第18話
――語り部よ、ジャバウォックを侮るべからず――
(また、この夢か……)
――君の怒りは分からない。でも、寂しいことだけはわかるよ。誰にも顧みられな
い悲しさは、何度も味わってきたから……――
(これは……昔奴が言っていた……)
――きっと、ジャバウォックは他の想区にも混沌を運ぶ渡り鳥となるだろう――
(渡り鳥か……。巣を持たず想区から想区へ渡り歩く。まるで奴らのようではないか……)
――空白の書の持ち主が介入し、変化した物語は新たな想区の原典となる――
――そうやって、少しずつ世界はその姿を変えてきたのかもしれない――
「……はぁ」
背中から地面の冷気が伝わってくる。どうやらベットから転げ落ちてしまったらしい。
立ち上がって服を軽く払う。変に埃っぽいと思ったら、寝ぼけて壁を砕いてしまったようだ。壁に空いた大穴から直接祠の外に出る。
祠の外はひどい有様だった。昨日までは木々の豊かな森だったはずだが、今や荒れ地にその景色を変えている。周りの木はほとんどがなぎ倒され、運よく残った木も尽く炭化して黒い柱と化していた。
「少し調子に乗りすぎたな……」
全盛期の強さが戻ってきたからと、全力をだしたのがまずかった。なんなら戦闘よりその後始末に費やした労力の方が多い始末である。おまけに、体の調子も良くない。
「まぁ、ニワトリよりはマシだがな……」
戻ってきたキングブラックは満身創痍といった様子だった。エーゼルを連れてくることには成功したものの、到底神殿に乗り込めるような状態ではない。
「何やら調整をミスったとか言っておったが……。本来の状態ではない時に力を使えばそうなるに決まっている……ん?」
何かを思い出したように、自分の手を見る。
「そういえば……この計画が終わればこの体ともおさらばか……。未練があるわけではないが……最後に一回くらい、銭湯に行っても……」
「ダメです」
シリアルを口に運びながら、キングブラックはそっけなく答える。
「なぜだ!」
「逆になんでオッケーがでると思ったんですか。あれだけ派手にやらかせば、町の住人にも何かが起こっている事くらい察せられます。今の町に行くのは自殺行為同然です。レイナ・フィーマンを倒して想区を支配した後に、あなた専用の巨大浴場を作らせればいいじゃないですか」
「むぅ……。それもそうだな……」
大分使い慣れてきたナイフとフォークで、豚の丸焼きを食べやすい大きさに切り分ける(もちろん買ってきたものである)。
「それで、あと誰が残っているんだ」
「あとはハーンにカッツェ、サード、それにシェインとエクスです。まぁ、彼らに関しては無理に狙う必要はないと思いますけどね……」
キングブラックが、クロヴィス達が寝かされている部屋に目をやりながら言う。
「調律の巫女一行の武闘派三人を捕まえられたのは大きいです。残ったのは、どちらかと言えば補助が得意なタイプ。空白の書の持ち主である二人は厄介ですが、今の私たちなら楽勝でしょうね」
「と、言う事は……?」
「早ければ明日、いよいよ神殿に乗り込みます」
「そうか……。ついにか」
「えぇ。という事で今日はしっかり休んで英気を養ってください。……その前に壊れた個所を補修しないといけないですけど」
「どうせあと数日で使わなくなる物だ。補修する意味はあるのか?」
「もちろん。この祠自体が一つの術式となって、森を覆うように結界を造っているんです。祠を隠しているのは『スーパーコッコちゃんカモフラージュ』ですが、それだけだと女神キュベリエに破られてしまいますからね」
「そういうものなのか」
「はい。……実は私も良く分かっていないんですけど」
「はぁ……」
抑えようとしても、無意識のうちにため息が出てしまう。
「朝から騒がしいですね」
「そりゃそうですよ。煙幕に茨の壁、地響き、おまけに神殿に行こうとしたら道が真っ二つになっている。騒ぎにならない方がおかしいです。先例もありますしね」
「……」
「……私たちは事の大きさを見誤っていたみたいね。本当は私たちだけで解決したかったんだけど……」
「どうするの? レイナさん」
「まず戦えない人達を全員避難させるわ。その上で、迎撃態勢を整える」
「それは……、ここで相手を迎え撃つということかい?」
「そう。シェインの推測が正しければ、相手の狙いは私一人。隠れて動く必要もなくなったし、おそらく数日のうちに勝負に出るはずよ。だからそれを万全の態勢で迎え撃つ」
はいはいとハーンが手をあげる。
「町の人にも協力してもらったら? ほら、あの時みたいに」
「呼びかけてはみるつもりよ。ただ……、プロメテウスの侵攻、それに無名の大群と戦った時の傷跡はまだ癒えてない。無理強いする事はできないわ」
「そっか……」
室内に重い空気が漂う。そんな中で言葉を発したのは、意外にもサードだった。
「作戦の内容は分かったよ。その上で、ボクから一つ提案があるんだけど」
「提案?」
「そう、囚われている皆を助け出すための作戦。キュベリエ、あれ出してくれない?」
キュベリエが机の上に地図を広げる。宿場町だけでなく、その周辺まで描かれたものだ。
「あの後、改めて周辺を調査してみたんです。そしたら、この森一帯に結界のようなものが張られているのが分かりました。結界といっても何かを閉じ込めたり、外部からの侵入を遮断するものではなく、外からの感知を防ぐものです。すりガラスを設置して、中のものを見にくくする……というのが感覚的には近いかもしれません」
キュベリエが、神殿から見て右側にある森をぐるりとペンで囲む。
「つまり、相手がここに本拠地を構えている、あるいは捕まえた人をここに閉じ込めている可能性が高いってこと。町の外に皆を隠している場所があるんじゃないかっていうおにーさんの予想は正しかったって事になるね。ボクたちが探っていたのは反対側の森だったけど」
「でも、それがフェイクで本当の拠点は別の場所って可能性もあるわよね。ここにある洞窟なんて隠れるのに最適じゃない」
カッツェが森の外れにある洞窟を指す。
「確かに……、距離的にもそう遠くないし、隠れ場所としては森より適しているわね……」
その指摘に対し、待っていましたと言わんばかりにサードが答える。
「そうなんだよね。ボクも最初はそう思っていたんだけど……。キュベリエ」
「今日になってなぜか一時的に森の結界が解除されました。そうしたら、森の中に祠とよく似た性質を持つ何かが存在することが分かったんです。そしてその中に複数人の反応も確認できました」
「ただ、森の結界を何とかしても、それ自体にも結界が張られていて普通に探していても見つからない。そこで、ボクたちが敵を引き付けている間にキュベリエが結界を解除して、中にいる皆を助け出す。キュベリエは女神パワーによるワープも使えるし、救出役にはぴったりだと思うんだ」
「幸い森の結界以外はスーパー女神パワーをベースにしたもののようですし、解除するのにそれほど時間はかからないと思います」
どうかな? とサードはレイナの顔を見る。
「たしかにキュベリエならすぐに戻ってこれるでしょうけど……。囮になる人はどうするの? それに敵二人と同時に戦うなんて危険すぎる。私は反対よ」
「あら、アタシは賛成するわよ? 虎穴に入らずんば何とやら、危険なんてもともと承知の上よ。それにあっちがフントちゃん達を人質として使ってくるかもしれない。相手の持ってるカードを一枚捨てさせられるってだけでも意味はあると思うわ」
「ボクも賛成だよ! ずっとやられっぱなしってのは悔しいしね!」
「そう……。ちゃっかり根回しも済ませているって訳ね」
レイナが大きくため息をつく。
「分かったわ。ただし、絶対に無茶はしない事! 少しでも危険を感じたら作戦の成否に関わらずすぐに撤退! これだけは守ってちょうだい」
「もちろんだよ、レイナさん!」
にっこりとサードが笑顔で返す。
「まさか……サードさん、あなた……!」
「勘違いしないでよ、シェイン。ボクがおにーさん達を助けたいだけなんだから。シェインの事なんて全然関係ないからね!」
「……ありがとうございます」
肩を震わせるシェインをそっとサードが抱きしめる。
「いい話ですね……!」
「なんで泣いてるのさ女神様……。というかこれってシェインのためだったの?」
「そうみたいね……。でもサードちゃんの作戦って確か……」
「だからシェインのためじゃないってばー。 だって……シェインには留守番しててもらうつもりだしね」
「………………えっ?」
「ニュフ♪」
「えええええええええええええ⁉」
「確かに大がかりな結界が張られておるのぉ。広範囲を覆っていながら、意識しなければ気づけないよう偽装工作も施されておる。よく練られた術じゃ、女神がすぐに気づかなかったのも無理はない」
「解除はできそうですか?」
「わしを誰と心得る。この程度の結界、崩すことなど造作もない」
シェリーは空に手をのばし、何かを手繰るように手を動かす。
「……ほい。結界の一部に綻びをつくった。完全に壊したわけではないから、あちらが気づくまでしばらく時間がかかるはずじゃ」
「こんなに簡単に⁉ さすが大魔導士!」
「昔の話じゃ。……それに、似ておったからな」
「似てた?」
「こちらの話よ。それより行くなら早うせい。結界というのは繊細な術式の下、成り立っておる。どんな巨大な結界でもアリの巣ほどの穴が作られればすぐに崩壊してしまうぞ」
「そうだね。どう、キュベリエ。視える?」
「はい! しっかり確認できます!」
「それじゃあ行こうか! 『ボクっ娘ボーイッシュコンビ』の力、見せてあげるよ!」
「アタシも忘れないでよね。というかハーンちゃんっておと……」
「細かい事はいいの! ……それじゃあ、作戦開始だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます