第11話 寝顔を見ながら

 コンラートが女を抱いたのは昨夜が初めてでなかった。騎兵隊に配属され実戦に参加する前の晩に男になった。その時上官の小隊長が、もしかすると明日討ち死にするやかもしれない。女を知らずに死ぬのは不憫だから、思い残さぬようにということで、娼館に半ば強制的に連れていかれた。その時は公爵家出身を隠していたので、拒否できなかった。そして男になった。


 その時は、相手の娼婦にいわれるままに事におよんだが、おかげで女性に対して一種の嫌悪感が心に宿った。そのため、男爵家として独立するか別の断絶した貴族の跡目を付くという話が出た時も、誰かと結婚するなんて考えなかったし、しても形だけなんだろうなと思っていた。


 そんな時、父と兄が急逝しノルトハイム公爵家を相続し、喪が明けないうちに王女オルガとの婚約が決まった時は、一種の思考停止に陥っていた。自分のことよりも辺境にある公爵領の事の方が重要だから、傍観者のような感覚だった。だからオルガの事を深く考えたことはなかったし、本当はどのような女なのかを見なかった。顔をまともに見たのは大聖堂で婚儀の時が初めてだった。だから、媚薬で意識が呆然ととしていたこともあるが、相手の女が入れ替わっても気が付かなかった。処女の血がオルガから流れるまで。


 コンラートはオルガの寝顔を見た。こんなふうに女と同衾する事はあの娼婦以来だった。あの娼婦も生活の為、自分の子供を育てる稼ぎの為に努力していたが、その分男は稼ぎのための手段という意識があるように感じられ嫌だった。


 オルガは子猫のように可愛らしい寝息を立てていた。その寝顔は愛くるしいとコンラートは思った。あの大聖堂で司教による婚儀の誓いの時にみたオルガと瓜二つなのに、こちらの方が好きだった。婚儀の誓いのキスの時にみたオルガは何か思いつめていたのを感じたが、最初はそれは自分に対する嫌悪感だとおもったけど、いまならそれは出奔が上手くいくかに関心が向かっていたんだと思う。


 おやすみのキスのあと、コンラートはオルガを見つめていた。控えの間では館の誰かがいて、いつ情事をするのだろうかと聞く耳をたてているだろうが、オルガとの約束でそれをする気はなかった。そのとき、ある思いが起きていた。これってオルガに対する好意なのか、それとも恋愛感情なのか。女を好きになった事のないコンラートには判断がつかなかった。


 それはともかく、オルガには公爵夫人として演じてもらうのは決定した事だった。それも、適切な時期が来るまでのことだ。万が一、オルガが入れ替わっていることが世に知られてしまう事があった時。不測の事態が起きる危険があった。これが王家にも及んだ時、領民に危害を受ける事もある。それを防ぐにはオルガは退出してもらうのが一番だった。ただし殺害する選択肢以外で。


 コンラートはこのときオルガと一緒にずっと暮らしたいという想いもあった。本来のオルガの為人は噂しかしらないが、目の前にいるオルガの仕草に魅力を感じていた。でも、オルガは協力はするが、いつの日にか元の暮らしに戻りたいというのだ。彼女にとって貴族という身分は牢獄にしか感じないのだと。彼女は自由に旅をして多くの人たちと交流する生活が好きだから。


 「どうしたものかな、彼女が僕の方だけを見てくれたらいいのだが」


 コンラートはオルガの寝顔を見ながらため息をついた。

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