第25話

『それは……難しいな……』


「えぇ、一瞬の判断の誤りが命取りになる極めて危険な賭けです。ですが……だからこそ試す価値がある」


『そうだな。私はシェインの判断を支持するぞ。それに私たちはずっとシェインと一緒に戦ってきた。……ロビンフッド、私たちならできるさ』


 軽くステップを踏み、迫る竜巻の進路から外れる。キングブラックの脚の射程はシェインの見立て通り30メートルほどらしく、それ以上離れているシェインに対して蹴りは使ってこない。

 しかし、代わりに両翼によって生み出された炎雷の竜巻が次々と向かってくる。その数は増えるばかりで、無限のリソースを持っているのではないかという錯覚すら覚える。


(まぁさすがにそれはないでしょう。とはいえヒーローとなったタオ兄とクロヴィスさんの力が元になっている以上、力の枯渇による打ち止め狙いも厳しそうですね……!)


「どうしたどうしたぁ! もう近寄る事すらできぬか! まぁそれも致し方ない事! だって今の我はグレートだから!」


「好き勝手言ってくれますね……。ロビンフッドさん、頼みますよ――コネクト!」


 一瞬後、鬼の少女は緑衣の青年に姿を変える。


「全く……無茶を言ってくれる。ロビンフッド、行くぞ!」


 ロビンフッドは義賊の中でも特に無口な男として知られている。そんな男が冗談を口にするはずもなく、義賊の間では「ロビンフッドが冗談を言ったら、それはイギリスが滅ぶ前兆だ」とまで言われていた。

 彼らが今のロビンフッドを見たら何というだろうか? 腹をかかえて笑い転げるか、変なキノコでも食ったのかと彼の体調を心配するか、もしかすると、あれはロビンフッドのそっくりさんだと誤解するかもしれない。

 少なくとも、はどう考えてもマトモではなかった。


「こけー……?」


 この予想外の奇行に初めは呆けていたキングブラックも、自分の射程にロビンフッドが躊躇なく踏み込んできた事で何か策がある事を理解……。


「コケー! これぞ飛んで火にいるケンタッキー! お望み通り我が脚で吹き飛ばしてくれるわ!」


 していなかった。ヒーローゆえ高度な身体能力を有しているロビンフッドだが、しょせんは人の身。鬼姫の速攻とは比べ物にならないほど遅い。キングブラックはゆっくり射出体勢に入り、慎重に狙いを定める。


「ぐっ……」


 距離、およそ20メートル。ロビンフッドの体を震えが包む。


「コッコォォォバズゥカァァァ!!」


 その声と共に、不可視の砲撃が炸裂した。












「――――――‼」


 距離、およそ15メートル。のばされた二本の脚の間、そのわずかな隙間をは駆け抜ける。


「こけっ……⁉」


 コッコバズーカ。その最大の欠点は、という事だ。その速度は驚異的ではあるが、その代償として脚には多大な負荷がかかっている。つまり、一度避けてしまいさえすれば、脚が戻ってくるまで大きな隙が生まれるのだ。


「終わりだ!」


 振りかざされた短刀が鈍く煌めく。この距離ならば、脚が戻ってくるより早く刃が届く。キングブラックを守っている茨も一つ一つの動きは単調であり、強度もそれほどない。鬼の動体視力を持ってすれば、茨の棘が掠る事すらないだろう。つまり、


「お前の負けだ!」


「ぐっぅぅぁぁ、舐めるなぁぁぁっ!」


 キングブラックの絶叫、そしてその瞬間、伸ばした足が歪に膨れ上がった。


「――っ」


 まだ射出のエネルギーが残っている脚を、キングブラックは引き戻す。


「ぬおぉぉっ」


 膨れ上がった足がミシミシと音をたてる。それも当然。普通の人間では目視すら出来ない速度で放たれた脚を、筋肉の力だけでむりやり引き戻そうというのだ。下手をすれば両脚とも動かなくなってもおかしくはない。

 しかし、運の天秤はキングブラックに傾いた。鬼姫の横を通る黄色のラインの動きが徐々に遅くなり、瞬きの後に猛烈なスピードでキングブラックの方に引き寄せられていく。

 ここにきて形勢は完全に逆転した。この至近距離でコッコバズーカを放たれれば、見えていても避けられない。


(自分の脚が動かなくなる危険も顧みずに……、それほどの覚悟があるということですね。ですが……!)


 予想外の何かが起こって、鬼姫の速攻が通るより早く第二射がくる。


(新しいものを吸収して進化し続ける……それこそがあなたの強みです。人語を解し、時空に干渉し、世界の運命を予言する事すらできてしまう。そんな無茶苦茶なあなただから、この状況でも何かを起こすに違いない。そう信じていましたよ)


 鬼姫の体が宙に浮く。まるで重力から解き放たれたかのように。

 そして次に彼女の足が触れたもの、それはだった。


「…………っ⁉」


 今度こそキングブラックは絶句する。一瞬、ほんの一瞬の出来事だった。離れた場所にいたはずの鬼姫が、自分のすぐ上で剣を振りかざす。




 その距離、わずか2メートル。







「鬼ヶ島流剣法・暗殺剣奥義――――鬼雫ひれん


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