第29話 前編

「コケーコッコ! レイナ・フィーマンよ! 我は復讐の化身、グレート・コッコ・ダークネスであるぞ! ここであったが百年目! 大人しく我に料理されるがよい!」


「……はぁ」


「おいまてコラァ! 今ため息をついたな!? それはどういう意味のため息だ言ってみろー!」


「落ち着けニワトリ……傷口が開くぞ」


「これが落ち着いていられるか! さっきから何度も何度も我が口を開く度にこれみよがしにため息なんぞつきよって! 何が不満なんだ言ってみろレイナ・フィーマン!」


「……はぁ」


「ほらまたやったー! これで七回目だぞ! 我はちゃんと数えてたからな!」


「もう黙れ! お前が喋るといつまでたっても話が進まん!」


 むぎゅう、とジャバウォックに押さえつけられたキングブラックの体が凹む。


「……ごほん。久しぶりだな、レイナ・フィーマン」


「えぇ。百年……いえ、もっと前だったかしらね。ジャバウォック、それに……キング・ブラック・コッコちゃんだったかしら」


 モガ、モガモガガモゲー!


「あなた達がここに来た理由は分かっている。私への復讐、そういう事でしょ?」


「それもあるな。だが、我が真の目的は他にある。その目的を果たすのに貴様が邪魔なのだ」


 モゲモゴモガー!


「ぶはぁ、はぁ、はぁっ。その通り! 我らが野望のため、消えてもらうぞレイナ・フィーマン!」


「悪いけど、はいそうですかと言う事を聞くつもりはないわよ。……あなた達、少しおふざけが過ぎたわね。フィーマンの想区を守護する巫女として、調律の巫女一行のリーダーとして、二度とこんな事をしないよう、きつくお仕置きさせてもらうわよ……!」


「ふん! 威勢だけはいいことだ! だが、もはや貴様を守ってくれる仲間はいないのだぞ? 無駄な抵抗はやめて、大人しく唐揚げになるかフライドヒューマンになるかを選ぶがよい!」


「はぁ……分かってないわね。




『混沌を喚ぶ者たちよ……調律の巫女、レイナ・フィーマンの名において、汝らの調律を開始する……』 



……!!」



 瞬間、台地が翠の奔流に包まれる。

 それは蝶の大群。調律をもたらす巫女の力の一端。その光景は、例えるなら詩人の描く幻想。まるで荒廃しきった地を癒すよう、光の鱗粉が静かに台地に降り注ぐ。


 そしてその中心に彼女がいた。装いを一瞬のうちに変え、手には彼女の名を冠した長杖を握り、束ねていたはずの髪は、今は風にのって柔らかになびいている。

 今の彼女は、ただの調律の巫女ではない。調律の力の源流にして、創造主の中の創造主。と謳われたドロテア・フィーマンの血と意志を継ぐ者―――。


 レイナ・フィーマン。


「私、意外と強いのよ?」









「GRAAAAAAAAAAAAAAA!!! ……ちっ、やはりもう使えぬか! ニワトリ!」


「承知である! 『コッコ・スパイラル』!」


 飛び上がったキングブラックの体から剥がれた茨が、一斉にレイナに襲い掛かる。


「遅い!」


 しかしレイナは転がる事でそれを回避。回避し終わった次の瞬間には反撃に転じ、キングブラックが着地したタイミングに合わせて複数の魔弾をキングブラックの足元に撃ち込む。まともに攻撃を受け、苦悶の声がその嘴から漏れた。


「悪いけど、手加減するつもりはないわよ。弱点が分かっているなら全力で叩かせてもらうわ」


 初芽の情報によって敵の戦法はある程度把握できている。キングブラックの持つ攻撃手段の内、コッコバズーカはすでに使用不能。残る三つもそうそう乱発はできないはずだ。そしてジャバウォックは――。


「切り刻め!」


 ジャバウォックの影から複数の戦輪が飛び出す。


「連携を取りながら迫ってくる攻撃、たしかに厄介ね……。でも」


 レイナが杖を一振りした途端、辺りを舞っていた蝶が一斉に戦輪に取りつく。蝶に当たった瞬間、影の戦輪は形を保てず霧散してしまった。


「それ自体で思考しているわけではないから突然出てきた障害物には対応できない上に、一発限りの消耗品だから適当な何かを当ててさえしまえば簡単に無効化できる。エクスとの戦いで連発しなかった――出来なかったのは、その欠点を知られるのを警戒しての事かしら」


「ぐっ……!」


「さて、さっさと終わらせるわよ! 『光よ、混沌に堕ちた世界をあるべき世界に導きたまえ……』」


 レイナの詠唱に合わせ、二匹の足元に魔方陣が浮かび上がる。


「『ライト・オブ・フィーマン』!!」


 雷、火炎、暗黒。いくつものエネルギーが混ざり合った力が魔方陣から噴きあがった。それは二匹を飲みこみ、うねり、天を貫く。

 全てが終わった後、そこにあったのは今にもくずおれそうな二匹の姿だった。あの一撃を受けてなお、その目に宿る闘志は変わらないが、体はすでにそれについていける状態ではない。キングブラックの両翼は普通のコッコちゃんのそれと変わらないほど小さくなり、ジャバウォックの体は傷ついていない部分を探す方が難しい。


「ニワトリ……生きているか……?」


「……コ、ケ―……」


 息も絶え絶えといった様子でキングブラックが答える。


「くそっ、万全の状態であればこんな事には……」


「えぇ、そうね。いくら創造主の力があるとは言っても、私一人だったらあなた達を倒す事は出来なかった」


 レイナは語る。


「でも、私には仲間がいる。エクス、シェイン、この想区を守るために戦ってくれた人たち……皆がいたから、私はここにいるの」


 翡翠の蝶がジャバウォックに集まってくる。鼻先にも何匹かの蝶がとまりゆっくりと羽を動かしているが、しかし不思議と鬱陶しい感じはせず、それどころかまどろみの中にいるような、そんな穏やかな気分にすらなった。


「……そうか。そうだったな……。鏡の国の想区の時も、アリスの想区の時も、そうやって貴様らは我に勝ったのだったな……。一人では矮小なる存在のはずが……仲間といれば世界を救う事すらできる……。我なら到底理解できない話だ……」


 ニワトリ。ぐったりとしているキングブラックにジャバウォックは声をかける。キングブラックの周りにも多くの蝶が集まってきていた。


「まだ生きているな? ならば……っておい……」


「うーん……もう我は眠いのだ……用があるなら明日にして……zzz……」


ピキリ。ジャバウォックの額に残っていたオーブの欠片にひびが入る。


「おい……。起きろ! ‼」


 効果覿面。夢の中にいたキングブラックは一気に現実に引き戻される。


「はっ⁉ 我は一体何を……」


「しゃきっとしろバカドリ! こんなところで我らの野望が終わっていいわけないだろ! 立ち上がれ!」


「……! そ、そうだ。我はコッコ族の王として相応しくなるために……コケ―――――――!!」


 炎雷の翼が激しく燃え上がる。キングブラック、完全復活である。


「あなた達、何をして……!」


「ククッ。貴様の言葉で思い出したぞ、レイナ・フィーマン。そうだ、そうであった。……! 今一度名乗ろう! 我は詩竜ジャバウォック改めキング・ジャバウォック、そしてこっちのニワトリがキング・ブラック・コッコちゃん改めグレート・コッコ・ダークネス。ともにレイナ・フィーマンの打倒を目指す者……!」


 ジャバウォックの巨体が持ち上がり、その体にとまっていた蝶が慌てて散開する。


「我ら『鶏竜同盟』!! 終着点は違えど志を同じくする也! さぁ、調律の巫女よ! ここからが本当の勝負だ!」


 

 


 

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