第20話
サード達が神殿を出たしばらく後、シェインとエクスは神殿の廊下を歩いていた。
「えぇ合理的、合理的ですとも!」
「あ、あのー……シェイン……?」
時間は少し巻き戻る。
「ボクとハーン、カッツェが囮になる」
「なっ……!」
すかさず抗議しようとするシェインだったが、
「今分かっている相手の数は二人。相手の実力を考えると、一対一で逃げ切るのは不可能に近い。二対二でも確率は五分五分。だから、三対二で数のアドバンテージをとる」
「それならシェインが行ってもいいじゃないですか! 四対二なら作戦の成功率はさらに上がる!」
「それだと神殿が手薄になる。三人ってのは、攻めにさける最大限の人数なんだ。レイナさんが、相手は数日のうちに勝負をかけてくるはずと言っていたけど、それが今日であってもおかしくないんだよ。もし入れ違いになれば、少ない人数で神殿を守らなきゃいけなくなる。そうなった時のために、コネクトでいろんな事態に柔軟に対応できるおにーさんとシェインが残るのが一番いい」
「それは……!」
「それに今回のミッションは、キュベリエが結界を解いている間、敵を祠から引き離して時間を稼ぐ事。ボクみたいな
「むむ……」
「と、いうわけで留守番お願いね、シェイン」
そのような会話があったのだが、
「……」むすー……
(すごい気まずい……)
「……そ、そうだ! キュベリエが心配していた事って、何だったと思う?」
「さぁ? あの人いっつも何か企んでますし、その関係で何かあったんじゃないですか? その癖シェイン達には何も言わないんですけど!」
「確かに……」
二人が向かっているのは、神殿に住み込みで働いている人達の寮だ。巨大な神殿を維持するために、雇っている人間の数は数百人を数え、その半分以上が神殿の寮に住んでいる。余談だが、ブレーメンや調律の巫女一行の部屋もこの寮の近くに存在している。
神殿を決戦の舞台にする以上、非戦闘員である住人達を残すわけにはいかない。今から向かうのも、町の方に避難するように伝えるためだ。
「あ、エクスおにいちゃんだ! ねぇねぇ一緒に遊ぼうよ!」
エクスの姿を認めた少年が駆け寄ってきてせがむ。
「えっと、どうしよう」
「いいんじゃないですか? 事情を説明するくらいシェインだけでもできますし」
シェインはすげない反応。
「そうだね……。じゃあ任せてもいいかな」
「はい。あ、それと……」
去り際にシェインが言う。
「サードさんの考えは正しいと思いますよ。それじゃあまた後で」
こちらの反応を見もせず、そのままスタスタと歩き去るシェイン。
(あれは……もしかして……)
「あっちで遊ぼ!」
「……あ、あぁごめん。それじゃ行こっか」
「はぁ……、はぁ……」
「鬼ごっこもそろそろ飽きてきたねー」
「別の遊びしようか」
エクスは地面に座り込んで息を整える。周りにいる子供は十人をとうに超えていた。
毎日鍛錬は欠かしていないし、子供相手なら追いつくのは容易い。しかし、チョイスされた遊びに問題があった。
怪盗と警部補。いわゆる「けいどろ」である。この広大な神殿の中では、相手を見つけるだけでとんでもない距離を走らなければいけない。おまけに子供同士の遊びでは途中参加というのが当たり前なので、時間がたてばたつほど難易度が上がっていく。警部補チームになったエクスがへとへとになるまで走らなければならなかったのも仕方のない話だ。
他の調律の巫女一行ならもう少し要領よく手を抜いて遊びに付き合うのだろうが、それができないのがエクスの優しさであり、子供達によく遊びに誘われる理由でもあった。
「そういえば、今日は町にいって遊ばないの?」
エクスの問いかけに、リーダー格のやんちゃそうな少年が答える。
「町への道がぶっ壊れてるからいけないんだよ。母ちゃんに神殿から出るなって言われちゃったし……」
「そうだったね……」
「あ、そうだ!」
みつあみの少女が何かを思い出したようだ。
「町の子が教えてくれた手遊びがあるんだけど、それやってみない?」
「手遊び?」
「そうそう。まず向かい合って右手をあわせてね……」
各々ペアをつくって向かい合う。エクスのペアは、最初に遊びに誘ってきた少年だ。
少女のレクチャーでゲームを進めていく。やり方はシンプルで覚えやすいが、相手との駆け引きが要求される面白い遊びだ。
一通りレクチャーが終わると、面白いねーという声があちこちから聞こえてきた。
「でしょ? でもこれで終わりじゃないの。これをやる時には歌を歌いながらやるんだけど、覚えにくいからよく聞いといてね」
少女が節をつけて歌いだす。
「……⁉」
その歌詞を聞いた瞬間、エクスは思わず立ち上がっていた。急な動きに、皆がエクスに注目する。
「その遊び、誰から聞いたの⁉」
「え……? 町の子から教えてもらったって……」
「じゃあその子は誰から?」
「え、えーっと……確か旅の人に教えてもらったとか言っていたような……」
ピースが次々とつながっていく。
「あ、エクスおにいちゃんどこ行くのー!」
(早くこの事を伝えないと……! もう一人の正体は――)
「レイナ! 聞いてくれ! もう一人の正体が……」
本殿に飛び込んだエクスは、目の前の光景に言葉を失う。
部屋の真ん中に据えられていた大きなテーブルが隅にどけられ、その空いたスペースに五人の男女が横たえられていた。
「タオ、エイダ、クロヴィス、フント、エーゼル……。まさか……」
「いえ、命に別状はありません。大きな外傷も見られません。しかし……」
「意識が戻らないの。さっきからずっと呼びかけているんだけど……」
キュベリエの言葉通り、五人はまるで眠っているようだ。
「魔術の影響じゃな。おそらく、何らかの魔術の贄として使われたか」
扉を開け、シェリーが入ってくる。その後ろにブゥ兄弟。そして、
「シェイン……」
「シェインなら大丈夫です。取り返しのつかない事にはなっていないんでしょう? ならやることは何も変わりません」
口ではそう言いつつも、声からシェインの精神状態が伝わってくる。
「あなた達、体調はどう?」
「巫女様……。おらたちは大丈夫ですだ。けれどクロヴィスさんたちが……」
「えぇ……。シェリー、あなたの力でどうにかならない?」
「無理じゃな」
近くにいたフントの額に手を当ててシェリーが言う。
「正確に言えば、治療しても意味はない、じゃ。こやつらの意識は何らかの代価として奪われておる。こやつらを引き換えにして得たものを返さねば」
「そう……」
シェリーとコネクトし、その魔法に関する知識の深さを知っているレイナだからこそ、その言葉に偽りはないと分かるのだろう。レイナは憂いをおびた表情で五人を見る。
「しかし妙じゃな……。この魔術、一体……」
「サード達は? キュベリエが戻ってきたならサード達も戻ってきてるんじゃないの?」
「すみません……。捕まっていた人たちを連れてくるのが精一杯で、サードさん達を連れてくる余裕がなかったんです……。合図は送ったのでそろそろ戻ってくる頃だと思うんですけど……」
キュベリエが申し訳なさそうに言う。
「ねぇエクス。さっきもう一人の正体が分かったって言ってたけど……」
「そうだった! 二人の敵のうち、一人はキングブラックコッコちゃん。そしてもう一人は……おそらく詩竜ジャバウォックだ」
(これは……想定外なんてものじゃありません……!!)
「があああああああ!」
咆哮するジャバウォック。そして、その足元に転がる三人。
(まさか……一人で三人を圧倒するなんて……!!)
「ぐっ……うぅ……」
「なんて……ふざけた強さ……」
(私がジャバウォックの力量を計り間違えていた……? いえ、そんなぬるいものじゃありません。あれは……あの力はいったい何なんですか……⁉)
味方ですら恐怖を覚えるほど、今のジャバウォックの強さは常軌を逸していた。ジャバウォック自身が自覚しているかは分からないが、その力はアリスの想区にいた頃をさらに上回っている。
「おいニワトリ!」
ジャバウォックがキングブラックの方を向く。
「は、はい……!」
「この作戦、必ず成功させるぞ! そしてこの理不尽な世界を噛み砕いてやろう!」
(……「王」である私を畏怖させるとは……。もしかしたら私はとんでもない怪物を目覚めさせてしまったのかもしれません……)
すでに何度もビビってただろとか言ってはいけない。
だが、しだいにキングブラックの顔には笑みが浮かんでくる。
(いや、何を怖気づく必要があるんですか。今の私はジャバウォックと同盟を結んでいる! 味方にすればこれほど頼もしい存在もいません!)
「えぇ! 戦いの神は我らの味方です!」
その時、祠の方から爆発音が聞こえてきた。
「何事だ?」
すでにスーパーコッコちゃんスキャンを起動していたキングブラックは、すぐに状況を把握する。
「どうやら祠が崩れたみたいですね……。おそらく女神キュベリエの仕業でしょう。なるほど真の狙いはそっちでしたか……」
「追うか?」
「いえ、行った場所にしか『飛べない』私の力では、神殿に逃げ込まれたら打つ手がありません。それより儀式を済ませてしまいましょう」
「そうか。なら準備ができるまで、我は少し外す」
「はいはい」
ジャバウォックが向かったのは神殿の側を流れる河。川岸に立つと、向こう側にそびえ立つ白亜の神殿に目を向ける。
「なぜだろうな……。あの時から貴様に向ける感情は憎しみしかなかった……。幾星霜もの時を過ごし、やっと手に入れた
溢れ出す魔力がジャバウォックの周りを逆巻く。
「今の我に恨みや怒りという感情は存在しない。あるのはただ、覚悟のみ。レイナ・フィーマン、貴様の終わりを持って、我の運命を始めさせてもらうぞ!!」
一方キングブラックコッコちゃんも、同じように神殿の方を見ていた。
「いよいよ最後か……。この戦いが終わるまで、我は王の名を捨て、一羽のコッコちゃんとなろう。我が宿敵よ――貴様を乗り越え、我は再び王になる!」
偶然の出会いから始まった一つの事件。その終わりは、確実に近づいてきていた。
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