第8話 裏切り#2

「おい!」


 すかさず後を追いかけた。

 ルドヴィカのことは、ただの傭兵団長という以上に慕い、尊敬し、愛している。

 お別れ、なんて言葉だけで片付けられるほど浅い関係ではない。


「モニカ、どういう意味だよ。こいつは一体何の話だ?」


 彼女はシルビアに歩み寄ると、優しく抱きしめた。



「あなたたちを、リュミエールの不死鳥から追放するわ」



 そして耳元で、そう囁いた。



「……待てよ。追放って」


「でも!」


 モニカは叫ぶ。


「でもね――」


「行くわよ!」


 ルドヴィカが鋭く、モニカを制した。


「ここで言わなかったら、絶対に後悔するわよ。いいの?」


 そうルドヴィカに問いかけたモニカの口調は、非難というより忠告に聞こえた。


「……いいのよ」


 ルドヴィカは歩き出す。


 モニカはそんな彼女の背中を見つめていたが、やがてシルビアに振り返った。

 赤い瞳から雫がとめどなく流れ落ち、彼女は嗚咽を隠そうともせず、力いっぱいにシルビアを抱きしめた。


「ごめんなさい、あなたとお別れなんて嫌だけど、私にはどうすることもできなかった! 本当に、ごめんなさい……っ!」


 酷く叱られた子供のように、モニカは泣きじゃくりながら謝り続ける。

 シルビアは状況が掴めず、そんな彼女を恐る恐る抱き返すことしかできなかった。


「いつか私が迎えに行くから。それまで無事でいてね。どうか死なないで」


 顔をくしゃくしゃにしたモニカはシルビアから離れると、先を行くルドヴィカたちを追いかけていった。


 あるいは、シルビアから遠ざかるように。


 ――あぁ、そっか。


 2人は、本気で言ったのだ。


 自分たちは本当に、リュミエールの不死鳥から追放されたのだ。


 小さくなっていく彼女たちの背中を見て、初めてシルビアはそう実感した。


「おい、説明しろよ!」


 そう実感したら、理由を聞かなくては気が済まなかった。


「これまで長い付き合いだったろうが!」


 声は山彦のように虚しく広場に響いて、消えた。


「それでお別れだと!? ざけんじゃねぇ!」


 ルドヴィカが立ち止まり、振り返る。


「なら教えてあげる」


 その表情には何も映っていない。




「あんたみたいな弱い奴は、うちには必要ないからよ」




 それが最後の言葉だった。


「何だよ、それ」


 思わず足が止まった。


 弱いから必要ない。

 

 その意味が、シルビアには理解できなかった。

 というより、受け入れられなかった。


「戦力外ってことかよ」


 ルドヴィカは何も言わない。


 ――あたしが?


 昨夜は誰もが認める活躍をした。


 ――そのあたしが、戦力外だと?


「……ふざけんな」


 怒り。


「ふざけんな!」


 全身の血が沸き上がる。


「テメエに育てられたんだぞ!」


 視界が真っ赤に染まらんばかりに。


「あたしはずっと慕ってきたのに!」


 シルビアは激怒した。


「その仕打ちがこれかよ!」


 オリビアの呼ぶ声がする。


「裏切りやがって!」


 腰の直剣を抜き放つ。


「殺してやる!」


 ルドヴィカめがけて、刃を振るう!


「人の気も知らないで……」


 だが籠手に、あっけなく防がれた。


「勝手なことばっか言ってんじゃないわよ!」


 彼女の拳が迫る。


 天地が入れ替わり、シルビアは石畳に叩きつけられる。


「テメエの気なんか知るか!」


 すぐに起き上がって、剣を手にルドヴィカへ肉薄する!


 刃はまたも同じように防がれて、膝を鳩尾に打ち込まれる。


 体内の空気がすべてなくなり、臓物が出てきそうな吐き気がシルビアを襲う。



「死ぬんじゃないわよ」



 ルドヴィカは、確かにそう言った。

 そして顔を上げた瞬間、鞠のように蹴り飛ばされた。



 青空を目にしたまま、背中をしたたかに打ちつける。



 ルドヴィカは追って来ず、リュミエールの不死鳥の面々を連れて去っていく。




 すかさず立ち上がろうとしたシルビアは、すぐにオリビアに押さえられた。

 それでもシルビアは、ルドヴィカを見えなくなるまで睨みつける。



「テメエはもう親じゃねぇ、裏切り者だ! 今度会ったら殺してやる!」



 憎しみの火と、復讐の誓いを胸に。

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