第23話

「……っ⁉ お前はそんな下らない事のためにタオ兄達を……!」


「あぁ下らないな」


「はぁ⁉」

 

 反発の言葉がくると思っていたシェインは肩透かしを食らい、素っ頓狂な声を上げる。


「最終決戦に呼ばれなかったから? まるで子供の駄々、実に下らない理由よ。……はっ!」


 黒樫の杖に魔力が集まる。それと同時にキングブラックの手の刻印が輝き、二人を包むように結界が張られた。


「これなら逃れることも叶うまい! 『闘士灰燼』!」


 退路を断ち、地面に杖を突き立て――。


「『鬼ヶ島流剣法・斬桃の舞』……」


 しかし、それを黙ってみているシェインではなかった。短刀で杖を跳ね上げると、間髪入れずに刀を八度閃かせる。

 だが、魔法で強化された杖は刃の連撃をもってしても傷一つつかない。


「残念だったな! さぁ、大人しく――」


「……誰がこれで終わりと言った?」


「なっ……!」


 シェインの刀が再び閃く。しかも、それは一度だけではない。


「斬桃の舞い、乱れ紫陽花、架杜若、裁桔梗、連無花果、月柘榴……。鬼ヶ島流剣法・流れ演武・!」


 八つ、九つ、五つ、四つ、七つ、締めの一突き。計三十四の斬撃を四度繰り返す必殺の演武。鉄をも破る硬さを得ていても、杖が鉄以上の何かになったわけではない。耐えきれなくなった黒樫の杖はバラバラに裂かれ、込められていた魔力が暴発。キングブラックを吹き飛ばした。


「コ、ケーコッコ……!」


 攻撃手段である両手杖を失ってなお、キングブラックは不敵に笑う。


「何がおかしい!」


「最初は下らない理由だったとも。しかし、ジャバウォックと旅をする中で、我は気づいたのだよ。我は未だにレイナ・フィーマンの呪縛に囚われているのだと。捕食される事を考えるだけで、足が震えて全身の毛が逆立ち、その場から一歩も動けなくなる。一つの種を統べる王が小娘一人に怯えているのだぞ? これが滑稽でなくて何だというのだ!」


 キングブラックの腕を電気が這い上がる。


「いいや、我は最初から気づいていたのだ。レイナ・フィーマンがいなくなったと再編の魔女から聞いた時には既に。その時感じた安堵の気持ちを隠すために、我はお前たちと戦い続けた。しかし、そうやって誤魔化す事が出来たとしてもいつかは現実を直視しなければならない。だから我は白をダシにして再び逃げたのだ! 家庭を守るためなどとうそぶき、トラウマから逃げた!」


 キングブラックの周りに炎が揺らめく。


「だが、もうそれは通用しない。コッコ族はこれからどんどん発展を遂げていくだろうと我は確信している。その時に、全てのコッコ族を王として導く自信が我にはないのだ! だから! 我は過去に立ち向かう! あの女を乗り越え、王に相応しい存在に返り咲く! それこそが我の――!」


「なっ……⁉」


 シェインは思わず一歩後ずさる。キングブラックの体が膨らみ、激しく蠢く。それはデウス・アンデルセンの末路と同じ。中にいる何かが外に出ようと暴れているのだ。

 おそらくキングブラックが感じているのは地獄もかくやという激痛。


「お、おおおおぉぉおぉおぉぉぉぉ!! ぐっ、あぁ⁉ スー……パァァ……、コッコォ……!? マジィィィィック解除ぉ!!」


 瞬間、キングブラックの体が爆発した。……否、爆発ではない。がその姿を現したのだ。


「コ……ケ、コッ、コケ――!! 全く、変身解除を待たずに暴れよって……。見るがよいシェイン! これが我の新しい姿ぁ!

その名も……、
















ぐぅれぇぇぇぇぇいとぉぉぉぉぉぉぉ! くぉぉぉぉぉぉっこぉぉぉぉぉぉ! だぁぁぁぁくねぇぇす! である!!」


「なんだそのバカなネーミング⁉」


 暗黒ダークネスと名乗るには、今のコッコちゃんはいささか派手過ぎた。

 左右の翼を雷、炎そのものに変え、全身には鎧のように茨が巻き付いている。頭からは、蒼炎に変わって三色のオーラが噴き出していた。


「その姿、まさか……!」


「そのとおーり! 今の我は調律の巫女一行の力を吸収している! ゆえにグレイト! ゆえにダークネスゥ!」


「なっ……⁉」

 

 シェインは絶句する。


「そんな事がありえるはずがない……! 相手の力を吸い取り自分の力にするなど……!」


「フハハハハ! ありえん事をやってみせるのがこの我よ! まぁご都合主義の力という事にしてもいいが、種明かしくらいはしてやるか。貴様は『時空連理の法』を覚えているか?」


「時空連理の法……? なんの話だ」


「我と再編の魔女一行の二度目の戦い……そして大魔法使いシャドウ・シェリー……ここまで言えば分かるな?」


 時空連理の法。何かを贄とすることにより、別の想区からの召喚を可能にするシャドウ・シェリーの魔法だ。しかし召喚をするといっても、それはあくまで等価交換。例えばブギーヴィランを贄にしてメガヴィランを召喚するような事は出来ない。


「この想区のクロヴィス達は『調律の巫女の物語』の、言うなれば原典! そのを贄とし、他の想区の調律の巫女一行のを召喚した! 本家のようにヒーロー自体を召喚する事は出来ぬが、これだけで十分! だが、それだけでは足りん。故にの力を使わせてもらった」


「羽衣天女……⁉ まさか、シャドウ・羽衣天女の力を使ったとでも言うのか!」


「察しがいいではないか。シャドウ・シェリーの魔法で召喚した力をシャドウ・羽衣天女の力で吸収する。我ながら素晴らしい計画よ!」


 繰り返しになるが、キングブラック自身は決して強くない。攻撃は全て単調で対応しやすいものであり、体力こそ無駄にあるが、素早さや攻撃力は並みの少し上程度。頭脳戦が得意というわけでもなく、シャドウヒーローを従えるカリスマもない。


 真にキングブラックコッコちゃんが恐ろしいのは、その適応力。

 「我は進化し続ける」。この言葉は誇張でもハッタリでもなく、紛れもない真実。一つ一つの力はオリジナルに劣るものの、新しい力をコピーし続けるキングブラックにはさほど関係ない。

 仮にキングブラックがプロメテウスと接触していたら、第二の脅威として世界を脅かす存在になっていたかもしれない。


「シェリーの魔法! 羽衣天女の妖術! 孫悟空の棒術! ハッタの演奏! ラ・ベットの破壊力! 我は進化し続けるぅぅぅぅぅ!」


「こんな……こんなふざけた生物がなんで生まれたんだぁぁぁぁぁ!」


 シェインの魂の叫びが炸裂した次の瞬間、神殿の方から轟音がした。


「なっ……!」


 振り返ったシェインは、神殿の屋根を砕き現れた異形の竜の姿に言葉を失う。


「ほう……。あちらも始まったか……!」














「さぁて……、始めるぞ……!!」


 その姿は、いままで見てきたどのジャバウォックとも違っていた。

 全身を覆う鱗は、闇を吸い込んだかのような純黒となり、胴体に走る一本のラインは、紅く輝き脈打っている。いたるところに生えた黄金の棘は鱗とは対照的にギラギラと光を反射して煌めいていた。

 頭部にある、角のように見える一対の棘は複雑な形に変形し、鋭い牙は異常なまでに巨大化している。破壊力だけを突き詰めたための牙は、ジャバウォックの怒りを体現しているかのようだった。


「これがネオを超えた第三の姿だ……! ひれ伏せ、矮小なる渡り鳥!」


 その声に合わせて、眉間にある紫のオーブが発光、そこから棘状の結晶がせり出てくる。


「恐怖の体現者たる竜王……さしずめキング・ジャバウォックと言ったところか……!」


「ほう、いい名ではないか。これからの我の覇道に相応しい……では、その最初の礎になれる事を誇りにして逝け!」


 ジャバウォックが息を吸い込む。ジャックはブレスを警戒して、盾を構えつつその場から離れるが……、


「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!]


「くぅ……⁉」


 ジャバウォックの咆哮がエクスを打つ。頭をかき乱されるような歪な不協和音。それを聞いているうちに、体の力が抜けていく。


「これは……ハーンの……!」


「察しがいいな! だが容赦はしない、どんどんいかせてもらうぞ!」


 ジャバウォックが再び息を吸い込む。今度こそブレスの構えだ。


『この場所はまずい! ジャバウォックの動きを封じれるところまで逃げるよ!』


「あぁ!」


 ジャックに従い、エクスは崩落を始めた広間から抜け出す。


「ふん、逃げられるものか。神殿に巻き付いて潰してもいいが……。いいや、我が牙で噛み砕いてやろう!」


『来たよ!』


 廊下をかけるエクスの後を、壁や天井を突き崩しながらジャバウォックが追ってくる。


「はっ!」


 振り向きざまに、手に持っていた豆を数個一度に投げる。


「そんな小さなもので我がどうにかなると……があぁ⁉」


 床や壁についた豆は爆発的な速さで成長し、ジャバウォックの胴体程の太さの蔓となってその体を拘束する。


『今のうちに!』


 蔓を払おうと躍起になっているジャバウォックをおいて、エクスは神殿の奥に走った。







「はぁ……はぁ……」


『休んでいる暇はないよ。あいつはすぐにやってくる』


「分かってるよ……」


 エクスの向かった先は、住人達の生活する居住区域だった。神殿の最奥に位置するその場所に人の気配はない。


『まさか豆を弾くだなんて……』


 カオス・ジャックの使う豆は、何かに埋め込まれると急成長し、天にも届く蔓になる。その破壊力は破城槌をはるかに超え、この攻撃の前ではあらゆる障害が意味をなさなくなる。

 それを知っていたからこそ、エクスはその豆を使ったのだ。

 しかし結果、蔓はジャバウォックの鱗を破る事はできなかった。拘束のようになったのは全くの偶然。それもすぐに突破されるだろう。


『認めたくはないけど……ボクじゃあいつを倒せない。強さは大きさとは関係ないけど……は規格外の怪物だ。普通のヒーローじゃ傷をつけることすら出来ないだろう。ボク達カオス・ヒーローでも、一矢報いるのが精一杯だ』


 破壊の音が少しずつ近づいてきている。もう蔓の拘束は解かれてしまったのだろう。


『でも、キミはコネクトできるんだろう? この状況を変えられる英雄ヒーローに』


 導きの栞で一度にコネクトできるヒーローは二人。ジャックの言う通り、エクスの栞にはもう一人、攻撃職アタッカーの魂が宿っていた。

 

「……」


 逡巡している時間はなかった。一陣の風が吹き抜けた直後、居住区域の入り口が吹き飛ぶ。


「手間をかけさせよって……。ここで決着をつけるというのか」


「……ジャック、頼みがある」


 エクスの言葉を聞いたカオス・ジャックは笑う。


『お安いごようさ。たとえ違う人間だとしても、ボクもだ。キミのためになるなら喜んでそうしよう』


 エクス――いや、カオス・ジャックは魔槍をジャバウォックに向けて言い放つ。


「ボクはカオス・ジャック! 豆の木のジャックだ! 元々大物喰らいジャイアント・キリングは専売特許でね。こちらに義があるなら躊躇う理由もない! キミの首、とらせてもらうよ!」


 









 

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