第17話

「……ご協力ありがとうございました。タオ兄について思い出した事があったらいつでも連絡してください」


「あぁ。……その、神殿の方で何かあったのか? タオも何かを隠しているようだったし……。もし私たちが力になれることがあるなら遠慮なく言ってくれ」


「お気遣いありがとうございます。また何かあれば、頼らせてもらいますよ」






「アンガーホースたちに言わなくて良かったのかい?」


「えぇ。下手に巻き込んで危険にさらすよりはいいでしょう。それに敵の全貌は未だ明らかになっていません。迂闊な情報共有は敵に情報を渡してしまう危険もあります」


「そうか。そうだよね……」


 歩きながら、シェインは手元のメモ帳をめくる。


「今までの情報を総合すると、タオ兄は午後の間ずっと、綾央さんと一緒に行動していたみたいですね」


「つまり綾央はタオが連れ去られる直前まで一緒にいた可能性が高い?」


「そういうことです。こんな時に、キュベリエさんがいればスーパー女神パワーでさらっと綾央さんを見つけられるんでしょうけど……。まったく、どこで道草を食っているのやら」


「あはは……ってあれ? あそこにいるのって綾央じゃないか?」


 エクスが時計塔を指さす。この町でもっとも高い建物である時計塔、その文字盤の横に小さな小窓があるのだが、そこから綾央が物憂げな顔をのぞかせていた。


「本当ですね。しかしなんでまた、あんなところに……」


 塔の小窓は、朝と昼にハーンが刻を告げるために設けられたものだが、塔の入り口は施錠されていないので誰でも入る事ができる。よってあの場所に綾央がいる事自体は不自然でもなんでもない。しかし、すでに日は沈みかけている。あれでは夕日はおろか、遠方の景色さえ見ることはできないだろう。

 二人は螺旋階段を上って綾央のいるところまで向かう。


「あ、エクスさんにシェインさん! 久しぶりー!」


 二人の来訪に気づいた綾央が笑う。


「お久しぶりです。いつ以来でしたっけ?」


「三か月くらい前に一緒にご飯を食べたのが最後じゃない?」


「そうでしたね。たしかあの時は……」


「……シェイン」


 エクスがシェインをつつく。


「失礼、つい脱線してしまうところでした。……こほん、綾央さん、あなたは昨日タオ兄と一緒にいたみたいですね。何をしていたか、シェインたちに聞かせてくれませんか?」


「タオさん? タオさんに何かあったの? 私は最近あっていないけど……」


 綾央は笑顔のままそう答える。人は何かを思案したり思い出そうとする時に、少なからず表情を変えるものだが、綾央の表情は微塵も変化しない。その事がシェインの疑惑を掻き立てることになった。


「しらばっくれるつもりですか?  あなたが昨日何をしていたかは分かっているんです! どんな些細な事でも構いません、タオ兄に何があったのか教えてください!」


「シェイン……」


 今でこそ平静を装えてはいるが、タオの行方が分からないという知らせが届いた時に一番動揺していたのはシェインだ。故郷である桃太郎の想区を出た時から兄と慕ってきたタオの安否が知れない状態、しかも百年前にも一度、タオとの離別を経験している彼女に対して、落ち着けというのは酷な話であろう。


「昨日……、タオさん……」


 シェインの必死の言葉を受けて、綾央の表情にも変化が現れた。しかし、それは何かを思い出そうとしている表情ではない。綾央の顔に浮かんだのは、深い苦悶の表情。


「あっ……あああああ! い、痛い……! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「綾央さん⁉ どうしたんですか綾央さん!」


 慌てて駆け寄るシェインの腕を払い、綾央は絶叫する。


「これは一体……!」


「とりあえずここから連れ出そう! ここはまずい!」

 エクスがワイルドの紋章持ちだった頃であれば話は別だが、今この場に回復職ヒーラーとコネクトできる人間はいない。今できることは、痛みに耐えかねた綾央が小窓から飛び出さないよう、ここから引き離すことだけだ。


「神殿まで行けばリアンに診てもらえる!」


「そうですね。気は進みませんが白薔薇さんにコネクトして拘束を……!」


「その必要はありません!」


 謎の声が聞こえてきたのとほぼ同時に、強い光が一瞬塔の中を満たした。


「その声はまさか……」


「よかったー。ぎりぎり間に合いましたー!」


 今まで誰もいなかった空間に、忽然と女神キュベリエが姿を現す。


「キュベリエさんじゃないですか。ずいぶんと遅い到着ですね」


「あのー……、実は昨日ホットケーキを食べすぎちゃって……」


「まさかそれでお腹を壊して寝込んでいたとか言いませんよね?」


「……スミマセン」


「はぁ……。そんなんだから駄女神って呼ばれてるんですよ」


「それで、キュベリエ。これはどういう事なんだい?」


 エクスが倒れこんでいる綾央を見ながら言う。先ほどまでの狂乱が嘘のように、綾央の表情は穏やかだった。


「どうやら綾央さんには魔術がかけられていたようです。それも記憶に干渉して抑圧する類のものが。完全に記憶を封じるものではなかったみたいですが、思い出そうとすると脳に直接攻撃がいくような質の悪い魔術です」


「本当に思い出そうとするだけで魔術が発動するの? それだとすぐに反応しそうだけど……」


「聞かれた事だけではなく、いくつかの要因が重なった結果だと思います。例えば、抑圧された記憶を触発するような何かがあったとか……」


「うーん……」


「綾央さん! 大丈夫ですか? シェインたちの事が分かりますか?」


 シェインが綾央を抱き起す。


「大丈夫……、全部思い出したよ……。あの日何があったのか……」


 タオと一緒にあちこちを回った事、その途中で行商人を名乗る男から毒の入った飴を渡された事、そして河の側でタオが二人に連れ去られた事。それら全てが綾央の口から語られた。


「そうですか……。やはりあの二人は……」


「シェインさん……、タオさんを助けてあげて……」


「分かっています。必ず助け出しますよ……!」


 キュベリエの力があれば神殿までは一瞬で戻れる。綾央を安全な場所まで送り届けた後、三人は神殿に急いで戻ったのだった。








 神殿に戻ったエクスたちは、一足先に戻っていたサードたち捜索組とレイナに綾央の話を伝えた。今までグレーゾーンにあった共謀説が確実になったのは大きな進歩であり、同時に謎を残すことになる。対人戦、それも近接戦闘においては調律の巫女一行随一であるクロヴィスを打ち破った格闘家――フィーリ・ドラグエットの正体だ。しかし、今考えるべきはそこではなく……。


「……エイダさんとエーゼルさんが心配ですね。もう戻ってきていると思っていたのですが」


「どうやらまだ町にいるみたいですね。エイダさんが建物の中にいて、そのすぐ近くにエーゼルさんもいます」


「キュベリエ、呼びかけはできないの?」


「すみません……。さっきから試してはいるんですけど、何らかの力が干渉していてうまく声が届けられないんです」


「それは妨害されているってこと?」


 レイナの問いかけに、キュベリエは首を横に振る。


「そういう感じではないんです。妨害というよりは、声を届けたい場所に別の力が展開されていて、それに跳ね返されて声が届かないと言った方が正確かもしれません」


「別の力……。干渉……」


「シェイン、どーしたの?」


「いえ、もしかしたら相手の正体が分かったかもしれません」


自称コッコ族の王であり、百年前の因縁からレイナに激しく憎み、レイナの後を継いだ再編の魔女一向に何度も戦いを挑んでは返り討ちにあう、存在そのものがふざけているのに能力だけは本物の不思議生物キングブラックコッコちゃん。二度目の邂逅からは、キュベリエの能力をコピーした結果規格外の力を使えるようになっている。


「……とまぁ、そんな方がいたんですけど」


「ごめんちょっと待って。情報量が多すぎて整理しきれない」


 レイナだけでなく、シェインとキュベリエを除いたこの場にいる全員が同じような状態になっているようだった。


「……ってまさかそれ、以前想区に来たのと同じ人……というかコッコちゃんなんじゃ」


 サードの言葉にレイナが顔を上げる。

 そう。以前に一度、フィーマンの想区はキングブラックコッコちゃんの襲撃を受けている。


「思い出したくもなくて忘れてたけど、そう、あのコッコちゃんの親玉が……」


「まさかそんな事が……」


 二月の想区の事件の後、キングブラックコッコちゃんはクイーンホワイトコッコちゃんと共に大人しくしているものと思っていたが……。懲りない鶏だとシェインは大きなため息をついた。


「でも、それだったら条件には合致するよね」


「えぇ。ただ、どうもやり方がらしくないんですよ。召喚したシャドウヒーローをけしかけて自分は最後の最後まで出てこないっていうのがいつものやり口だったはずですが……」


「いえ、今のキングブラックコッコちゃんはシャドウヒーローを召喚する事はできません。二月の想区の騒ぎが終わってからすぐに、そういう約定を結びましたから」


 キュベリエが補足を入れる。


「それなら二人のうち一人はコッコちゃんで確定でしょう。カオス・ハートの女王の時はロキさんの姿を借りていましたし。……姉御、考えるだけ無駄ですよ。そういう生き物と割り切るのが一番です」


「でもさ、そしたらエイダさんとエーゼルの近くに敵がいるってことにならない?」


「そういう事です、ハーンさん。キュベリエさん、エイダさん達のところまで移動する事は出来ますか?」


「えぇと、ちょっと待ってくださいね。今場所を調べて……」


 その時、窓の外に目をやったエクスが驚いた声を上げる。


「みんな、ちょっと来てくれ!」


 夜の闇、その中に浮かび上がる宿場町の一角から、煙が立ち上っていた。さらにその中から茨の壁がせりあがってきたのが遠目にも分かる。


「まさか……火事⁉ それにあの茨は……」


「いや、あれは多分煙幕だ。遅かったか……!」


「あぁ!」


 今度はエイダたちがいる場所を探っていたキュベリエだ。


「エイダさんの反応が消えました!」


「消えた?」


「はい。おそらくどこかに転移させられたんだと思います」


「キュベリエの力をコピーしたって事は、ワープも使えるってことね……。エーゼルはどこ?」


「神殿に向かってきています!」


「サード、シェインはキュベリエと一緒にすぐ向かって! エクスたちもいつでも動けるように……」


 次の瞬間、閃光が走った。それと同時に轟音が窓ガラスをゆらす。


「エーゼルちゃんよ!」


「行きます! スーパー女神パワ……きゃあっ⁉」


「キュベリエ⁉」


 見えない腕に殴りつけられたかのように吹き飛ぶキュベリエ。


「そんな……! があっていいわけが……! みなさん! 衝撃に備えてください!」


 直後、


「いったい何が……⁉」


「キュベリエさん!」


 すぐに体勢を立て直し、ワープの準備に入るキュベリエ。


「スーパー女神パワー!!」


 シェインとサード、そしてキュベリエの姿が消える。


「エーゼルちゃん……。おねがい、どうか無事でいて……」









「これは……!」


 シェインは目の前の光景に言葉を失う。

 神殿と町をつなぐ幅広の道。普段は多くの人が行きかうそこに、巨人が槌を振り下ろした跡のような巨大なクレーターが出来ていた。

 そしてクレーターを挟んだ反対側にいたのは、


「エーゼルさん!」


「……きま、したか……。まだ座標……の設定……完璧じゃないんですけどね……」


 エーゼルの側にいた青年がゆらりと身を起こす。


「なんだか疲れてる……?」


「なら好機! ここで捕えます!」


 シェインはロビン・フッドにコネクト。サードも武器をかまえ臨戦態勢に入る。


「キュベリエさんは下がってください!」


「ここ、で……捕まるわけには……いかないんですよ……!」


 青年が杖をふるう。放たれた炎は回転し、巨大な竜巻となってシェインたちの前に立ちふさがる。


「『黄昏時の送炎』……。それでは……失敬させてもらいますよ……」


「逃がさん! 『シャーウッドの疾風』!」


 三本の矢が風となり、竜巻に穴を穿つ。

 しかし、すでに青年とエーゼルの姿はそこにはなかった。


「キュベリエさん! すぐにエーゼルさんがどこにいるか探してください!」


「でもシェインさん。それは……」


「このまま見逃す気ですか⁉」


「シェイン、ここは一度撤退するよ」


 キュベリエに詰め寄るシェインを、サードが制する。


「サードさん!」


「今ボクたちがすべきことは、策も無しに突っ込んでいくことじゃない。一旦引いて、策を練るべきだ」


「でも!」


「一人で突っ走って捕まったら元も子もないでしょ。むしろ、シェインはそういうのを諫める立場だと思ってたんだけど」


「っ……!」


 サードの指摘にシェインが動揺する。それでも、以前のシェインなら食い下がっただろうが、


「……そうですね。少し熱くなりすぎたみたいです」


 感情をぐっと抑え、合理的な選択をとる。


「おにーさんたちを助けたいのはボクも一緒だよ。だからこそ、慎重に事を運ぶべきだ」


「分かっています。キュベリエさん、戻りましょう」


「……」


「キュベリエさん?」


「……あ、すみません。神殿に戻るんですよね?」


「はい。お願いします」


 三人が消えたことで、夜は再び静寂を取り戻す。破壊の爪痕を闇に隠しながら……。













「『ナイト・オブ・シールド』!!」


「ちぃっ! またこの攻撃か!」


 ジャバウォックの眼前に茨の塔が出現する。


「小賢しいわぁ!」


 巨大無名の一撃をもってしても崩れなかった茨の塔を、まるで薄紙を裂くようになんなく突破する。


(おかしい……!)


 この森に転移してから休むことなくジャバウォックの攻撃をかわし続けてきたが、それもそろそろ限界だ。


(話を聞く限り、クロヴィスとの勝負はほぼ互角のはず。しかしこれでは……!)


「終わりだぁ!」


「くっ……!」


 ジャバウォックの攻撃を紙一重でかわす。しかし、ジャバウォックは即座に体を回転させ、尻尾による追撃をくりだす。鎧をまとっていても意識を飛ばしそうになる衝撃がエイダを襲った。


「楽しいぞ……! もっと我を滾らせろ……!」


 放たれた矢を最小限の動きで回避し、再びエイダに詰め寄る。


(まただ! まさか、とでもいうのか……? もしそうならこいつは一体……⁉)


「『ナイト・オブ・シールド』!!」


「がぁっ⁉」


 ぎりぎりまで引き付けて最後の必殺技を放つ。茨の塔はジャバウォックを突き上げ、上空に吹き飛ばした。


「これで……!」


「はは、ははははは!」


 放たれた一矢は、竜の牙によって噛み砕かれる。上空から聞こえる哄笑は、絶望そのものだった。


「これで終わらせてやろう! 詩竜の爆炎、受けてみろ!!」


「詩竜だと? まさか、お前は――!」



 その直後、夜を照らす紅い華が爆発した。



 

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