第10話 聖なる姉#2

 街に入ると、以前と同じような風景が広がっていた。

 唯一違ったのは、あの時は無人だった通りに、今は大勢が列をなして歩いていることだ。


 しかし、活気があるわけではない。

 誰もが俯き、暗い顔をしている。


 荷車を引く者や、着の身着のままの者もいる。


 反乱から逃げてきた避難民たちだ。


「この街は、彼らをどこで受け入れているかご存じですか?」


 オリビアが我が事のように憂い、商人に尋ねた。


「確か大聖堂が受け入れていると聞いたよ。戦線の略奪に遭って、焼かれた村もあるらしい」


「後ろめたい奴らほど大義を叫ぶもんだ」


 利益のための行動を、大義を掲げて正当化する。戦争ではよくある話だ。


 商人はシルビアに振り返った。


「この街には戦線を倒すために来たんだろ?」


「あぁ、広場で閲兵式があるからな」


「奴らは【魔女】と呼ばれる傭兵を雇ったって話を広めてるよ。何でも、触っただけで相手を殺せるそうだ」


「そんな奴いるわけねぇだろ」


 その【魔女】であるシルビアは、不機嫌を隠さずに商人の言葉を一蹴した。



 これこそが、今回の仕事を引き受けた理由だ。


 戦争において重要なのは戦略や兵力だけではない。宣伝もその1つだ。

 誰が誰を討った、いつどこを攻め落としたなど、各勢力はこぞって華々しい戦果を掲げ、大いに広めようとする。優勢を示すことで味方の士気を上げ、敵の戦意を挫くためだ。


 そしてその都合上、内容には嘘や誇張が往々にして含まれる。


 何度も担ぎ上げられたシルビアはそれをよく理解していた。今までどれだけ覚えのない戦果を広められ、見知らぬ首を獲らされたことか。

 決して悪いことではない。嘘でもシルビアの名は売れるわけだし、罪を犯しているわけでもない。訊かれたら適当に話を合わせればいいだけだ。


 だが、今回は違う。


 広めているのは逆賊、リエトにとっての敵だ。

 もし帝国が真に受けたら、シルビアは傭兵としての評判を落とすだけでは済まない。

 最悪、謂れのない罪に問われて、絞首台に吊るされることだってあり得るのだ。


 だからこそ、この反乱を鎮圧し、彼らの宣伝が嘘だということを何としてでも証明しなければならなかった。



「まったくバカげてるよ。あいつらも、もう少しマシな嘘をつけなかったのかね」


 幸いにも信じてないらしい商人は、広場に差し掛かったところで馬車を止めた。


「どうもありがとう。無事に着けてよかったよ」


 自分の荷物を手に馬車を降り、報酬を受け取る。


「毎度あり」


 普段の日当に比べればだいぶ安いが、道中の退屈さを考えたら妥当だろう。


「お気をつけて」


「うん、2人もね」


 商人を見送り、シルビアは広場に振り返る。


 最初に目につくのは、この街の象徴である大聖堂だ。


「……まさか、また戻ってくるとはな」


 そびえ立つ4本の巨塔を見上げて、シルビアは呟いた。


 

 この街の名はヴェルピア。



 元はアルカハル東部、今はリエト中部に位置する。

 

 3年前、シルビアはこの街で【魔女】として名を上げ、この広場でルドヴィカに捨てられた。


「……なぁ、オリビア」


「はい、何ですか?」


「いや、何でもねぇ」


 感傷に浸って、思わずバカなことを口走るところだった。



 意識を切り替えて、シルビアは改めて広場を見回す。

 中央には女神像を飾った噴水があり、子供たちが水浴びをして涼んでいる。

 大聖堂の前には避難民たちが集まって、司教に何か訴えているようだ。

 隅には露店商が品を並べ、行き交う人々を眺めている。


 明日から、この街で戦争が始まる。


 このヴェルピアは堅牢な都市だが、やはり住民たちは不安そうだ。


 まだ傭兵の姿はない。式が始まるのは正午からで、今はまだ陽が昇ったばかりだ。


「噂は、だいぶ広まっているようですね」


 さっきの商人の話を聞いて、オリビアは深刻な顔で言った。


「いい迷惑だよ」



 どんな世界でも、名が売れると成りすましが現れる。

 シルビアも今まで、ルドヴィカやモニカを自称する奴に何度も出くわした。


 そういう奴らの目的は高給だが、この稼業はそんなに甘くない。

 いつか嘘を見破られるか、命で代償を払うことになる。どんなに虚飾しようが、実力だけは偽れないからだ。


 凄腕の傭兵が激戦地に送られ、そのまま帰ってこなかった――とはよく聞く話だ。中には真実もあるが、大抵は偽者だったというオチがつく。


 それでも、今までシルビアになりすます奴はいなかった。

 自分が【魔女】だと言えば「なら右手で殺してみろ」と言われるからだ。こればかりは、どんなに腕が立とうと無理な話である。



 閲兵式が始まるまでどう過ごすかを考えていると、大聖堂のそばにいた修道女が駆け寄ってきた。


「お待ちしておりました。あなたがレザンの町から来るという教会の方ですね?」


 オリビアのことを、修道女は勘違いしているようだ。


「いえ、私は――」


「昨日到着するというお話でしたので心配していたのです。早速で申し訳ありませんが、負傷された方々の手当てをお願いできますか?」


 そう頼まれて、医者のオリビアは事情を尋ねる。


「戦火を逃れてきた人々です。略奪に遭った方も多くいらして……。薬はあるのですが、いかんせん人手が足りないのです。隣は?」


「傭兵の妹です。私の護衛として同行を」


「そうでしたか。こちらです」


 さぁ、と促す修道女に続いて、オリビアは大聖堂に向かっていってしまう。


「おい、行く気かよ?」


 完全な人違いだが、オリビアは当然だと頷いた。


「負傷者がいるのなら、放っておくわけにはいきません」



 オリビアは常に、人命を第一に考えている。


 それを知っているシルビアは何も言わず、黙って後に続いた。

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