第12話 一触即発の12皿目

「やめろ、何を考えている?」

 

 お湯を注いだカップ焼きそばの蓋を閉めた巳茅が、スポーツドリンクのペットボトルを片手に文乃へ歩き出した。


 自慢のランチ――今日は豆腐とベーコンとサヤインゲンの煮込みがメインのプレートだ――を当然のごとく断わられた道矢の苦々しい視線を背に受けながら。


「先輩、この前は相談に乗ってくれてありがとうございました」


 文乃の横に来た巳茅が小さく頭を下げる。


「こちらこそ、貴重な情報ありがとね、みっちゃん」


 手を振り、隣に座るよう促がす文乃。

 そんなやり取りを見ていた道矢が前々から思っていた疑問を口にした。


「そういえば巳茅、俺が人型土魚と会った話、先輩に教えたんだよな。先輩が土魚研究やってるってよく知ってたな」

「何言ってんのお兄ちゃん、女子の間じゃ知らない子いないよ」


 キョトンとした顔で巳茅が答える。


「私が女子に口止めをお願いしたのよ。美しい私目当てに、男子共が研究所へ押し寄せたらいい迷惑だからね」


 サラサラとした前髪をたくしあげる文乃。


「けっ!」


 いけ好かない、と言った風に総長が口の端を歪ませる。


「それにしても口止めしたろ。何で言っちゃうんだよ」


 ムッとした表情になった巳茅が腰に両手を当てる。

 そしてキッチン中に響き渡る声でこう言った。


「お兄ちゃんの為だからだよ!……あんな人類の敵、地球の害虫、汚らしくて絶滅すべきクソ魚の人型に目を付けられるなんて! 心配でしょうがないからだよ!」


 道矢はじめ、文乃と人型土魚の面々が硬直した。


「ま、まあ、その、確かに土魚は人間と意志疎通は無理っぽいけど。人型ならわからないじゃない? なんたって人の形してるんだし……」


 ちらりと美味達に目をやった文乃が苦笑いを浮かべそう言ったが、

「先輩! 人の形してたってクソ魚はクソ魚、所詮クソですよ! クソが人間と意志疎通? クソは便器と意志疎通してりゃいいんですよ、そしてジャーッと流されて浄化槽で分解されてればいいんですよ!」

 両手を握り、鬼の形相と化した巳茅を止める事は出来なかった。


「こっ……」

 

 呆気にとられ、半開きの口から八重歯を覗かせていた総長がテーブルを叩き、立ち上がろうとした。


「このメス食糧! 俺っちの……」


 すかさず文乃がテーブル上のピーナッツチョコを摘まんで放り投げた。


「ヴッ!」


 床に落ちようとするピーナッツチョコを、素早く総長が腕を伸ばしてキャッチする。


「ちっきしょう、また動いちまった」


 口に運んだピーナッツチョコを食べながら総長がボヤく。

 どうやら気に入った食べ物を放り投げると反射的に掴んでしまう習性が人型土魚にはある様だった。


 そんな総長に顔を近づけた文乃がこう囁いた。


「三時のおやつは豆大福、わかる? それと何度言わせるの、人を食糧呼ばわりしない!」

「ヴッ!……さーせん」

「まあまあ、落ち着いてみっちゃん。あ、そういえばEEガン見せてくれない? 新開発した潤滑油、注しとくから」


 くるりと巳茅へ向いた文乃が、とびきりの笑顔で手を差し出した。


「え! そうなんですか、嬉しいです、先輩」


 EEガンを受け取った文乃が総長に手を向けた。


「紹介するの遅れたわね、総長っていうの。見た目通り力持ちよ」

「うっす、総長っす。ヨロシクっす」

 

 腕を組み、巳茅を睨んだまま頭を小さく下げる。

 

「そうちょうさんですか。鳴瀬巳茅です。背が高くてカッコイイですね~、名前も早起きさんみたいで爽やかです」

「ん? そうか? がはは、何だ、お前思ったよりいいヤツだな」


 睨み顔から一転、顔をほころばせる総長。


「そしてこちらが三ツ星美味。名前通り結構な食通よ」

「み、三ツ星美味だ……よ、よろしくな」


 両手を膝の上に置き、落ち着き無く体を動かす美味。

 顔は巳茅を向いているが視線を合わせようとはしない。

 

「鳴瀬巳茅です。食通なんですね、ランチはどうですか? 大した事なかったらビシバシ兄に言ってくださいね」


 そう言って巳茅が笑顔を浮かべる。


「いや、兄の料理は美味しいぞ、鳴瀬巳茅」


 美味の体から落ち着き無いのない動きが消え、巳茅の目を真っすぐ見据える。

 本能的に巳茅の体が一歩下がり、EEガンを求める様右手がピクッと動いた。


「そうなのよ、この二人! 特に美味は道矢の料理がお気に入りでさ。私の研究所で出す豪華な料理より美味しいとか言うのよ、まったく!」

「あそこの料理は一回食べればもういいというものばかりだ。その点、鳴瀬道矢の料理は飽きが来ない」

「姉貴の言う通りですぜ、道矢のは何ていうかアレコレ変わった味の料理でおもしれーんだよな。あー、でも研究所の食べもんも好きだぜ!」


 道矢が苦笑いを浮かべる。

 単に少ない食材を飽きないよう和漢洋の味付けで使いまわしているだけなのだが……。


「そういえば先輩のお父さんって理事長なんですよね。研究所の料理が豪華なのもわかりますよ~」

「今度みっちゃんも誘うから食べにおいでよ」

「え!? いいんですか、やった~!」

「ちょっとちょっと、俺は? 巳茅がいいなら俺もいいでしょ?」

「俺もいーでしょ? じゃない! 厚かましいわよ、あんた」

「なんで? いいじゃないですか、頼みますよ、先輩」

「私からも頼む、歌津文乃」

「ちょっと美味、パスカードの件といい何でこの男に甘いの? まさかデキてる訳?」

「できてる? 何ができてるというのだ?」

「デキてるっていうのは、つまりね!……はあ、もういいわ。バカらしい」

「何を言いたいのかまるでわからないが、私はご馳走になっているお礼を鳴瀬道矢にしたいだけだ」

「あ、そ」


 道矢に目を向けた文乃がしょうがないといった顔でこう言った。


「美味に免じてあんたも誘ってあげるわ」

「わあっ! いえ~い。豪華料理だあ! 子羊のロースト、北京ダック!」

「さすがにそこまでのは用意出来ないけど、それに近いものは出るわよ」


 冷笑を浮かべる文乃、そこへ巳茅がポツンと訊く。


「先輩、お寿司も出るんですか?」

「え?」

「おいおい巳茅、いくら理事長でも生の魚は無理だって」

「す、すいませんでした先輩」

「い、いいのよ。あ、ところでみっちゃん」

「はい」


 頬杖を着いた文乃が、美味と総長に手を向けサラリとこう言った。


「この二人だけどね、実は人型土魚なの」

「え?」


 口元に笑みを浮かべた巳茅が目を瞬かせる。

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