第23話 約 束
「どうノブりん、何か屋台の事で喋った?」
「……とまとそーす、というモノを持って来たのはわかったんですけど、それから三人共何も喋らないで手を叩いてばかりですわ」
「こっちの盗聴作戦に気付いたのかな~。まあいいや、じゃあカレーを鍋に投入しちゃうよ~だ」
「いやぁぁん、巳茅ちゃん素敵ぃぃん! 料理上手ぅぅン! ワタシのドワァリィィンになってぇぇン」
「あかりん怖い、っていうか私料理出来ないんだけど」
「おいー! あっちからカレーの匂いが! 早くこっちもおっ始めようぜー! ウラァー!」
向かいの屋台と道矢を交互に身ながら総長が咆哮を上げる。
「ちょっと待ってよ。その前に……いっ!」
慌てた拍子に、片付け様とした包丁で手を切ってしまった。
「どうした鳴瀬道矢、なっ! 切ったのか!」
「ヴッ! 道矢! さ、さーせん」
血が流れ出す右手にタオルを当てる。
「だ、大丈夫だよ。いつつ……」
道矢はそう言ったが、出血のニオイで傷の深さを知った美味が、
「大丈夫なものか、それは簡単に止まるものではない。早く治療に行くのだ!」
と語気を強めて言った。
「そんな訳にはいかないですよ。もうすぐ夏祭り始まるんですから」
「鳴瀬道矢、冷静になれ。その手で何が出来る。ここはまず治療に行くのが最善だ!」
「う……わ、わかりました。保健室行ってすぐ戻って来ます」
タオルで手を抑えたまま道矢は屋台を離れた。
「……まったく、この忙しくも大事な時にとんでもない事をしてくれたな、このアホウが! 肉抜きの牛丼並みのアホウが!」
怒りの形相で背中から取り出したハリセンを振り上げる。
「ヴッ……さーせん、ホント……さーせん」
火が消えた様落ち込む総長。それには美味も気の毒に思ったのか、怒りの表情を解きハリセンを下ろす。
「どれ、私とお前でこの煮込みに味付けをしようではないか」
「え!? ちょっと、俺っちも姉貴も料理なんてやった事ないんですぜ? 道矢帰って来るまで余計な事はしない方がいいんじゃ……」
「何だ、いつものアホウらしく無い事を言うな。私達は鳴瀬道矢の料理を口にしてきたのだぞ。このメモを参考に味見をしつつ調理してゆけば、きっと鳴瀬道矢の考えた煮込みが出来るはずだ」
「そ、そうっすね! 流石姉貴っすよ!」
包帯を巻いた右手を庇いながら歩く道矢に文乃が声を掛けてきた。
「夏祭り始まってるのにこんなトコほっつき歩いて随分余裕ある……って、どうしたの、その手?」
「ちょっとしたトラブルですよ。それより先輩」
隣に並んだ文乃へ経緯を話す。
「あかり調査官が『協力してくれなきゃ、本部にぃ、文乃ちゃんが困ちゃう報告しちゃおうかなン』って言うからしょうがなく屋台と肉を用意したんだけど、まさかそんな事してるなんて」
人混みの中、速足で進む道矢の鼻孔にスパイシーな香りが流れ込む。
カレー、これは巳茅の屋台だな。ん? 朝霧の草原を思わせる独特の香りがする、これはローリエの香りだ。トマトソースに上手く香りが絡んでいる。俺の作ろうとしたイメージとかなり近い。まさか美味先輩か総長が味付けした? 二人共料理を一回もした事ないのに……。
人々の合間から自分の屋台が見えてきた。ずらりと行列が出来ている。
「こっちの屋台がチョー美味しいんだって」
「何かイタリアンな香りするもんな」
「カレーっぽい屋台のはダメ、お湯みたいな味でマズイよ」
「え? でもあそこスゲー行列出来てたじゃん」
こんな声が列から漏れ聞こえた。
最初は上手く作れた様だが、売れた杯数分を水で足したな。そりゃ薄っぺらでマズくなるのは当然だよ。
チラリと巳茅の屋台へ目をやった。客の無い鍋の横で、腕を組んだ巳茅がふくれっ面をしている。
盗み聞きで上手く行く程料理は甘くねーよ、巳茅。
「らっしぇー、らっしぇー! うめー煮込みだよー」
総長が声を張り上げ煮込みを渡し、代金を受け取っている。
その側では美味が鍋からすくった煮込みをスチロール丼へ入れ、テーブルに並べて行く。
多少のぎこちなさはあるものの、道矢の記憶では二人とも初めての作業である。
「凄いじゃない! 上手くやってるじゃん」
思わずそう声を掛ける道矢に、美味と総長は手を一回叩いて答える。
「そ、それはもういいから」
「治療終わったか、道矢。こちとら大盛況だぜー!」
総長が額の汗を輝かせ、爽やかな笑みを浮かべる。それに並んでいる生徒の一部が、
「何だよ道矢、あの美人と知り合いなのかよ」
「鍋担当の女子も知り合いか? 今度紹介しろよ」
と声を掛け、道矢を困り顔にさせる。
「ゴメンゴメン、早速手伝うよ」
屋台の脇から中に入った道矢がエプロンをかけようとするが、右手の包帯のせいでなかなか上手く出来ない。
「ちょっと貸して、私が手伝うから」
文乃がエプロンをひったくる。
「結果的にあんたの屋台を妨害しちゃったからね。罪滅ぼしよ」
エプロン姿になった文乃が照れ隠しなのか唇を尖らせそっぽを向く。
「歌津文乃、代金の受け取りを頼む。それと鳴瀬道矢、煮込みの汁を継ぎ足したので味見をして欲しい」
「はいはい! まっかせて」
片腕上げて現れた文乃に行列の男子達から、
「ひょー、またまた美形女子が現れたー!」
「あれ理事長の娘じゃね?」
「マジかよ、この屋台レベルたけぇー」
この声が俄かに広がり、屋台の行列が更に伸びる。
「うん、上出来ですよ。ローリエとオルガノの配分がバッチリ。砂糖にコンソメの塩梅も絶妙!」
「そ、そうか! わ、私が味を整えたのだ」
美味が目を大きく、鼻からは力強く息を吐いて言う。
「おっと、道矢。粉チーズに粗挽きガーリックの隠し味を決めたのは俺っちだぜ」
首に掛けたタオルで汗を拭きながら口を挟む総長。
「この香りとコクはそれか。凄いよ二人共、才能あるよ!」
大きな声でそう言われ、美味は、
「ほ、本当か!?」
と顔を赤くさせ、おたまで鍋を激しくかき回し、総長は、
「マ、マジかよ!? うへへへ」
とはにかんで、おつりを受け取る客の手をメリメリと握り締めた。そして、
「「料理って楽しいな」」
と声を揃えて言う。
思わず道矢は目を細める。何故なら笑顔の二人はいっぱしの料理人に見えたからだ。
「今度別な料理作ろうよ。そうだ、天ぷらなんかどうかな」
「天ぷら? 確か蕎麦屋にそんな品書きがあったな」
「野菜なんかを小麦粉の衣つけて油で揚げる料理です。熱くてサクサクで美味しいですよ」
「そりゃ美味そうだな。よし、ぜってー後で教えろよ!」
「うむ、その通りだ。約束だぞ、道矢」
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