第11話 食堂にて11皿目
一人の少女が太陽の照りつける草もまばらな丘陵を走っている。
カーキ色のズボン、同色の上衣は半袖、目深に被ったキャップには通信機器らしきものが左耳を覆う様付いている。
少女が自動車程の大きさの岩に進路を変えると、その上に飛び乗った。
ホルスターからEEガンを取り出し、もう片方の手でミリタリーポーチからヘアトニックサイズの筒を取り出す。
周囲に銃を向けながらしゃがみ込み、筒の上に付いているボタンを押す。
ピシュウ!
岩からそれ程離れていない場所に土魚が顔を出した。
銃口を慌ててむけるが既に土魚の姿は無い。
「ちっきしょう、クソ魚が! 今度こそ絶対風穴開けてやる」
キャップを脱いで額の汗を手で拭う少女。
その顔は鳴瀬道矢の双子の妹、巳茅であった。
筒のボタンを再び押した巳茅が岩から飛び降りると再び駆け出した。
その筒はマスキングと呼ばれる道具で、土魚が極端に嫌う音波を十メートル四方に発する。
だがこの音波は人体にも有害で連続での使用は出来ない。
巳茅がコンクリートの大地へ向かう、それを追う土魚。
互いの攻防。
音波が止まると同時にその発信源へ移動し地面から口を開ける土魚、それを予想し岩などの上からEEガンを構える巳茅。
この繰り返しがもう三十分以上続いていた。
あ~、水飲みたいな~。腹も減った。今ならお兄ちゃんのトマトスープも食べられっかもな~。
そう思う巳茅が小さな窪みに足が取られた。
途端に走る姿勢が崩れる。
っと! んな事考えるからだ……今はあいつをぶっ殺す事だけ考えなきゃ……そう、父さん母さんの仇を討たなきゃ、クソ魚共は皆殺しだ!
耳の奥にチリチリ焼けるような痛みが広がり始めていた。
そろそろ音波を一時解除しなければならないサインだ。
視界の右に切り株、左に岩が映る。
岩に行きたいが距離があるので岩は諦め、切り株に舵を切った。
走る勢いそのままに跳躍した巳茅が切り株の上に着地する。
そこは大人一人が立てる位の大きさ。
巳茅は舌打ちしつつ、両手でバランスを取った。
姿勢が安定した所でEEガンを手に取り音波を切る。
土魚は現れない。
慎重に足場を確かめながら周囲へ銃口を向ける。
クソ魚のやつ、逃げた?
安堵と悔しさが頭をよぎったその時、足元の切り株が浮き上がった。
驚いて顔を向けると、土魚が切り株を真下から押し上げているのが目に入った。
音波のスイッチを入れようとミリタリーポーチに手を入れる。
そこで巳茅は体勢を崩し、地面に転がり落ちた。
仰向けのまま顔を持ち上げて辺りに目をやる。
ミリタリーポーチは二メートル左に落ちていた。
恐慌をきたした巳茅は四つん這いの姿勢でミリタリーポーチへ向かう。
そんな彼女の前に灰色の物体が顔を出した。
どろりとした液体にまみれた鮫の様な頭、開かれた口には不揃いの黄ばんだ牙が並んでいる。
恐怖に思考が支配された巳茅は目と口をぎゅっと閉じた。
くぐもった爆発音が響き渡り、顔と肩に生暖かい液体が当たるのを巳茅は感じた。
「試験終了。受験番号5番、鳴瀬巳茅、不合格」
キャップに取り付けられた通信機器から声が流れる。
目を開ける巳茅。
そこには試験官の遠隔操作で埋め込まれた爆弾が作動し、頭部が吹き飛んだ土魚の姿があった。
「あ~あ、ダメかあ。ちぇっ!」
顔に付いた土魚の体液を手の甲で拭った。
◇
「ま、初めてにしてはいい線行ったと思うんだよね~。ハンター試験は秋にもう一回あるし」
人気の無い廊下で立ち止まった巳茅がガッツポーズを取ってこう叫んだ。
「次こそは合格だ~!!」
いい終わると同時に試験の疲れを感じさせない、機敏な足取りで廊下を駆けだした。
「よ~し、今日はベヤングとコーラで“次こそ合格、頑張れ巳茅ちゃん会”をやるよ~」
急停止した巳茅がキッチンの戸を開ける。
「お兄ちゃーん、腹減ったぞ~、ん?」
昼休みの半分が過ぎたせいか、室内には兄と女子三人の姿しかなかった。
「おー、巳茅。試験どうだった?」
道矢自慢の栄養バランスを考えたランチは今日も人気が無かった様で、縦に並ぶ洗い終えた皿は十枚程だ。
「それがさ~、もうちびっと! もうちびっとで合格だったんだよ~」
「そうか、ダメだったか。ところで今回も音波スイッチ持っての追いかけっこだったのか?」
「そだけど?」
「爆弾ラジコンのニューバージョン出てこないのか? いつまでそんな手間掛かる危険な方法でハンター試験やってんだよ」
道矢の言う爆弾ラジコンというのは土魚が出現して早々に発案された退治方法である。
人間の歩幅で歩行する二足ラジコンに爆弾を内臓したもので、投入から数ヶ月は絶大な成果を上げた、のだが。
「人間と完全に同じ歩き方しないと今のクソ魚引っ掛からないからね~。ラジコンに複雑な関節装置施すのスッゴイ大変らしいよ~。暫く無理なんじゃない」
という状態なのだ。
「そうか早くラジコン退治が復活すればいいのにな」
綺麗になった皿を棚に戻す道矢の背中に巳茅が口を開いた。
「ちっちっ、んな事になったらハンターで稼いでる人達が困っちゃう。……ところでお兄ちゃん、あの人友達?」
室内の窓際テーブルに総長、その陰に隠れるよう美味、その二人に向かい合う形で文乃が座っていた。
美味と総長の前には半分以上手を付けたランチプレート。
文乃は頼まなかったのか何も無い。
「おいおい姉貴! 食いずれーんだけど」
やっと使いこなせる様になった箸を手に、総長が声を上げる。
その総長を盾にするよう必死に身を隠す美味。
「うるさい、アホウが。お前のデカイ図体はこの為にあると知れ!」
「何よ美味、あの子がどうかしたの?」
文乃が美味の奇妙な行動を訝しがる。
「奴は、な、鳴瀬道矢の妹だろう。あ、こら動くなアホウ!」
いっきにランチの残りを平らげた総長が満足気に両手を上げると背もたれに体を預けた。
「あら、やっぱり知ってるんだ。って、そうじゃなくて、何で隠れるのか訊いてるの」
仏頂面の文乃が電柱に身を隠す探偵みたいな美味に言う。
「や、奴はハンターだろう」
「ハンター候補生よ」
「どっちでもいい! 奴からは危ないニオイがする」
「ニオイ?」
「へっ、姉貴の言う通りだぜ。あのメス食糧……じゃなく、女からは下僕の死臭がするぜ」
食後のサラリーマンみたいに爪楊枝を口にした総長の目が細くなる。
「そんなのは知ってる、アホウが! 私が言ってるニオイとは嗅覚で感じるそれではない、本能で感じるニオイだ。奴は心底土魚を、我らを殺したがっている、そんなニオイを撒き散らかしている」
「へあ? んなメンド臭えの、俺っちには全然感じねーけどな」
「アホウが! だからお前はアホウなのだ! 味噌汁のお椀にへばりつくワカメと同じ位アホウだ!」
「意味わかんねーっすよ姉貴。まあいいや、んな事言うなら俺っちにも考えがありますぜ」
総長が美味の背中を押して自分の陰から引き出そうとする。
「な! こら、アホウ! 何をする!」
総長の顎に両手を押し当て戻ろうとする美味。
そんな二人を生温い目で見ていた文乃が思案顔になった。
「……ふーん」
そして巳茅に手を振りながらこう言った。
「ちょっとー、みっちゃーん。こっちおいでー紹介したい人いるからー」
「なっ!?」
美味の尻がぴくんと宙に浮いた。
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