第21話 屋台
「何! 鳴瀬道矢、お前以外この支援コースとやらに人員がいるというのか!?」
「ヴェ! しかも十人以上いるのかよ! 何だよ、何でこねーんだよ」
「うしし、バカ魚共知らね~でやんの。しょうがないから巳茅が教えてやるよ、この支援コースって顧問の先生が決まって無いんだよね~。だから出席カード押してサボる連中ばっかなの。わかった? わかんないか、バカ魚だもんね」
「何という事だ、不真面目で自堕落な連中が来ないせいで、この憩いの場が無くなるというのか!」
「やっろー!! そいつらのツラ教えろよ道矢。一人一人足首折ってとっつかまえて来るからよ、そしてここから一生出られなくしてやんぜ!」
「ああぁん、総長過激ぃぃン! はい、人間にお痛する発言頂きましたぁン。バツ一個ぉ、っと」
「ヴッ!……」
「鳴瀬道矢さんの居場所が無くなりハンターコースへ行けば美味お姉様の心は冷めますわ。それは私にとっておチャンス」
「そうだそうだ、お兄ちゃんはハンターコースに転入! 私と一緒にバカ魚退治~! 最高じゃん、このシナリオ!」
「おいおい、やだぞ俺、ハンターコースなんか絶対行かないからな」
「そ、そうだ! 鳴瀬道矢は何とかガンを握るよりフライパンを握っている方が断然……その、カッコイイ……」
「何赤くなってんのよ~、バカ魚のクセに~! キ~!!」
「美味ちゃんキャワイイィ! 人間に良い発言頂きましたぁン。マル一個ぉ、っと」
「はいはい、そこまで!」
文乃の手を叩く音が支援コース、つまりキッチン内に響き、全員の目が集まる。
「気が進まなかったけど私が父様に掛け合ってあげたわ。感謝なさい」
腰に右手を当て、まったくしょうがないわね! といった風に文乃が息を吐く。
「そ、それでどうなったんです?」
巳茅とノブナガを除く一同の気持ちを道矢が代弁する。
「コース自体の廃止は決定済み、存続は無理だって」
それぞれの溜め息が漏れる。
「でも、私が父様に拝み倒して特別に、いい? と・く・べ・つ・に、あんたを研究室食事係のサブ担当にして貰える事にしたの。わかる?」
指を立てた文乃が恩着せがましくも意地悪な顔を道矢へ向けた。
鳴瀬道矢がブチ切れ、辱めを受けた件をまだ根に持っているのか。食べると胸焼けするメンチカツみたいにしつこい性格だな、歌津文乃は。
美味が腕を組みつつ冷めた目で文乃を見る。
「つ、つまり先輩の研究室で今まで通り料理作りをしていいって事ですか?」
「一角にミニキッチンを用意してあげる予定よ。この予定っていうのは……」
「なんでー! あのぼろっちいキッチンから文乃の研究室に料理する場所が移るだけじゃねーか、がははは!」
「ふむ、これからは研究室で鳴瀬道矢の料理姿をじっくり見る事が出来るのだな……これはいい……」
「こら~バカ魚! また赤くなって何考えてんのよ~! ふざけんな~!!」
再び手を叩く音が響き渡る。
「はいはいはい! 続くがあるんだから聞く! わかった?」
叩いた手を勢い良くテーブルへ置く。
「は、はい。どうぞ続けてください、先輩」
美味達へ静かにする様両手を上げた道矢が文乃へ言う。
「あんただけを特別扱い出来ないって父様は言ったわ。そこで条件を出して来たの」
固唾を呑み、次の言葉を待つ。
「来週やる学園の夏祭りで新しい人工肉を使った屋台を出すの、それを任せるわ。そして百食分を三十分以内で売り切りなさい。それが条件よ、わかった?」
「ひ、百食を三十分以内ですか?」
「何よその顔、本当は二百食三十分って条件だったのよ。それを私が、わ・た・し・が、特別に父様にお願いして今の条件にしてあげたのよ。そんな顔するより嬉し涙で土下座して欲しい位だわ。何よ、一分毎に四食売れば楽勝でしょ」
プルルンと巨乳を突き出した文乃が鼻高々に言う。
普段の道矢ならその光景に目が釘付けになる所なのだが、今はそれ所では無かった。復讐に足を踏み入れた妹を引き戻す為に続けて来た料理。それを失う事だけは絶対に避けたかった。
そんな兄の気持ちも知らずに、
「ふっふふ~ん、お兄ちゃんおとなしくハンターコースに入っちゃえば? 二人でバカ魚退治しまくろうよ~」
と巳茅が肩を叩いてくる。
巳茅を引き戻す所か、一緒になって復讐に飲み込まれて堪るか!
ムクムク湧いてくる怒りと同時に、何とかしなきゃという焦りに包まれる道矢。そこへ、
「ところで人工肉とは何だ? 鳴瀬道矢」
と美味が尋ねてきた。
「え? ……ああ、人工肉っていうのはですね、ええっと……牛肉っていえば育てた牛を殺して、それを切り分けた肉の事ですよね。でも今は土魚がいるから牛を育てる場所も、エサの穀物調達も容易じゃない。そこで開発されたのが人工肉なんです。人工肉は牛の細胞を培養して作る、つまり牛から育てず、肉の素から育てる方法だから手間も時間もかからずに出来る合理的な肉なんですよ」
「牛の細胞を育てて作るのが人工肉か……わかったような、わからないような」
「俺っちにはチンプンカンプンだけどよー、何かマズそうな響きだな、人工肉って」
「確かに出回ったばかりの頃はパサパサした食感でニオイも変だったわ。でも今じゃ普通のお肉と遜色無し。今度の新しい人工肉なんか“ブランド和牛の味を再現しました”なんて触れ込みよ」
「へええ、じゃあ串焼きとかいけるかも」
「バッカじゃないの? あんたの事だから作り置きしないで客来る度に焼くんでしょ、そんな事やってたら百人分さばく前にタイムオーバーじゃない」
「うっ! 確かに肉が硬くなるから作り置きするのは頭に無かった」
「はいはい! どんな料理出すかは後で考えて。ともかく三十分以内に百食売る事、いいわね!」
頭に両手を載せ、道矢が呻き声を上げる。
「百食かあ……しかも三十分以内……」
そこへ巳茅が追い討ちをかける。
「お兄ちゃんのランチ売り上げって一日平均八食だっけ? うしし」
巳茅へ向いた美味が、
「わ、私は道矢のランチを毎日三食食べているぞ!」
と握った両手を胸の高さに持ち上げる。
腕を組んだ総長がそれに続く。
「俺っちも三食だぜ、ふふん」
「へへ~んだ、バカ魚のカウント抜かせば一日平均二食じゃん。ダメダメじゃん」
「そうなんだよー、美味先輩と総長だけが俺の大事なお得意様なんだよ……あっ、そうだ!」
文乃がジロリと道矢を睨む。
「言っとくけど美味と総長の胃袋に頼るのはNGだからね。そこのノブナガって子もダメ」
早くも万策尽きた道矢が両手両膝を床に着く。
「やる前から諦めてどうする。私も手伝おう、だからやる気を出せ、鳴瀬道矢」
「そうだぜ、俺っちも手伝ってやるからよ。それにこういうのはよー、気合だぜ、気合でクリアすんだよー、道矢!」
美味と総長の手が肩に置かれる。それに道矢は心が救われた気がした。
「むむ~っ!」
頬を膨らませ面白くない表情を浮かべる巳茅。
「私の美味お姉様を同情で引き込むなんて、キーッ」
嫉妬丸出しの顔でハンカチの端を噛むノブナガ。
「あらあらぁ、二人共なぁんか嫌な顔してるよぉ? どぅしよっかなぁ、ワタシにぃ二人のモヤモヤ吹き飛ばせるアイデア? あったりぃするんだけどぉ、聞きたい?」
二人の目があかりに向けられた。
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