に現れた。

 その顔を目にしたシルビアは、大聖堂で治された青年の傷を見た時のように、驚愕した。



「長話は嫌いだから、手短に済ませるわ」



 桃色の長髪。



 大柄な体格。



 背負われた両手剣。



 間違いない。



 あの女は。



 彼女は――!




「今回の指揮を執ってる、リュミエールの不死鳥のルドヴィカよ」



 まぎれもない、かつて自分たちの親代わりだった女。


「私は、あんたたち全員を生かして帰すつもりでいるわ。だから今からは金のことだけ考えて、私にだけ従いなさい」


 ついに、ようやく出会えた。


「いい? あんたたち、稼ぐわよ!」


 ルドヴィカが拳を突き上げると、それに合わせて歓声が上がった。

 傭兵たちは同じように拳を掲げ、彼女への忠誠を誓う。



 ただ1人、シルビアを除いて。

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