第20話 支援コースの危機
「改めてぇ紹介しまぁす、ワタシィ、特殊機関アンスウェアの調査官、緋月あかり(ひづきあかり)といいまぁす」
おバカがウリのアイドルみたいに体をクネッとさせてお辞儀するあかりに対し、研究室内の面々が様々な反応を見せる。
「マヂかよ~! お兄ちゃん、世界のアンスウェアが来たよ~!」
「何だよ、そのアン何とかいうメンドくせー名前のはよ」
「世界中の国々が共同で設立した土魚退治の専門機関ですよ」
「む! 本日の土魚退治総数は何匹、とテレビで流れる度に聞いた名だったが、それか」
「つーことは何だ、俺っちと姉貴の事を嗅ぎつけて殴り込みに来たって事かコラァ!」
「ひょえ~! アンスウェアの凄腕ハンターだったら大変だよ~、一日で五十匹退治した人もいるからね~、うしし!」
「あらまあ、お下僕を退治ですか。増え過ぎて私達でも数が把握できませんのに……お疲れ様な事ですわ」
「なにー! おもしれえ! おい、あかり、タイマン勝負してやんよ、かかってこいオラオラ!」
やんのかテメー顔で顎を突きだし、指をクイクイ動かし挑発する総長。
「やめんかアホウ!」
そんな総長の後頭部に思い切りハリセンをくらわす美味。
「いてえ! 何しやがんすか、姉貴!」
「自分から正体をバラした挙句、勝手にケンカをふっかけるとは……。まったくお前のアホウさはなかなか箸で掴めない里芋みたいに腹が立つ」
「怒らなくてもいいわ美味、もうとっくにアンスウェアはあなた達二人の正体を掴んでいるんだから」
憂鬱な顔で言う文乃に、あかりを除く一同が顔を向ける。
「今アンスウェアは人間社会に紛れ込んだ人型土魚の調べ上げに全力を注いでいるんだって。どんな方法で調べてるかは教えて貰えなかったけど」
ちらりと目を向けられたあかりがケラケラ笑う。
「マグロを盗んだぁ、冷凍庫の防犯カメラにぃ、映ってたのがきっかけ? みたいな? アハハッ」
「で、何の用でここへ来たのだ? テレビの代わりに本日の土魚退治総数でも伝えに来た訳ではあるまい」
廊下での巳茅と同じ様にイラッと来たのであろう、あかりでは無く文乃へ質問する美味。
「あんた達二人の観察よ。それに協力して欲しいって私の所へ来た訳」
「三人になっちゃったけどねぇン。何ていうかぁ、人間にお痛しちゃうイケない人型さんだなぁって私が判断したらぁ、アンスウェア本部からこっわい人達一杯来てぇ、強制連行されちゃうっていうかぁ」
「んだとコラ! その前にテメーをブッ殺してやろうかー!? 三秒で終わるぜ、あん?」
またもやケンカモードに入った総長が拳を振り上げ、眉をハの字にして凄む。それに、いやぁんと怖がる素振りをしながら、
「私の目にはぁ、リアルタイムで本部に映像を送るぅ、コンタクトレンズを装着してるっていうかぁ。だからぁワタシを三秒で殺したらぁ、やっぱりこっわい人達一杯来るっていうかぁ」
と首をイヤイヤする。
「調子こいてんじゃあねーぞ! 俺っちがそんなんでビビるかよ。オメーぶっ倒してそいつらもみんなぶっ倒してやらぁ!! 三分で終わらしてやんぜ、オラオラ!」
「やめんかアホウ!」
美味がハリセンで総長の頭を叩く。
「いてえ! 何でまた叩くんすか、姉貴!」
「ぶっ倒すのは結構だが、そんな風に暴れたらこの学園に居られなくなるぞ。それでもいいのか? この女は暗にそう言っているのだ」
「ヴッ!……そ、そうか。ちくしょう」
両拳を震わせ、歯噛みする総長から文乃へ目を移す美味。そして何か言いたげにじっと見詰める。
それに文乃が首を傾げ、肩をすくめた。
“あんた達と信頼関係を築きつつあるけど、私は人間側。断れる訳無いじゃない”
というボディランゲージである。
了解した、と言いたげに「む」と美味が呟き、視線を外す。
「でもでもでもぉ、こぉんなキャワイイ美少女土魚ちゃんをじっくりねっとり観察出来るなんてぇ、ワタシ幸せ? ああン、ラッキーハッピーよろぴくね!」
しゃがみ込み、ルンルンと顔を左右に振りながらノブナガにウィンクを送り続けるあかり。
「おい、あかりとやら、私の妹をそんな目で見るな! はっ! どうした、顔が真っ青だぞノブナガ」
「うっ、クセエ! このクソガキャ、ビビリ過ぎて屁をこきやがった!」
「ひゃっ! 目にもくるよ~、お兄ちゃん助けて、目が! 目が~!」
「み、みなさん、そんな、これは私の、お、おならじゃありませんわ!」
「嘘つくんじゃねー! オメー以外こんなクセー屁する訳ねーだろー!」
いつの間にかマスクとゴーグルを着用した文乃が、
「緋月さん、あんまり彼女らを刺激しないでください」
と腕を取り、ノブナガから離れさせる。
「まったく、面倒臭い人間が現れてしまった……ところで」
文乃が押した換気スイッチにより、壮絶なオナラ臭が落ち着いた所で美味がノブナガを睨む。
「お前も面倒臭い事を私に続けるつもりではないだろうな」
自分を連れ帰るのは諦めろ、という意味である。それにノブナガは、
「ところでお姉様、あの人間はお姉様にとって何なのです? 妙にこだわってると母上からお聞きしましたが」
と道矢へ顔を向けた。
「鳴瀬道矢か、うむ、そうだな……本来憎むべき相手である私に良く接してくれるし、嫌な顔ひとつせずに美味しい料理を作ってくれる。いや、本当にいい奴だぞ、鳴瀬道矢という人間は」
「なんでー姉貴、随分と道矢を気に入ってるじゃねーすか」
「そ、そうか? わ、私は思った事をありのままに言っただけだが……」
「まあ確かにアイツはメンド臭くねーし、ぶん殴りたくなる様な事しねーしな。俺っちもどっちかといえば好きな部類に入るっすよ」
「なっ! お前ごときが好きという言葉を使うな、アホウが! いいか、パシリの分際で好きとかそういう感情を抱くんじゃないぞ! わかったなアホウ!」
「わ、わかりやしたよ。顔赤くして何ムキになってんすか?」
「あ、赤いだと? これは、あれだ……ノブナガの鼻がひん曲がる屁のせいで紅潮しているだけだ! はっ!そうだノブナガ、お前鳴瀬道矢の事を訊いたな、何故だ?」
美味が慌てて流れを質問の方へ変える。それにノブナガが、
「もう! 私のおならの事は言わないでくださいまし!」
と顔を赤くして拳を上下させる。
「あ、ああ、わかったすまない。で、さっきの質問なのだが?」
「……こほん、その人間……鳴瀬道矢さんという方が、気に入りましたの」
そわそわした笑顔でノブナガが答える。
「何!?」「はあ!?」
美味、総長同時に声を上げた。
「ノノノノブナガ、お前まだ鳴瀬道矢と出会って一時間も経って無いだろう。その……好きになるのが早過ぎないか? はっ! もしや一目惚れとかいうやつか? いやいやいや、それにしてもお前にはまだ早い。この場合の早いは意味合いが違うぞ。つまりだな、誰かを好きになるにはもうちょっと大きくなってからにするのだ! わ、わかったな」
「いくらお姉様の言う事でも、これだけは嫌ですわ」
「な、何!? ノブナガ、姉である私の言う事を聞け! 聞くのだ!」
「嫌ですわ、今すぐにでもお食べしたいのですわ」
「ええい! 姉の言う事を聞けな……ん? 食べたい、だと」
「鳴瀬道矢さんのニオイが気に入りましたの。絶対美味しいはずですわ。ああ、今すぐにでも食べたい」
ポカンとした顔の美味を指差しながら文乃が腹を抱えて笑い出す。
「きゃはははっ、おっかしい美味。もしかしてその小さい妹に嫉妬しちゃった訳? っていうかホントに道矢が好きな訳?」
またもみるみる顔を赤らめる美味。何故か道矢もバツが悪そうに頬を掻く。
「おっどろいた。あんた達ホントに脈ありなの? じゃあそのスク水姿ヤバいんじゃない。男子ってね、好きな女子が薄着になればなる程気持ちが昂ってきちゃうのよ」
目を大きくした美味が素早く道矢へ振り向く。
体の線がはっきりしたこの姿を、露出度の高いこの姿を、道矢に見られている事がたまらなく恥ずかしく思えてきたのだ。
もじもじと体を動かした美味が胸と足の間を手で隠し、慌てて背を向ける。
「なっ! なっ!! 何バカ魚の分際でお兄ちゃんに邪まな好意抱いてんよ~っ! ふざけんな~!!」
そんな美味に両手を握り締めた巳茅が怒鳴り声を浴びせ、忌々し気に見下ろす。その姿はまさに小姑。だが、背を向け俯いている美味に何を思ったのか、急に辺りを見回し、椅子に掛けてあった文乃の白い研究着を掴むと、投げかける様背中へ被せた。
「す、すまない。鳴瀬巳茅」
研究着で体を包んだ美味が巳茅に礼を言う。
「んな事言われる筋合いじゃない。ただバカ魚のスク水姿に腹立ってきただけだよ~、バ~カ、バ~カ」
左手の指を波打つように動かし、あっかんべーをする巳茅。
道矢はチラリと美味に目をやった。俯き加減で首まで包んだ研究着を両手で押さえ、恥ずかし気に目を伏せている。
その姿はほのかな色気を漂わせていた。
ど真ん中では無いにしろ道矢はそれに撃ち抜かれてしまった。そう、初めて美味を女性と意識してしまったのだ。
胸の動悸が高鳴り、心がかき乱され、思わず視線を逸らす。その目が総長と合う。
「お、お前、何俺っちの体をやらしい目で見てやがんだよ!」
総長が慌てて胸を両手で隠し、仁王立ちしていた太腿を閉じた。そして近くのテーブルにあった消しゴムを道矢へ投げつけた。
「あいてっ!」
「文乃ー! 俺っちにも何か体隠すやつくれー!」
道矢から見えない様テーブルに体を隠した総長が叫ぶ。
「……へえー、モテ期ってあるのね」
ロッカーまで移動し、予備の研究着を手にした文乃が驚いた表情を浮かべる。そして、
「でも、人型土魚限定? 何かあんたらしいわ、きゃははは」
と完全にバカにした様子で笑った。
「い、いい加減にしてくださいよ。もう」
何と返していいかわからず後ろを向いた道矢が、
「うおっ!」
と声を上げる。
目の前にノブナガが立っていたのだ。
「鳴瀬道矢さん~、美味そうですわ! 我慢出来ませんの! お許しくださいまし~」
そう言って口をパカッとペリカンの様に開く。
「ひょえ~!」
驚いた子猫の様に飛び退く道矢へ、自分の肩幅もある大口を広げノブナガが襲い掛かった。
「止めないか!」
「きゃん!」
瞬時でノブナガの横に移動した美味が、研究着を揺らしつつハリセンでノブナガを叩き落とした。
「アホウといい、この姉の言う事が聞けない妹ばかりで私は頭が痛いぞ」
ハリセンを手の平で叩きながらノブナガを見下ろす美味。その目は冷たい光を帯びている。
「そんなに鳴瀬道矢を食べたいか? ならこうしよう、私と総長を倒せ。そうしたら食べてもいい事にしてやろう」
この提案に道矢と巳茅が揃って驚く。
「ちょ、ちょっと美味先輩、勝手にそんな事言って大丈夫ですか?」
「バカ魚~! ふざけるな!! ふざけんなよ!!」
そんな二人にウィンクを送った美味が、
「さあ、かかって来い!」
と四つん這いのノブナガに両手足を広げた。
それに文乃が唸る。
「あれはノーガード戦法! 構えが無い分攻撃した際、反撃がどこから来るか読めない達人の戦法だわ!」
「キャッコイイィィ! 美味ちゃんって人型土魚キャワイくてカッコイイィ!」
のんびりした笑みを浮かべたまま立ち上がり、
「お姉様、私欲しいものはどんな障害があろうと手に入れる性分ですの」
とタレ目で睨むノブナガ。それに不敵な笑顔を浮かべる美味。
「言っておくが、私の事は武田信玄と思った方がいいぞ」
「し……信玄ですの!? 」
突如ノブナガの表情が強張り、一歩退く。
「そしてあのアホウ、いや、総長は上杉謙信と思え!」
研究着を羽織り、腕組みをした総長が凄んだ笑顔でノブナガを見下ろす。
「け……謙信ですの!?」
とうとう笑みが顔面から消え、二歩退く。
「お兄ちゃん、あのバカ魚達何言ってんの?」
「織田信長は武田信玄と上杉謙信をえらく恐れてたんだ。実際ちょこっと戦って完敗してるし」
「はは~ん、あのチビバカ魚、信長かぶれだからそのネームバリューにびびってんだ、バッカで~」
脂汗を浮かべるノブナガにとって、目の前の美味は動かざること山のごとしに見えた。
「ノブナガ」
山が威圧的に名を呼ぶ。
「私らと戦って勝ち目は無い。だが、座して待てば活路は開けるかもしれんぞ」
はっ! とノブナガの目が開く。
「お兄ちゃん、今度は何?」
「本格的に信長と戦う前に、信玄も謙信も急に死んじゃったんだ」
「何よ道矢、あんた妙に詳しいじゃない。ま、当然私も知っていたけど」
「ネットゲームの〝信長が野望を抱いたようです〟をやってたからですよ。それよりも美味先輩が知ってる方が驚きですよ」
そんなやりとりをよそにノブナガが、
「そ、そうですわ私はまだまだ若い。お姉様二人が自然と倒れるのを待ち、その後、あの鳴瀬道矢さんを頂きますわ」
と手の平をポンと叩き、うんうんと頷く。
「うむ、それが賢明だ。ところでお前の自慢は何だ?」
「名刀圧切長谷部の様なこのお手刀ですわ」
「へっ! テメーの自慢は屁だろ、ある意味俺っちの腹筋や姉貴の歯よりスゲーぜ」
「もう! 私が気にしているおならの事をまた言いましたわね。二番目のお姉様とはいえ許しませんわよ」
「んだとっ、やるかコラァ」
口から唾を飛ばす総長を美味がハリセンで叩く。
「いてえ! 何すんすか、姉貴!」
そんな総長を無視した美味がノブナガに優しく語り掛ける。
「いいか、良く聞け。お前の屁は十分自慢に値するのだぞ。長篠の戦い、勝利の鍵は何だ? 思い出してみろ」
「な、長篠の戦い……といえば千丁の種子島ですわね……はっ!? 槍や刀が届かない遠距離攻撃。私のおならはまさにそれですわ!」
「気付いたか。嫌っていた自分の屁、これからはもっと誇りに思うのだな」
「お、お姉様……私、これから自分のおならを誇りにしますわ」
「うむ」
「ああ……お姉さま、私何でこんなに胸がドキドキ高鳴っているのでしょうか?」
目に涙を浮かべたノブナガが美味の胸に崩れ落ちる。
「お、おい、ノブナガ……ちょっとその……息が荒いぞ?」
「ああ……蘭丸が織田信長に身も心も捧げた気持ちがわかりましたわ……私、お姉さまに、お姉さまに恋をしてしまった様ですわ」
「むぐっ!? と、取り合えず放れろ、ノブナガ!」
うっとりとしたノブナガを、サブイボを立てた美味が必死に押しのけようとする。
それを眺めながら道矢は隣の文乃へ小声で話しかけた。
「美味先輩、丸め込むの上手いですね。っていうかちょっとあれ、ヤバくありません」
「ふーん……人型土魚の世界にも同性愛ってあるのね。まあいいんじゃない? 他の人型もどんどんあの調子で丸め込んで欲しいわ」
「はあ、美味先輩と総長だけでも結構な量の食材消費するのにもう一人増えるなんて……支援コースの危機だよ」
「あ!……そうだ」
「何です?」
「その支援コース、全然役に立ってないから廃止になるみたいよ」
「……え?」
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