第22話 夏祭り
夏祭り当日、空は晴れ渡り、午前九時を過ぎた時点で気温計は三十度を指していた。
十時開始に向け、校内や校庭では生徒達が汗を流し最後の準備に追われていた。
道矢の屋台は学園中央玄関前、円形の噴水横にあり、場所的には上々である。
人工肉、豆腐、コンニャク、玉ねぎ、長ネギ、チキンコンソメが投入された大きな寸胴鍋はグツグツと湯気を上げ、周囲に素朴な香りを漂わせていた。足早に屋台の前を通り過ぎる生徒達も鼻を慣らし「何の煮込みだろうね?」と一瞥してゆく。
日除けの付いたその屋台の下、気怠そうな顔の道矢が大きなオタマで鍋をかき回していた。
「あの……そろそろ味決めなきゃ。じゃないと具材に味を染み込ませる時間が無くなるんだけど」
それに文乃が用意した夏服メイド姿に身を包んだ美味と総長が、
「聞いたかアホウ! 私の決めた味噌味でいくからな!」
「キムチ味っす! いくら姉貴でもこれだけは譲れねーっす!」
と口から泡を飛ばし、鼻がぶつかる程顔を近づける。
牛の人工肉だからどっちも合うんだけどな。にしても――――行き交う生徒達を挟んで正面にある“名物、絶品煮込み!”のノボリが立った屋台に目をやる。
巨大な寸胴鍋の後ろには不敵な笑みを浮かべ、じっとこちらを見る巳茅、ノブナガ、それにあかりの姿があった。
最初は助っ人に来てくれたのかと思ったが、挨拶にも来ず、手で口元を隠してヒソヒソ会話をしている様子から、そうでは無いらしい。
「ちょっといいかな」
道矢の声に苛立った顔を向ける二人。
「そ、その、あっちにある屋台見てよ」
「屋台? あれか……むっ! 鳴瀬巳茅! それにノブナガ?」
「妙にムカつくあかりのヤローもいやすぜ」
「そうなんだ、何故かあの三人こっちを睨む様に屋台出してんだよ、ご丁寧に同じ煮込みでさ。しかも協力する気は無いみたいなんだ」
「と言う事は邪魔をしに来たというのか?」
「やっろー! うちの屋台にケンカ売りやがってー! ぶっ潰してやらー!」
「ちょっと待って総長! まだ決め付けるのは早いから。まずはどんな煮込みなのか匂いで探って貰いたいんだ」
「成る程、どれ」
美味が目を細め、クンッと鼻を鳴らす。
「む? 肉ともやしと豆腐を茹でてる匂いしかしないぞ」
「あっちもどの味か決めて無いんだ?」
「へっ! あいつら料理のりょの字もしらないド素人共だ、あれで完成したと思ってるんじゃねーのか?」
……っていうかアンタも料理した事ないでしょ、と道矢が心の中でツッコむ。
「まあいい、あいつらはほっとこう。それより私達の煮込みの味を早く決めようではないか」
「ああー、そうだったっすね」
ジロリと視線をぶつける二人。そして、
「ここは道矢に決めて貰うか。餅は餅屋というではないか」
と美味。
「餅は餅とかあたりめーじゃねーすか、でもまあ道矢が決めるなら文句無えっすよ、姉貴」
総長がニヤリと笑う。
「え?」
二人の顔がいっきに道矢へ迫る。
「味噌で決まりだな、鳴瀬道矢! 味噌は最高の調味料と言ったであろう! 味噌、味噌味噌味噌!」
「うおお! キムチキムチキムチー! オラー、キムチキムチキムチ、コラー!!」
二つの口から飛ばされる唾で顔面がびしょ濡れになる。
ちょっと待って、と言おうとした道矢の頭に何かが閃く。そして、
「それだよ! 鼻、鼻だよ!」
と美味、次いで総長の鼻先に指を向ける。
「な、何を言っているのだ?」
「俺っちの鼻がどうかしたのかよ」
そう言って自分の鼻を撫でる二人。
「匂い、香りだよ! 香りは剣よりも強し! よっし、これはいける!」
喜色満面でガッツポーズを決める。
「おい、詳しく教えるのだ。鳴瀬道矢」
「煮込みの味付けはカレー味で決まりですよ、美味先輩」
「むっ! 成程、強烈に食欲を刺激するあの香りには抗えない力がある」
「ふええ、カレー味の煮込みなんぞ考えもしなかったぜ。何か美味そうだな、へへへ」
「早速キッチンからカレー粉を持ってきますよ」
「むっ!」
美味が向かいの屋台へ素早く目をやると巳茅が猛烈なスピードで校舎へ駆けてゆくのが目に入った。
「しまった! こちらの会話を聞かれたぞ!」
「ええ! そんな、どうやって?……あ!」
「そう、ノブナガだ。私と同じ数キロ先の音も聴き取れる。ちっ、姑息なマネを。いい! 私がカレーを取ってくる」
ズブズブと地面に足を沈める美味を道矢が制止する。
「皆がいる前で何やってるんですか! それに美味先輩カレー粉置いてある場所わからないでしょう?」
「むっ」
「俺が行きます、巳茅もカレーのある場所知らないだろうし、ともかく行って来ます!」
校舎へ駆け込み、生徒でごった返す階段を懸命な身のこなしで上った道矢がキッチンへ滑り飛び込む。
「うわあ……くそ……巳茅のヤロー!……」
キッチンの棚や引き出しは荒らされており、カレー粉はおろか、カレールーや残り僅かなレトルトカレーまで無くなっていた。道矢が溜息をつきながらトーマスフォンを取り出す。
「ダメでした……全部持ってかれました」
ではどうする、鳴瀬道矢? と訊いてくる美味。
「どうするって言われましても……味噌にキムチも悪くないんだけど、カレーのスパイシーアロマには分が悪い気が……」
そう言いながら引出しの中に目を落とす。いつか使おうと仕舞っておいた数種類の香辛料の袋があった。
「ちょっと待ってください、美味先輩。何とかなりそうですよ」
それに美味が「むっ?」と声を上げた。
戻ってきた道矢がバケツ大の缶と三つの袋をテーブルに置いた。
「鳴瀬道矢、何だその巨大な缶詰は?」
「トマトソースですよ。こんな時の為にとってたんです……なーんてさっきまで忘れてたんですけどね」
「へええ、そんなスゲー量のトマトソースで何作んだよ?」
「それは……おっと」
口に指を当てた道矢がさっきキッチンから持ってきたメモ用紙にボールペンを走らせる。そして腕を組んでいる二人へ見せた。
≪こっちの会話を聞いてまた何か企まれたら困るからこうやって進めます≫
メモを目にして頷く二人。それに頷き返した道矢がもう一枚のメモを見せる。
≪オッケーは手を一回叩く。ダメは手を二回叩く≫
二人は手を一回叩いた。
続いて道矢は少々時間をかけて書き込んだメモを二人に見せた。
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