第19話

 キュベリエやシェリーのように、特殊な力を「視る」目を持っていなければ結界の存在は分からない。しかし、ある地点を通り過ぎた瞬間、


「何これ、中と外で全然景色が違うじゃない……!」


 サードの後ろに続くカッツェがそう呟いた。


『おそらく景色も偽装していたのでしょう。目標物はサードさんの前方300メートル先です』


 キュベリエは結界のほつれから祠の位置を確認し、サードたちをナビゲーションする役だ。


「おっけー。もう少し近づいたら散開するよ」


「大きい木に隠れればいいと思っていたけど……、思った以上に隠れ場所がなさそうだ!」


「むしろアタシとしてはやりやすくて助かるわね。今のアタシ、ちょ~っとだけ怒っているもの」


『残り200メートルです!』


「よし! ここで別れよう!」


「「了解!」」


 二人は手近にある木に隠れる。

 一人で走るサードの上空から、何かがきしむような奇妙な音が聞こえてきた。おそらく結界が崩れだしているのだろうとサードは判断する。


「キュベリエ、二人のうち一人はそのコッコちゃんの王だとして……。もう一人の正体について何か心当たりはある?」


『すみません、それが全然分からないんです』


「ブゥ兄弟の時みたいに、カオステラーの因子を持った想区の住民が王様と結託している可能性は?」


『それはありえません。もしカオステラーだとしたら私が気づかないわけがないですから』


「そうだよね。……っと、今どのくらい?」


『残り70メートル、あと少しで50メートルです』


「じゃあそろそろ始めようか。種も仕掛けもない大マジック、見せてあげるよ!」


 サードはかぶっていたつば広のハットを空中に投げる。

 しばらく空中を舞っていたハットがその裏地を不可視の目標物に向けて静止したかと思えば、そこから金色の砲身が顔をのぞかせた。

 サードの愛用武器である、拳銃を模したキャノン砲「ブローニング改AV7」だ。


「『イン・ロボール・フォルチュナ』! いっけー!」


 その掛け声と共に、ブローニングが火を吹いた。









「何か飲み物いります?」


「そうだな……。酒を持ってこい、一番強いやつ」


「はいはい……」


「……いや、ちょっと待て」


「何ですか?」


「代わりに我が持ってきてやろう。何が飲みたい」


「……え? じゃ、じゃあ、サンドリヨンを……」


「そうか。持ってきてやるからお前はそこで待っとけ」


 有無を言わさず、ジャバウォックはキッチンの方に消える。


「変わりましたね……。以前だったら何も言わなかったでしょうに」


(そういえば、全部終わった後の事を何も考えていませんでしたね。想区の支配? ジャバウォックだけでは圧政まっしぐらでしょうし、私もしばらくはここを離れられなさそうですね……。帰る時には、白のために綺麗な石の一つでも土産に持っていきますか……)


「持ってきたぞ」


「あ、ありがとうございます」


 梔子くちなし色のカクテルを受け取り、少し口に含む。ジャバウォックは、まるで水でも飲むかのように一息でグラスの中の液体を飲み干していた。


(それって酒に弱い人が飲んだら一杯でノックアウトするような代物なんですけど……)


「あ、そうだ。あっちの部屋に行ってみてくれませんか?」


「捕まえている奴の様子でも気になるのか?」


「いえ、そっちじゃなくてもう一つの方。今まで使っていなかった部屋です」


 怪訝な顔をして部屋の方に向かったジャバウォックだったが、十秒もしないうちに急いで戻ってきたかと思えば、


「お、おい! 風呂だ! 風呂があるぞ!」


「元々結界の術式の数合わせに造った部屋でしたし、使う予定もなかったので作ってみました。もちろん――」


 ニヤリと笑うキングブラック。


「コーヒー牛乳も調達済みです」


「……よくやった。昨日の事は不問にしてやる」


「まだ覚えてたんですか……」


 ウキウキと浴室へ向かうジャバウォックを見送り、キングブラックはベッドルームに引っ込む。


「さて……、それじゃあ私は昼寝でもさせてもらいますかね。よくよく考えれば、この想区に来てからずっと昼寝をしてませんね……。決めました! この想区を支配した暁には、法令で二時間のお昼寝タイムを義務付けましょう! 我ながらなんと素晴らしいアイデア!」


 名案をノートに書き留め、ベッドにもぐりこむ。十秒も経たないうちに、ベッドからは安らかな寝息が聞こえてきた。









「……なた、あなた!」


「うーん……。どうしたというのだ白よ……」


「もう。また寝ていたのね。いくら床がイエティの毛皮で作られた最高級品だからって、くつろぎ過ぎじゃない?」


 咎めるような口調だが、クイーンホワイトの顔はとても穏やかだ。


「そうか。ここは神殿か……」


 二羽は広大な広場の真ん中に座していた。緑豊かな広場は数十本の白い柱で囲まれており、神殿のどこからでも中央の広場に入ってこれるようになってる。


「まだ寝ぼけているみたいね。いっそ夕方のお昼寝タイムも作ろうかしら」


「それも悪くないかもな……」


「国王様ー!」


 中年の男が二羽のところに駆け寄ってくる。


「今月の分の穀物が届きました!」


「倉庫の方まで回しておけ」


「分かりました!」


(ふぅ……、フィーマンの想区を支配してはや三か月……。コッコ族の入植も順調に進み、いまやここはコッコ族の楽園というにふさわしい場所になった……)


 神殿の右手を見れば、森の方に神殿の屋根越しでも見えるほど大きな建造物が建てられているのが分かる。もちろんジャバウォック専用の浴場だ。あと数週間もすれば立派に完成するだろう。

 町の方にはコッコちゃんの居住スペースが作られている。大きさにして元の宿場町の半分はあるが、宿場町に隣接する形で新しく作ったものなので住人の理解も得られている。


(ここでの仕事が一段落したら、ジャバウォックと一緒に他の想区に向かおう。そしてコッコ族の楽園をどんどん広げていくのだ!)


「これぞ我の望んだ世界! この世の春! コケ―コーコッコッコー!」


 その時、キングブラックのくちばしの先に何かが落ちてくる。


「ん? なんだこれは……」


 キングブラックは上を見上げ――。


「な、なんじゃこりゃー⁉」


 空に亀裂が走り、砕けた空のかけらがポロポロ落ちてきていた。

 そして、一際大きなかけらがキングブラックを押しつぶすように落ちてくる……。








「はっ……! はぁ……、はぁ……。なんですか今の不吉な夢は!」


 夢の意味について思考をめぐらそうとした次の瞬間、轟音と共に祠が大きく揺れる。


「なっ……⁉ 『スーパーコッコちゃんスキャン』!」


 慌ててスーパーコッコちゃんパワーを展開。すると、祠のすぐ近くに一人の人間がいる事が分かった。


「これはサード⁉ まさかこの場所がバレるとは……!」


 どうやらサードは森の外に向かって移動しているようだ。


「ちょうどいい! あっちから来たなら潰させてもらいます!」


 スーパーコッコちゃんスキャンを解除し、サードのすぐ後ろに座標を合わせる。


「『スーパーコッコちゃんジャンプ』!」


 逃げるサードの背後に転移。


「げっ! もう来た⁉」


「覚悟しなさい!」


 放たれた火球を間一髪でかわすサード。


「見逃してよー! ちょっと手品の練習しに一人で来ただけなんだからー!」


「一人……ねぇ」


 怪盗らしい軽やかなステップで魔法弾をかわすサード。


「『黄昏時の送炎』!」


 炎の旋風が周りの空気を巻き込み大きくなりながらサードに迫る。


「くぅっ」


 サードはハットを巨大なハンマーに変え、辛うじてその攻撃を防御。

 

「今だ!」


 サードが叫ぶと同時、キングブラックの背後の木から緋色の弾丸が飛び出した。


「やぁーっ!」


「甘いですね!」


 ハーンの剣を両手杖でいなし、逆に相手の勢いを利用してサードの方に吹っ飛ばす。


「「いたぁ⁉」」


「事ここに及んで、たまたま敵のいる場所に一人で来たなんて言い分を信じるわけがないでしょう。一人が引き付けてもう一人が背後から襲う。見え透いた作戦です」


 さぁ覚悟しなさいと、キングブラックは杖を突きつける。


「『悔恨の……!」


「『炎と踊りなさい』!!」


 しかし、キングブラックが火球を生成するより早く、サードでもハーンでもない第三の声が響き渡る。


「ぐあぁぁぁぁぁ!!」


 業火の渦がキングブラックを焼く。しかも、それだけでは終わらない。火炎が一点に収束したかと思えば、無数の火弾に分かれて容赦なくキングブラックを打ちのめす。


「残念だったね。ボクの作戦はなんだよ。あの言葉も意識をハーンに誘導させるためのトラップさ!」


「さぁ、一気に決めるわよ!」


 カッツェが激しくギターをかき鳴らす。もう一度あの技を使う気だ。


(まずい……! 今あれを食らったら……!)


「大丈夫かニワトリ!」


 その時、上空からジャバウォックが降ってくる。フント戦で見せた長距離ジャンプだ。ただ、威力はけた違いであり、地面が揺れ衝撃で炭化した木の柱が崩れていく。


「全く、我が風呂を楽しんでいる間に面倒なことになっているな!」


「どんだけ風呂入ってたんですか⁉」


「ん? 入ってまだ二十分くらいしか経っていなかったと思うが……」


「こっちを無視してんじゃないわよ……!」


「ハーン、あれって……」


「そうだね……」


 ハーンとサードが左右に分かれ、三角形に二匹を閉じ込めるような形をつくる。しかし二人の立ち位置はそれぞれの武器の間合いからかなり遠い。これはむろん、カッツェが心置きなく暴れられるための配慮だ。


「一応聞いとくわ。他の皆は分かっているとして、フントちゃんに危害を加えたのはどっち?」


「どっちって……。フントと戦っていたのはお前だな」


「でもフントに関してはとどめさしたのあなたですし。あとブゥ兄弟を殴って気絶させたのもあなたですよね」


「なるほど……。要するに二人ともぶっ飛ばせばいいのね」


「あ、これまず……」


「テメエら覚悟はできてんだろうな……! 調律の巫女の身内に手ェあげたツケは高くつくぞゴラァ! まずは捕まっている奴らの人数分、想区引き回しの刑! その後テメエらがこの想区にいた秒数個、〇〇〇を×××にぶち込んでやるよ! それまでせいぜい懺悔の言葉でも考えとけ!!」


「おい、○○○とか×××って何のことだ」


「知らない方がいいですよ……。知ってもいいことないですし」


「グチャグチャ言ってないでかかってこいやゴラァ!」


「相手も待ちきれないようですし、やりますか」


 二匹もそれぞれの武器を構える。


「ここを超えればいよいよ最終局面です! 気合い入れていきますよ!」




 




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