第28話 開幕

「目標がエリアに入った! 撃てぇ!」


 ジュライの号令の元、並べられた大砲が一斉に火を吹く。

 フィーマンの想区の文明レベルからすれば信じられないほど高い精度を誇る大砲から放たれた砲弾は、標的に全て命中、その体に火の華を咲かせる。


「次弾装填急いで! 装填が終わったら右から順次発射、砲撃を続けるんだ!」


 ジュライの開発した大砲は装填にかかる時間も従来品に比べて格段に短くなっている。理論的にはこの大砲が五つあれば間断なく砲撃を続けられ、対象の足を止める事が出来るはずだ。

 が、それは人間サイズの敵であればの話。「それ」はゆっくりとではありながらも、砲弾の雨を受けながら進んでくる。


「くっ……」


 このまま砲撃を続けていても、侵攻を止める事は出来ない。しかし、複数の砲弾を撃ち込もうとすると連続砲撃に穴が生じてしまう。

 と、逡巡するジュライの横を少年が駆け抜けた。彼が手に持っているのはいつもの大太刀ではなく、それより細身の白銀色をした刀。


「駒若くん⁉」


「俺が隙を作る! その間に体勢を整えろ優男!」


 ワン、ツー、ジャンプ。天性の身体能力の高さを遺憾なく発揮し、駒若夜叉は数歩のうちにそれの眼前に到達する。

 鞘から刀を抜き払いながら、駒若夜叉はグリップを握りこむ。カチリ、と音が一つ、内部に仕込まれた機構が作動開始。刃が高速で回転を始め、刀身を電気が這う。


「食らいやがれデカブツッ、『オーガ・バスター』‼」


 渾身の一撃が脳天に炸裂。しかし駒若夜叉の攻撃は終わらない。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 その巨体を地面に沈ませてなお、駒若夜叉は回転する刃を固い鱗に押し付ける。

 接触部から激しく火花が散り、その火花が一定回数、センサーに触れた時、最後の仕掛けが作動する。

 

「駒若くん!! 飛んで!」


 駒若夜叉が刀から手を放して飛びのいた次の瞬間、。その爆発は大砲と比較しても遜色なく、爆発に巻き込まれた額のオーブが砕け破片を散らした。


「大丈夫だったかい⁉」


「あぁ、けどすまねぇな。あんたの大事な発明品を一つオシャカにしちまった」


「あれの事なら気にしなくていいよ。もともと危険すぎて保管しておくしかなかったものだし、役に立って彼も喜んでいるだろう……ってうわぁぁぁ⁉」


 硝煙の中から突如現れた巨大な腕が、白金の砲台全てを一撃で吹き飛ばす。


『こざかしい……!!』


 煙の中、竜のうなり声が響く。

 駒若夜叉の渾身の一撃を以てしても、この竜を止める事はかなわなかった。ジュライの作った最新鋭の兵器ですらかすり傷一つ付けられない。

 その事実は最後の防衛ラインを守る兵士たちの心を折るのに十分なものだった。


「ちっ。お前ら、うろたえるんじゃねぇ! 大砲がなくたって腰の得物があんだろ。刀一本あれば男は戦えらぁ!」


 駒若夜叉は馴染みの大太刀を抜き、ざわつく後方を叱咤する。


「来いよ、鬼だろうが竜だろうが関係ねぇ。人様に危害加えようってんならこの駒若夜叉が叩き斬って……」


「それには及ばぬぞ、駒若」


 どこからともなく白狐の少女が駒若夜叉の隣に現れる。


「神殿内に残っている者は全て撤退じゃ」


「初芽さん! ここにきたってことは、もう巫女様の避難は終わったんだね?」


 ジュライの問いかけに対し、初芽は首を横に振る。


「いや。あの巫女……残ると言いおった。あちらの狙いは巫女一人、自分がいれば他の人間に危害がおよぶことはないじゃろうとな」


「はぁ⁉ それだと巫女様があぶねぇだろ! 何しれっと言ってんだあんたは!」


「耳元で騒ぐな……。とにかくわしらは撤退じゃ。ほれほれー」


 言うが早いか、初芽の袖口から白い玉が次々とこぼれだす。それらは地面に触れた先から破裂し、中から噴き出した白煙が瞬く間に辺りを白一色に染めた。


「ほれほれ駒若、さっさと撤退するぞ」


「あ、こら放せ! 放しやがれー!」


 白煙の中、白狐の少女が自身の倍ほどの背丈の少年を担いで軽やかに駆けていく。

 竜はそれを黙って見ていた。あくまで竜の狙いは巫女ただ一人。障害物が目の前にあれば叩き潰すが、自分の邪魔にならないのであればそれに興味などない。

 竜の上空から大きな羽音が聞こえる。そしてそれに追随し、巨大な黒い影が降ってきた。


「ニワトリ……、ずいぶん派手にやられたな」


「貴様が言える口か。自慢の体がボロボロではないか。カオスの気配も感じられんし、あの男は貴様が考えるよりずっと手強かったようであるな」


「あぁ……ん? 今流しかけたが、貴様カオスの力を感じ取る事が出来るのか⁉」


「んー……みたいであるな。貴様からずっと変な力を感じるな―っと思っていたが、それがカオスの力とやらであるらしい」


「この不思議ニワトリめ……。まぁいい。とにかく、これで障害はなくなった」


「であるな。ついにここまで来たか……! 長かった……しかしこれで我が悲願がついに成就するのだ!」


「……行くぞ、ニワトリ。最終決戦だ……!」


 調律の神殿、本殿。そこが最後の戦いの舞台だ。










「……本気か? 死ぬかもしれぬのだぞ?」


 初芽は問う。


「えぇ。今逃げたところで事態は何も変わらない。だからここで迎え撃つわ」


 レイナが答える。


「変わらない……とは限らぬぞ? あの小さな魔女がタオ達を元に戻す方法を探しておる。もし彼らの意識が戻れば、全員であやつらにかかることも出来ようぞ」


「それがいつになるかは分からないわ。今、私がここにいる事が分かっているからこそ、敵――ジャバウォックたちはまっすぐここに向かってきている。私の行方が分からなくなった時に彼らがどう行動するか……最悪、宿場町にいるたくさんの人が危険にさらされるかもしれない。フィーマンの一族として、ドロテアの遺志を継いだ者として、そんな事を許すわけにはいかないの」


「その行動がより多くの人間を破滅に導くとしてもか? 調律の巫女よ。そなたは想区の核、ストーリーテラーのようなものじゃ。そなたがいなくなるは想区を司るストーリーテラーが消えるも同義。そなたが死ねば、この想区に生きる何十万もの人間が全て虚ろに還る事になるかもしれないのじゃぞ。そのリスクを理解し、承知したうえでここに残ると言ったのであろうな?」


 無言のまま、二人はしばし視線を交わす。初芽は巫女の瞳に映る覚悟を読み取るように。巫女はその程を瞳でもって示すように。


「……分かった。もう何も言うまいよ」


 先に目をそらしたのは初芽の方だった。


「神殿に残っている者達にはわしから撤退するよう伝えておこう。それでなのじゃが……その、これは一体……」


 本殿の中は、多種多様なゴミで埋め尽くされていた。空き瓶が転がり空の箱が何重にも積まれ、むせかえるような食べ物の匂いで満たされている。


「腹が減っては戦はできぬ……ってタオがよく言ってたわね。つまりは戦い前の腹ごしらえよ」


「それにしては量が多すぎる気がするのじゃが……そういう事ならわしからも一つ」


 初芽は懐から包みを取り出すと、それを解いて白い物体をレイナに差し出す。


「一日一個限定、美味尽くし大福じゃ。味は保証するぞよ」


 必ず勝てよ。そう言い残し、初芽はその場から立ち去る。後に残ったのはレイナだけ。


「ふぅ……さすがに満腹ね」


 十人前、二十人前……それ以上あった食べ物を全て胃に収め、レイナは立つ。本殿の扉を開け放ち外に出ていく彼女の眼差しは、全ての混沌を鎮める「調律の巫女」にふさわしいものであった。






「……食べ過ぎて眠くなってきたわね」


 やっぱり「ポンコツ」の方がふさわしいかもしれない。


 

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