第16話

「会計を頼む」


「はいはーい……ってエイダさんどうしたんですか⁉」


出てきた店員が驚いた顔をする。


「潰れてしまったようだ。我のポートワインを間違えて飲んでしまったのかもしれん」


「おかしいですね……。エイダさんって結構酒豪なんですよ。この前うちに来た時だって樽ごといくんじゃないかって勢いで飲んでいたのに……。どうします? 担架とか貸しましょうか?」


「いいや、必要ない。我が神殿まで運んでいこう。


 ドアを開けると、夜の涼やかな風が体を通っていく。この時間帯の町はまだ静かだ。もう少し夜が深くなれば、はしごしようと自主的に出てきた、あるいは騒ぎすぎて店主に追い出された酔っぱらいたちで賑やかになるだろうが。


『いやー、さっきの言葉、皮肉がきいてましたね! 悪のカリスマって感じのセリフでしたよ!』


「やめろ! 恥ずかしくなるだろうが! ……これでエーゼルのところに行けばいいんだな?」


『えぇ。相手がエイダを抱えて手がふさがったところを、私とあなたで挟み撃ちにして迅速に制圧します。町中で騒ぎを起こすことにはなってしまいますが、もうこの町ですることもありません。遠慮なくやっちゃいましょう』


「了解だ」


 エーゼルは、店から少し離れたところで所在なげに立っていた。


「貴公は……。エイダ殿との話はすんだのか?」


 今宵は新月。それに加えジャバウォックは街灯の灯りのとどかない場所にいた。すぐにエイダに気づかなかったのも無理はない。


「どうやら酒で潰れてしまったらしい。店で一番強いワインを何本もあけていたから当然と言えば当然だ。まぁ、話自体はその前に終わらせていたし、知りたい事があるならこいつが目を覚ました後に聞け」


 ぐったりとしているエイダを両腕に抱え、エーゼルに差し出す。


『エイダを渡したら、すぐに離れてください。魔法でそこら一帯を吹き飛ばします』


(殺しはするなよ)


『分かっていますよ。なにせ大切なですからね』


「……」


「……どうした?」


 なかなかエイダを受け取らないエーゼルをジャバウォックは急かす。


「早くこいつを受け取ってくれないか。我も早く宿に帰って休みたいのだが」


 しかし、エーゼルは手をのばさない。


「私の考えがもし間違っていたらすまない。貴公の気分を害した詫びとして、できる事はなんでもしよう。このつまらぬ命が欲しいなら、差し出すことも厭わぬ」


「なんの話だ! いいからさっさと」


「自慢ではないが、私は邪な考えには人一倍敏感でな。……貴公、一体何を企んでいる?」


「……!?」


「エーゼル!」


「なっ……がぁっ⁉」


 その時、腕の中で力なく横たわっていたエイダがばね仕掛けの人形のように跳ね起き、ジャバウォックの顎に痛烈な一打をくらわす。さらにそこから流れるような動きで追撃、蹴りがジャバウォックを吹き飛ばす。


「エイダ殿! 無事であったか!」


「あぁ。しかし、まだ本調子とはいかないな」


 エーゼルの側まで下がったエイダは体の動きを確かめる。その様子は、とても「白雪の眠り」の原液を飲んだようには見えない。


「ぐっ……なぜだ! あれを飲んだら二時間はまともに動けないはず……!」


「やはり睡眠薬の類だったか」


 エイダは落ち着き払って言う。


「旅をしていた頃、食事に毒を盛ろうとしてくる輩には何度も出会ってきたからな。お前がいるかもしれないとは疑っていた。わずかばかり口の中に入ってしまったが、ワインの大部分は飲んだふりをしただけだ」


「っ……」


(計画が狂ったな……。我が二人まとめて相手するか?)


『お願いします。まだ私の存在はバレていません。隙をついて魔法で倒せば……!』


「そこにいるのは分かっている! 悪しき存在が、我が正義の眼から逃れられると思うな!」


『なっ!? 気配は完璧に消していたはずなのに!』


(おい、どうするんだニワトリ!)


『「賢老の騎士」エーゼル……! くどい自慢話と猪突猛進っぷりだけが取り柄だと思ってノーマークでしたが、こんな力があったとは……! とんだダークホースです! まぁロバなんですけどね!』


(つまらんこと言っている場合か!)


『まぁ安心してください。相手のとる行動は大体予想ができます。今から作戦を伝えるので、余計なリアクションはしないでくださいね』


「……いやー、まいりましたね。まさか私の存在を看破するとは。大した慧眼の持ち主です」


 ジャバウォックの背後の暗闇から、キングブラックが姿を現す。


「見え透いた世辞はいい。お前たちが皆を連れ去った犯人だな」


「もしそうだったらどうします?」


「……お前たちを倒し、連れ去った者たちを返してもらう。神殿に――私たちの仲間に手を出した事を後悔するがいい!」


 エイダが弓に矢をつがえ、エーゼルがサーベルを抜き放つ。


「怖いことを言うじゃないですか。私たちはただの旅人ですよ?――――レイナ・フィーマンを憎んでいるだけのね!!」


 エイダが射るより早く、キングブラックが手に持っていたものを地面に叩きつけた。


「これは……煙幕か!」


 白煙がたちまち広がり、辺りを白一色に染める。


「奴ら、逃げる気か!?」


「いや、そうじゃない。あれを見ろ」


 白い壁の向こう側、はためく黒い影と踊る火炎が微かに見える。


「ここで、私たちを倒すつもりのようだ。……エーゼル、先に神殿に向かってくれ」


「エイダ殿! まさか一人で奴らを相手どる気か!?」


「あの男が言っていた事を聞いただろう。奴らの狙いはレイナだ。一刻も早くこの事を伝えなければ、レイナ、ひいてはフィーマンの想区全体が危険にさらされる」


「しかし無茶だ! クロヴィス殿を破った相手に加えて、実力が未知数なもう一人も相手にしなければならないのだぞ!?」


「私の異名を忘れたのか? 『白き盾』は悪に決して屈しない。それに、騎士道を解するあなたなら私の覚悟も分かってくれるはずだ」


「つっ……!」


 悩むべきことなどなかった。


「……ご武運を!」


 エイダを残し、エーゼルは神殿に向かって走り去っていく。


「こい! 茨よ! 壁となって悪意を阻め!」


 エイダの呼びかけに応え、現れた茨が神殿までの進路を阻む壁となる。


「話は終わったようだな! さっそくいかせてもらうぞ!」


 それと同時に、白煙を吹き飛ばしながらジャバウォックが突っ込んできた。


「はぁぁぁ!」


「ぐらぁっ!」


 炎をまとったジャバウォックの一撃を、腕をクロスして受け止める。


「くっ……!」


 並みの盾では防ぐことすらできない炎渦の拳を受けきり、さらに体勢を即座になおして追撃に備える。


 しかし。


(追撃がこないだと……⁉)


「全く、この恰好に夜風はこたえる。ニワトリのがなければ凍えていたぞ」


 ジャバウォックはに袖を通して不敵に笑む。


「まさか……!」


「さぁ、存分に果たしあうぞ!……と言いたいところだが」


 ジャバウォックが一気に距離を詰める。


「暴れまわるのにここは少し手狭だ。!!」


「なっ……!」


 ジャバウォックとエイダの周りに魔方陣が現れる。


「罠か⁉ このっ……」


 次の瞬間、周りの景色が一変した。人工的な石造りの建物は消え去り、街灯の光に隠されていた星々の光が降り注ぐ自然の中に二人は放り出される。


「ここが我と貴様の戦いの舞台だ。闘うぞ、エイダ!」


 漆黒の尻尾が周りの木を薙ぎ払う。


「このエイダ、悪には決して屈しない! いくぞ!」










「チェストォォォォォォ!!」


 エーゼルの振るうサーベルが石畳を砕く。


「っぶなぁ……! サーベルってああいう風に使うものじゃないでしょうに……!」


 質より量と、キングブラックは魔法弾を連続射出する。


「きかぬ!」


 エーゼルはサーベルを振るい魔法弾を一掃。撃ち漏らしたものがエーゼルを直撃するが、気にすることなく駆け抜ける。


「どんな体のつくりしてるんですかあれは! もう何発当ててると……!」


 煙に紛れて場を離れ、エーゼルを待ち伏せしていたキングブラックだったが、執拗な妨害にあってなお、その進撃は止まらなかった。サーベルの一振りで大半の攻撃を防ぎ、残った攻撃はその屈強な体で受け止める。攻撃を通さないのではなく、全ての攻撃に耐えきるという形の「鉄壁」。


(「賢老」ならぬ「堅牢」ですか! まったく下らない洒落ですよ!)


 自虐しながら「悔恨の鬼炎」を放つ。


「はぁっ!」


 巨大な火球もサーベルで両断され、爆散する。

 そして、エーゼルの足が町と道を分ける門を踏み越えた。


「神殿まであと少し……! 我らブレーメン! 貴様のような卑劣漢の妨害に止める足など持ち合わせていない!」


「くっ……! いきなさい!」


 杖から流れ出た蛇の大群がエーゼルの前に立ちふさがる。


「無駄だ! 我が信念の光、とくと見よ!!」


 サーベルが眩い輝きを放つ。


「『騎士奮迅』!! チェストオォォォォォォォォォォォ!!!!」


 耳を震わすような轟音と閃光が炸裂する。


「これは……、まずい……!」


「ふはは! 今の音と光は神殿まで届いたはず! すぐに仲間が来てくれるだろう! さぁ、大人しく降伏せよ!」


「これが狙いでしたか……!」


 エーゼルの言う通り、神殿にいるレイナ達はすでに気づいているだろう。ワープを使えるキュベリエがいる以上、いつ援軍がきてもおかしくない。ここから逆転するのは不可能かに思えた。


「……本当は最後まで取っておきたかったんですがね……。まぁ本番前に試してみるのも悪くないでしょう……」


 しかし、今までエーゼルの後ろを走って妨害に徹していたキングブラックが、自らエーゼルの進路を塞ぐ。それを見て、エーゼルも下していたサーベルを再び構えた。


「なぜ、私の前に立ちふさがる。もう勝負はついた。それとも……まだ抗うつもりか?」


「終わってなんていませんよ。、見せてあげます……!!」














 バサッ……! バキッ……! メキメキ……! ゴウッ……! ギャリギャリギャリ……!!


「コ……ケェ……!!」



 

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