第26話
『弱点?』
「えぇ。ただ、その状況を作り出すためにはあれを極限まで追い込まないといけない」
『……だったら鬼姫がさっきみたいにすればいいんじゃないのか?』
いつになく弱気なロビンフッドだ。だが、それも仕方ない話である。この計画の第一段階が成功するかどうかは彼にかかっているのだ。おまけに要求されているのは、遠くの的を射抜けとか乱戦の中で敵だけを打ち抜けとかといった事ではない。専門外の重責を負わされれば、弱気になるのもむべなるかなといったところだ。
「それではダメなんです。鬼姫さんはどちらかと言えば手数で押すタイプ。一撃はそれほど重くありません。それはあちらも分かっているはずです。普通に仕掛けたところで、落ち着いて対処されるだけ。だから――」
相手の意表をつく。キングブラックの脚の構造上、コッコバズーカには「安全地帯」が存在する。それは二本の脚の間、それぞれの脚の、もっとも内側にある
「コッコォォォバズゥカァァァ!!」
そしてキングブラックの脚が射出される直前。シェインは次の行動に移っていた。
……「切替技」。かつてグリムノーツに所属していた空白の書の持ち主が確立したテクニックである。
ヒーローAが直前まで持っていたエネルギーを、コネクト先であるヒーローBに移動させる。瞬間でコネクトを行える技量があって初めて可能になる技ではあるが、大剣を振り下ろした時に生じるエネルギーを魔力に変換し
「こけっ……⁉」
ロビンフッドでは無理でも、鬼姫なら「安全地帯」に滑り込める。ロビンフッドの持っていたエネルギーを全て推進力に変換し、鬼姫は駆ける。
「ぐっぅぅぁぁ、舐めるなぁぁぁっ!」
伸びきった脚が、予想より早く戻ってくる。しかしこれも作戦のうち。
そもそも、切替技を使った瞬間的な入れ替えだけではキングブラックの意表をついただけだ。射線から外れようとして進路がふくらんでしまった先ほどよりは早くキングブラックの傍までたどり着けるが、それだけでは意味がない。
だから、シェインは跳ぶ。
最初にそれに気付いたのは、コッコバズーカによって吹き飛ばされた時。爪先に引っ掛けられたシェインだが、しかし、爆発が起きる事はなかった。いや、もっと早く気づいても良かったのかもしれない。この技を放つ時、キングブラックの脚の内側にある趾は交差している。仮に趾にも爆発の力があるのなら、この時点で爆発していないと不自然なのだ。
つまり、触れると爆発するのは脚の中心のみ。趾はもちろん、脚の甲も爆発しない可能性が高い。
シェインは高速で引き戻される脚の爪先に乗り、その勢いを加えて跳躍する。人間大砲よろしく打ち出されたシェインは、瞬きする間にキングブラックの頭上に到達した。
「…………っ⁉」
「鬼ヶ島流剣法・暗殺剣奥義――――
ここからが計画の第三段階。短刀を逆手に持ち、キングブラックの首筋に狙いを定める。その眼光は鋭く、視線で射殺さんと言わんばかりである。
「ぬぐぅ……っ!」
キングブラックの頬を汗が伝うが、負けじとシェインを睨み返す。はたから見れば「にらめっこ」しているようだと茶化す事も出来ようが、今交わされている視線のやり取りはそんな生易しいものではない。刹那でも気を抜けば、命の綱があっけなく途切れる。それをキングブラックは本能で理解し、全神経を目の前の剣に集中させていた。
とまぁ、いろいろ言ってはみたものの、そもそも鬼ヶ島流剣法・暗殺剣奥義なんて存在しない。要するに単なるハッタリである。
シェインの気づき。仮にその気づきが当たっているとして、それはキングブラックも自覚しているはずである。自覚しているからこそ、そのカードを切らないように、切らされないように立ち回るはず。だから、まずは相手の意表をつき、一気に距離を詰める事で攻撃の選択肢を奪う。そしてこのハッタリでカードを切らざるを得ない状況に持っていく。
「……!!」
短刀を握る手に力がこもる。これはシェインにとっても賭けだ。今の攻防でキングブラックの脚はかなりダメージを受けたが、それでもキングブラックには茨の鎧、炎雷の翼がある。対してシェインにはキングブラックに対する有効打がない。もしハッタリがバレてその事が知られれば、二度とチャンスは訪れないだろう。
両者の距離はおおよそ2メートル。シェインがキングブラックの頭部に着地する一秒余りの時間で全てが決まる。
「……ぐぅぅぅぅ!」
次の瞬間、茨の鎧がはじけ飛んだ。十指では数えきれない茨の一本一本が意思を持ってうねり、一斉にシェインに殺到する。
「ぐっ、ああああああああ!」
しかして、悲鳴を上げたのはキングブラックの方だった。
茨の反逆。そう表現するほかない。一瞬前は確かにシェインを攻撃しようとしていた茨の群れは、今や制御を失いてんでばらばらに暴れている。ちぎれそうな勢いで狂ったように振り回される茨だったが、その棘先がシェインを掠める事すらなかった。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ⁉」
荒れ狂う茨の下、キングブラックが苦悶の表情を浮かべる。茨の主であるキングブラックの体が、茨の暴走によって石造りの地面に押し付けられているのだ。否、それだけにとどまらず、その巨体は実際に地面を砕き沈み始めている。
「やっぱり……!」
キングブラックは力を完全に制御できていない。ヒントはあった。エーゼルと戦った時、そしてシェインとの戦いでその姿を現す直前。
疑念が確信に変わったのは、キングブラックがコッコバズーカを使うようになった後。技を使う前、キングブラックは必ず姿勢を後ろに傾けていた。最初は脚を出しやすくするためかとも思ったが、以前の戦いではそのような動作を挟むことなく足技を繰り出していた。
では、なぜあのような姿勢をとるのか。答えは一つ。コッコバズーカの反動を抑え込むためだ。コッコバズーカはとてつもない威力を誇るが、その反動もまたすさまじいものであろう。キングブラックは重心を後ろに傾ける事で、その反動を抑え込んでいるのだ。
それだけではない。シェインが最初に攻撃した時、キングブラックはあえて一撃をその身に受けながら体勢を戻し、茨による攻撃をおこなった。コッコバズーカの前の体勢移動が反動を抑え込むためのものならば、茨攻撃の前に体勢を戻すのもまた同じ理由、すなわち、茨の勢いを受けとめるためであると考えられる。
おそらく、三つの攻撃にそれぞれ反動があり、それを抑え込むためには別々の体勢をとらないといけないのだろう。裏を返せば、二つ以上同時に力の行使は出来ないという事だ。それを破れば、今のように力の制御がきかなくなり自滅する。
「やはりこっちの方が気が楽だな……!」
暴れる茨のうちの一本を踏みつけ、シェインは跳躍。空中でロビンフッドにコネクトすると、強力な一矢を寸分の狂いなく眉間に打ち込む。
「コケェ⁉」
予想外の一撃にキングブラックが哭き、茨が一層激しく暴れる。
「さぁ、一気に畳みかけますよ!」
『承知!』
『了解だ!』
シェインは離れた場所に着地しながら、三本に束ねた矢を弓につがえる。
「俺の矢に打ち抜けないものはない……! 『シャーウッドの疾風』!!」
全力で放たれたそれは、例えるなら疾風の槍。少しのブレもなく、槍は的の中心に吸い込まれていく。
「コケァァァァ!」
獣性を露わにした絶叫と共に、暴れ狂う茨が一瞬でキングブラックの体に巻き付く。血の雫が体中から飛び散るが、キングブラックは意にも介さず体を起こし、勢いそのままに炎と雷の翼を叩きつけて槍の侵攻を食い止めた。
『シェイン!』
「分かってます!」
鬼姫にコネクトしたシェインは槍の中心に向かって走る。
「もはや出し惜しみは不要、これで決める! 『鬼ヶ島流剣法奥義”曼殊沙華”』!!」
「ごげぁっ……⁉」
回転する三本の矢の中心に短刀が突き立てられた瞬間、キングブラックの体のあちこちから血しぶきが噴き上がる。その様は、まるで真紅の曼殊沙華が体中に咲いたよう。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
翼によって矢と短刀は止められるが、流れる風まではせき止める事はできない。今は二つの力が拮抗しているが、時間が経つにつれて、風によって切り裂かれて流血しているキングブラックが不利になるのは明白だった。
「ぐっ……こ、けぇぇ……」
じりじりとシェインが前進する。
「終わりです……!」
無論シェインとて無傷というわけではない。しかし、精神力の勝負に持ち込めれば、くぐってきた修羅場の数が違うシェインに軍配が上がるのは当然だ。
だが。
「こ……けっけっけ……! シェイン……貴様……
ふっ、と短刀を押し返していた力がなくなる。
キングブラックが再び跳んだのだ。
(なっ……! あのボロボロの脚で跳躍したのですか⁉ それにタオ兄とクロヴィスさんの力を使っているのに、サードさんの力まで使ったら反動が……!)
コツン。短刀の刃先が何かにあたる。それは、黒く、シェインの胸程の大きさのある、楕円形の物体だった。
卵。一瞬後、脳がそれを理解する。
「我の勝ちだ……」
「しまっ――――――――」
時は少し遡る。
神殿内部。居住区域。廃墟と化したそこで、混沌の少年と異形の竜は戦っていた。
「はぁっ!」
「ぬるいっ」
ジャックの突き出した魔槍はジャバウォックの鱗に傷一つ付けれずに跳ね返される。
振り下ろされた返しの一撃を辛うじて避け、バックステップで距離をとる。
(またあれがくる……!)
ジャバウォックが地面に叩きつけた前足をゆっくり持ち上げる。それによって生じた影から「何か」が飛び出してきた。
「くっ……」
例えるなら影の戦輪とでもいうべきものが、いくつもジャックに襲い掛かってくる。意思のようなものは感じ取れないが、一つ一つが複雑な軌道を描き、防ぐことすら容易ではない。
「その程度か、渡り鳥ぃ……! あまり我を失望させるなよ!」
「この程度……へっちゃらさ!」
強がっては見るものの、彼我の差は圧倒的だ。エーゼルの力で強化された体に、ハーンの力によって聴く者の力を奪うようになった咆哮、影の戦輪を生み出す能力はおそらくフントのものだろう。
そして……。
「ならばこれはどう防ぐ……!」
ジャバウォックの口内で業炎が渦巻く。カッツェの力を手に入れたブレスは、以前のものとは比べ物にならないほど強化されている。文字通りの一撃必殺であり、硬化した外皮によって止める事もままならない。
「……ここまでかな」
ジャックはエクスに語り掛ける。
「あとは任せるよ。大丈夫、キミならできるって信じている」
落ちた汗が地面を濡らす。ジャバウォックの口内から溢れ出す熱波がここまで届いてきているのだ。
「じゃあ最後の仕事をすませるかな」
ジャックは手元にある豆を全て、目の前の地面に放る。こんなものであのブレスを防げるなどとは思っていないが、威力を多少和らげることくらいはできるだろう。
蔓の向こう側で、空気が動くのが感じ取れた。
「……幸運を祈るよ。頑張って」
直後、全てを薙ぎ払う業火がジャックの視界を赤く染めた。
「ふん……。案外あっけなかったというか、手ごたえのないものだな……。いや、過去など大抵こんなものなのかもしれぬ……」
焦土と化した大地を見ながら、ジャバウォックは呟く。ジャックの誘導のおかげで、ブレスの被害にあったのは神殿の北端だけであった。調律の神殿が台地に建てられていることも幸いし、眼下に広がる森には被害は見受けられない。
「まぁいい。次は貴様だ、レイナ・フィーマ……」
「待て」
その声がどこから聞こえたのか、最初ジャバウォックには分からなかった。一切の感情を感じさせない無機質な声。呟くような調子ながら、ジャバウォックの耳にはしっかりと聞こえている。
「……お前は」
まるで初めからそこにいたかのように、ジャバウォックの振り向いた先にその男はいた。全身を包む黒いローブ。顔の半分を黒い仮面で覆っており、それが外れる事がすなわち死であるかのように、血色の包帯を何重にも巻いて仮面を押さえつけている。その包帯の隙間からはわずかに空色の髪がのぞき、大部分を占める白髪に対しわずかな抵抗を示しているようだった。
「とまれ、ジャバウォック」
暗く澱んだ臙脂の瞳がジャバウォックを捉える。虚ろを体現したかのようなその穴には、見たものを深淵に引きずり込む危険な妖しさがあった。
「……なぜ今になって再び姿を現す。混沌の男よ、何が目的だ」
その問いに男は答えない。ただ、そこに立っているだけだ。
「まぁいい。貴様には礼を言っておきたかったのだ。見ろ、この圧倒的姿を! この身に混沌の力を取り込めたのも貴様のおかげだ」
歪に変形した一対の巨大な棘が蠢く。よく見れば、それは取り込まれたブレーメン達の愛用する武器が混ざり合ったおぞましい形をしていた。
「我は約束を違えぬ。今こそ、あの時の約定を果たそうではないか。この翼を持って我は外の世界へと飛び立つ。そして混沌の竜王としてこの世界に君臨するのだ!! 遍く想区を恐怖で蹂躙し、この理不尽な世界を噛み砕いてくれよう! それこそが貴様の望みだったはずだ!」
「……違う」
「何?」
「違うんだ。そんなこと……!」
男は左の眼を押さえ、その場にうずくまってしまう。
「異な事を言う。世界に混沌をばらまき、破滅へと導きたいと言うのは他ならぬ貴様の望みではないか。だから貴様は、我に侯爵夫人を喰らうよう言ったのだろう? 我だけではないだろうな、貴様は他の想区にも混沌の種を蒔いたはずだ。そんな貴様が今になってそれを否定するのか」
「く、ぅぅ……! そうだ。その通り……違う! 僕は……!」
明らかに男の様子がおかしい。直前の言葉を否定するような、まるで二つの人格が争っているかのような話しぶりもそうだが、何よりジャバウォックの知るあの男はここまで人間的ではなかった。
「……そうだよ。全て僕がやった事だ。僕が背負わないといけない罪だ。たとえ皆が赦してくれたとしても、その行いが消えるわけじゃない」
だから。
エクスは立ち上がり、目を開く。
「僕はそれを受け入れる……! そう決めたんだ!」
闇を纏った虚ろな瞳が、
「この悪夢を終わらせる……!」
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