第7話 裏切り#1

 傭兵にとって安眠は貴重だ。


 まず、戦場では熟睡などできやしない。

 夜通し敵が寝かせまいとちょっかいをかけてくることもあるし、夜襲に備えなければならないこともある。そんな時に呑気に寝ていたら、2度と目は覚ませない。


 さらに環境も悪い。城砦や街に籠るならいいが、基本は野営だ。

 雨風を凌げる天幕テントがあればマシな方で、普通は地面に布を敷いて横になるか、それすらできなければ剣を抱えて眠る。


 傭兵団で育ったからにはとっくに慣れている。それでも人間、やはり寝台ベッドに横たわり、布団を被りグッスリ眠りたいと思うのが自然だろう。

 だからシルビアも、勝手に寝ている宿の寝台から、身体を起こせずにいた。


 外は今日も快晴だ。


 昨日と変わらぬ陽射しが窓を貫いて、一糸まとわぬシルビアの肢体をきにかかる。

 堪らず布団を被ったが、熱がこもって余計に暑くなった。


「……クソ」


 怠い身体を起こし雨戸を閉めると、ようやく陽射しは遮られた。

 それに満足したシルビアが目を閉じて、再び寝台に身を沈めようとした時だった。


「シルビア」


 扉が開く音がして、オリビアの声が聞こえた。

 足音が近づいてくる。


「また裸で寝ているのですか。不潔だと言っているでしょう」


「うるせぇな、暑いんだよ」


「それより起きてください。モニカが呼んでいます」


「後にしろよ……まだ寝てていいだろ」


 滅多にない安眠の機会だ。手放したくない。


「いいえ、今すぐです」


 布団を被ろうとするが、容赦なくオリビアに取り上げられて、代わりに赤い夜会服ドレスを被せられた。


「……何かあったのか?」


 有無を言わさぬオリビアの対応に、そう尋ねるも、彼女は何も言わない。

 そうなのだろうと考えて、シルビアは仕方なく起き上がった。


 肌着を穿いて、夜会服ドレスを着る。

 夜会服ドレスは装飾も袖もない簡素な見た目だ。スカートには切れ込みが入っていて、戦闘中の激しい動きにも対応できるようになっている。

 黒い長手袋をはめ、直剣が下がった革帯ベルトを腰に巻けば、身支度は完了だ。


 赤い髪紐で長い金髪を後ろで1つに縛りながら、階段を下りて外に出る。

 宿の前では、甲冑を着込んだモニカが待っていた。いつも浮かべている微笑はない。


「何があったんだ?」


 まさか敵が、もう街を奪い返しに来たのか?

 だが周りを見る限りでは、そんな切迫した雰囲気は感じられない。

 路上にたむろしている兵士たちは皆、飲むか、酔うか、吐くか、寝ている。

 誰も襲撃を報せたり、戦支度などしていない。


「ついてきて」


 モニカはそれ以上を言葉を発さず、通りを歩いていく。

 訊く暇もないので、仕方なく後を追った。


 ――いったい何だよ。


 まだ昨日のことを怒っているのか。


「モニカ、昨日は悪かったよ」


 詫びても、彼女は何も言わない。振り向きすらしなかった。


 ――あたし、何かしたか?


 確かに昨夜は説教されて、拗ねた態度を取ってしまったが、彼女の逆鱗に触れるほどのことではなかったはずだ。


 ――意味分かんねぇ。


 いくら考えてもキリがない。


 モニカについていった先は広場だった。

 昨日と同じように、負傷者が休む天幕テントが並んでおり、看護婦たちが出入りしている。

 正面にはこの街の象徴だという大聖堂が建っており、4本の尖塔が天高くそびえていた。


 そして、隅には傭兵たちが集まっている。


 誰に訊かずとも、どんな連中かは知っている。


 男は33名、女は7名。

 歳は14から62。

 総勢40名の強者たちだ。

 皆がシルビアの仲間であり、家族も同然。


 リュミエールの不死鳥だ。


 その長であるルドヴィカは、シルビアたちに気づくと表情を激変させた。

 今までとは比べ物にならないほどの、激しい怒りを感じた。

 その理由がまたしても分からず、シルビアは足を竦めてしまう。


「モニカ!」


 しかし、矛先が向いたのはシルビアではなかった。

 モニカに詰め寄ったルドヴィカは、今にも殴りかかりそうな勢いだった。


「何で連れてきたのよ」


「シルビアに話して」


 いきなり名前を出されたことに心臓が跳ねる。


「話さないって決めたでしょ」


「えぇ、あなたがね。私は賛成してない」


 2人は時折、シルビアに振り返りながら続ける。

 昨日の失態について話しているのではないだろう。

 だからこそ、分からない。


「おい、あたしに何の話だよ?」


 疎外感に耐えかねて尋ねると、2人は途端に口を閉ざした。


「……ルドヴィカ」


 モニカがそう促すと、彼女は長い桃髪をかき上げて、しばらく黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。


「シルビア、あんたに言っとくことがあんのよ」


 感情のない、極めて事務的な口調だった。




「あんたたちとはここでお別れよ。残念だけど」




「……はぁ?」


 今、ルドヴィカは何と言った?


 お別れ。


「ど、どういう意味だよ」


「そのままの意味よ」


「分かんねぇよ。何だ、お別れって」


 何かの冗談が始まったのかと思いたくなる。

 しかし、ルドヴィカやモニカ、その他の皆は至って真剣な顔つきだ。

 この場の雰囲気が、紛れもない事実なのだと実感させてくる。


 シルビアがその真意を図りかねている間に、ルドヴィカはさっさと背を向けてしまった。

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