第十話 同衾

 夜になりオルガは緊張していた。コンラートと一緒に眠ることを。いくら約束してくれたとはいえ、純潔の誓いを破った罰を受けるまで夜の営みを要求しないという確証はなかった。オルガは妻だから。


 「オルガ様、どうなされたのですか? そんなに顔されて?」


 ヒルデは心配そうに尋ねてしまった。本来は使用人は必要以上に仕えている主人に感情について聞かないものだが、あんまりにも深刻そうな顔だったので体調が悪いのではないかと心配したからだ。


 「ヒルデさ・・・ん、いやヒルデ問題ないですわ。なんだか緊張してね、ちょっと」


 その言葉にヒルデはこんなことを考えてしまった。もしかすると夫婦の営みが上手くいかなかったんだと。噂ではコンラートは女性嫌いで、オルガは男好きで、そんな二人が契りを結ぶと問題があったんだと。でも、その場合ってオルガの方が欲求不満ではないかと?


 「そうですか、公爵殿下と末永く暮らしていくのですから、初めは大事ですよ」


 それは軽いアドバイスであったが、オルガは困っていた。いくら夫婦はそれだけではないといっても、世襲階級である貴族が後継者を設けるのは義務であった。それくらいの事は孤児出身の自分でも分かる事だ。だから、コンラートが約束を守らないとしても、仕方ないかもしれなかった。


 他の国では、側室として正妻以外の女性を身近に置いて、数多くの子供を産ませることもあるようだが、この国の貴族階級は、後継者は嫡出子でなければならないという法律があった。だから、正妻は子供を産まなければならない。生むためにすることといえば、夫が妻に種を蒔く行為をしないといけないってことだった。


 「そうだよね、なんとかなるよね?」


 オルガは寝間着に着替えた。その寝間着は豪華な刺繍が施された薄い絹であったが、男性の前では身を護るモノでないのは分かっていた。似たようなものを以前娼館で見た事があった・・・人の悪い同業者に頼まれて薬を運んでいったときに。


 オルガは夫婦の寝室に入った。昨夜入った時は意識を喪失していたのか朦朧だったのかのどちらかで、よく覚えていなかった。今思い出しても恥ずかしかった、知らぬ間に処女でなくなっていたから。


 「オルガ、あんまり緊張するな」


 コンラートはそう言ってくれた。ここでヒルデは部屋を出て行ったが、隣の部屋には家来が控えているようだった。だから、あんまり大きな声で話は出来ないので筆談するように言われた。


 ”君との約束は守るから”


 ”ありがとうございます。どうすればいいのですか?”


 ”横になればいい。おやすみ!”


 そう指示されたのでオルガは先に床に入った。仰ぎ見ると美しい彫刻が施された天蓋が見えた。そんなものは孤児院で聞かされたお伽話でしか聞いたことがないものであった。ノルトハイム家のそれは可愛らしい天使が舞っているもので、まるで眠りの世界へ誘っているようだった。朝、目覚めた時はショックでそこまで気付かなかった。


 「綺麗だわ・・・おやすみなさい。コンラート様」


 オルガは目をつぶった。すると、振動で横にコンラートが寝るのがわかった。もし、これが今までの安宿なんかだったら剣を片手に持って警戒するところだったが、あまりにも置かれている立場が変わったことで、疲労困憊していた。だから、そのまま眠りに落ちた。もう隣に男が寝ていることに注意を払う気力を失っていた。コンラートはオルガを見ると寝顔に軽くキスをした。それは感謝のキスだった。

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