第24話
「っとうぉぉぉぉぉ⁉」
「くっ……!」
巨大な尾が鞭のようにしなり、壁を破り地面を砕き蹂躙の限りを尽くす。
「あのバカ! 我がいる事を忘れているのではないだろうな!」
尾の先には人の背丈ほどの棘がびっしりと生えており、尾が地面に打ち付けられる度にそれがいくつもの穴を穿つ。意識せずに振り回している尾だけで、ここまでの破壊を引き起こせるのだ。本体がいる神殿は、もはやその原型をとどめていなかった。
「あれもお前の仕業か!」
「あやつにはブレーメンの力を入れたのだが、思いの他なじんでいるというか……。というか、あんなんになるとか我に想像できるわけないであろうが!」
尾の攻撃だけではない。吹き飛ばされた神殿の残骸が、爆撃のように辺り一帯に降り注いでいる。
「まぁ、あの調子ならあちらはすぐに片が付くであろうな……。とうっ!」
「なっ⁉」
瞬間、キングブラックの姿がシェインの視界から消える。
「コケ―コッコ! 尻尾が邪魔なら上空に避難すればいいだけよ!」
強化された足で、キングブラックが跳んだ事に気付いた瞬間、天高くからキングブラックの高笑いがした。
「ぐれーとぉ! とるねぇどー!」
炎雷と化した両翼から放たれたのは、二つの属性が絡み合う
「……」
シェインはその場から動く事なく、目を閉じて精神を集中させる。
「……鬼ヶ島流・
炎が肌を焦がし、電気が全身を這い回る。竜巻がシェインを呑まんとしたその刹那、シェインは開眼した。
「コケッ⁉」
今度驚きの声を上げたのは、キングブラックの方だった。成長した竜巻は、キングブラックの目からシェインの姿を覆い隠した。だから、キングブラックはシェインのとった行動は見えていない。見えたものと言えば、その行動が起こした結果……すなわち、炎雷の渦が、一切の予兆なく掻き消えた事だけである。
「鬼ヶ島流と言えども、しょせんは剣術の一つ……。剣にできる以上の事は成せぬ」
シェイン――鬼姫は短刀を日にかざす。
「だが、私……この鬼姫は違う。破軍星の守護を与えられた傀儡を倒すために、力の流れを斬る剣を、私は身につけている。簡単に崩せると思うなよ」
元々は葛葉童子の、星の加護を与える能力に対抗するために編み出した剣だが、力の流れを断ち攻撃を無力化できるこれは魔術師のような特殊な力を扱う相手にも効果があるようだ。
「ふ、ふん! ならばそちらの体力が尽きるまで同じ技を見舞ってやろう! 今の我は調律の巫女一行の力を四人分も取り込んでいるのだ! 負ける道理がないわ!」
キングブラックは再び跳躍し、竜巻を放つ。
「くっ……」
認めるのは癪だが、確かにあの技は連発できるものではない。今回は大人しく竜巻を回避する。
「どうだどうだ! どんどん行くぞ!」
土埃を巻き上げながら着地した次の瞬間には跳躍の体勢に移り、地面を砕きながら空へと舞い上がる。キングブラックの巨体を持ってすればその動きそのものが凶器となる上に、その合間に炎と雷、二つの属性を持つ竜巻が容赦なく襲い掛かってくる。
「コネクト――ロビンフッド!」
止む気配のない瓦礫の雨に対しては無防備になるが、跳躍を繰り返されては近づいて攻撃する事もできない。空気を切り裂く一本の線と化した矢が、寸分の狂いもなくキングブラックの胴体に突き刺さる。
「ぐぅっ……」
キングブラックは負けじと両翼を羽ばたかせるが、すでにシェインの姿はそこにない。見当違いの方向に放たれた竜巻を笑うかのように、再び正確無比な疾風がキングブラックを貫く。
(抜かったわ……!)
ジャバウォックの攻撃によって、シェイン達がいる神殿への道はボロボロになっている。加えて、降ってくる多数の瓦礫が障害物の役割を担い、戦闘には甚だ向かない地形を作り出していた。
降り注ぐ瓦礫、そしてその地形を避けるためにキングブラックは上空からの攻撃という作戦を取ったわけだが、裏を返せばその行動は、自ら遮蔽物のない空間に出て行ったという事と同義である。
対するシェインがコネクトしたのはロビンフッド。穴だらけの地形に瓦礫の遮蔽物は
(百戦錬磨の相手と同じ土俵に上がった我が愚かだったという事か……)
お互いが遠距離から攻撃するなら、その勝敗を分けるのは射撃の精度とフィールド。いくら強化されているとはいえ、自分が不利な状況で相手の十八番である射撃勝負に挑むのは無謀だった。
ならばどうすればいいのか。答えは簡単。相手に不利なシチュエーションで戦えばいい。
「再び……とうっ!」
相手の位置も把握できないまま、キングブラックは着地。その瞬間を狙って矢が飛んでくるが、当たる寸前にキングブラックの巨体が再度上方向に跳ねる。
(またあの攻撃か……? ならもう一度狙い撃つのみ!)
棘によってできた穴に身をひそめながら、シェインは矢をつがえる。
しかし、最高点まで到達したキングブラックのとった行動は、シェインには到底想像できないものだった。
炎と雷の翼がダイナミックに上下し、それに合わせて胴体が浮き沈みする。遠目では分かりにくいが、その体は微妙に前進しているようだった。
つまり。
(と、飛んでいる―――――⁉)
「コケ―コッコ! もう一回言っておこう! 我の名はグレート・コッコ・ダークネス! コッコ族の永遠の願いである飛行ですら今の我には可能なのだ! なぜならグレートだから!」
実際は巨体を支え切れておらず、緩やかな滑空と言った方が正確なのだが。
「あれ、なんか下がってないか? うぬぬぬぬぬぬ!」
体の大きさに見合ってない羽がパタパタと動かしキングブラックは必死に飛んでいる。その様子は雛鳥のようで、可愛いと……ぎりぎり言えなくもなかった。
「こんな……こんなふざけた生き物に手こずっている自分が恥ずかしい……!」
頭を抱えるシェインだったが、キングブラックの向かう先にあるものに気付いた瞬間、思わず立ち上がる。
キングブラックの進行方向にあるもの、それは神殿の住人や戦えないものが避難している宿場町だった。
「まさか……!」
「ふん。心配せんでもそんな無粋な事はせぬわ」
飛んでくる大量の矢を背で感じながら、キングブラックは呟く。今のキングブラックは、茨の鎧で全身を固めている。狙いすまされた一矢なら話は別だが、狙いをよく定めず矢継ぎ早に放たれた攻撃のほとんどは鎧に阻まれ有効打にはなりえない。
妨害を物ともせず、キングブラックは目的の地点に悠々と着地する。
神殿に続く一本道に穿たれた深い穴。先日、キングブラックが力を制御しきれなくなった事で生み出されたそれの側に、キングブラックは陣取った。
「ここまでくればあいつの尻尾も届くまい」
キングブラックが言う通り、町に近いこの場所には被害がほとんどない。ここまで飛んできた瓦礫が無いわけではなかったが、人が身を隠せるほど巨大な物は数えるほどしかなかった。それに加え、背後には巨大な穴。仮に背後を取られたとしても、有利に立ち回ることができる。
「どこにいるのかは知らんが、我はかくれんぼに付き合うつもりはない。そっちが出てこないなら、引きずり出させてもらうぞ……!」
キングブラックの体が後ろに傾く。それと同時に、モフモフの黒毛の中から鋭い爪をもった足が顔をのぞかせた。
(攻撃方法自体が変わっていないなら、足を使った攻撃は二つしかない。翼と違って何かに変化している様子もないし、一度様子をみて……)
「コッコちゃんバズーカァァァァ!」
(――――⁉)
一瞬、何が起こったのかシェインには理解できなかった。
キングブラックの足が視認するのが困難なほどの速さで『射出』され……次の瞬間、キングブラックの前方にあった瓦礫が爆散した。
(っ……!)
普通の人間なら事態を理解しようと、脳のリソースをそちらに割くだろう。だが、シェインは千を優に超える戦いを経験してきた戦闘のエキスパートである。ゆえにシェインは知っていた。理屈や仕組みを考える一瞬が命取りになる戦いがある事を。どうやって、なぜ、なんて疑問は二の次三の次、全てを本能に委ねなければ生き延びる事はできない。
目の前の相手はまさにその類の敵だった。
「コネクト!」
ほとんど無意識のうちに、シェインは爆発のおこった箇所とキングブラックとの距離を測っていた。その距離、およそ30メートル。シェインのいる場所はすでに射程圏内だ。
飛び出しながら、鬼姫に再コネクト。遮るものがない道を一直線に駆け抜ける。
「……はっ!」
キングブラックの足がわずかに引く。そしてその直後、第二撃。わずかに進路を変えたシェインの左後方の瓦礫が弾け飛ぶ。
「ちぃっ、ちょこまか避けおって。こざかしい……!」
常人の何倍も優れた鬼の目が、瞬間的に放たれた攻撃の正体を捉える。キングブラックの足が伸び、瓦礫を蹴り砕いていたのだ。
足を伸ばしての攻撃、それ自体は以前の戦闘で何度も見ているので容易に想像できた。ただ、驚くべきはその
さらに瓦礫に当たった際に起きた謎の爆発。これに関しては推測でしかないが、おそらく……。
(サードさんの力でしょうね……!)
そう考えれば、最初の連続跳躍にも説明がつく。爆発や、それで生じる爆風によって落下の衝撃を和らげていたのだろう。
「セット! コッコバズーカァ!!」
伸ばし切っていた足がシェインを追い越してキングブラックのもとに戻る。しかし、すでにシェインはキングブラックの目と鼻の先まで迫っていた。
「ぬぅっ!」
キングブラックが上体を起こすより早く、短剣が体に食い込む。
「暴れるなよ、毒の回りが早くなるぞ……!」
「ふん! グレートな我に毒などきくかぁ!」
キングブラックの怒号。それに応え、鎧となっていた茨が意思を持ったように体から剥がれる。
「しまっ……うぁぁ!」
蠢く何本もの茨が、鞭のようにシェインを打ちすえる。さらに一本の茨がシェインの足に巻き付いたかと思えば、空中に持ち上げシェインを振り回す。
「このっ」
辛うじて茨の切断には成功したが、受け身も取れず地面に思い切り叩きつけられた衝撃で息が詰まる。
「コケ―! この茨がただの飾りとでも思ったか! 離れれば爆発する足と炎雷の竜巻、近づけば茨の猛撃! 貴様がどうあがこうが我には勝てないのだ!」
茨をふたたび纏わせ、キングブラックは後ろに体を傾ける。黒毛の間から足が見えた、と思った瞬間、衝撃がシェインを吹き飛ばした。
「がはっ……!」
直撃は避けたものの、爪に引っ掛けられ少女の軽い体が地面を転がる。
『大丈夫か、シェイン』
立ち上がり追撃にそなえるシェインに、鬼姫の声が聞こえてきた。
「鬼姫さん……。みっともないところを見せてしまいましたね……」
『気にするな。……とはいえ、実際あれの力は驚異的だ。正直に言って、厳しいのではないか?』
「いえ、その事なんですけど」
シェインの闘志はまだ消えていない。
「一つ、試してみたい事があります」
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