第15話

「シェイン、カッツェ、報告をお願い」


「……はい。ブゥ兄弟の失踪に、黒服の男が関わっているのはほぼ間違いないです。二人が連れ立って町の外にでるところを見た人がいました。クロヴィスさんやタオ兄の件に関わっているかは分かりませんが……」


「次はアタシね。例の女の格闘家の話なんだけど……、その黒服の男と何度か接触しているのが目撃されているわ。ただ、同じ旅人同士面識があっただけかもしれないし、二人のつながりを示すには少し弱いわね。お互いばらばらに行動しているみたいだし……」


「そう……。二人とも、それにエクスもありがとう」


 レイナは椅子に深々と沈み込む。

 

「とにかく、悪意を持って動いている相手の存在が確定した以上、私たちはそれに全力で対処しないといけないわ。みんな、これを見てちょうだい」


 レイナが、宿場町の地図を机の上に広げる。


「カッツェの情報を基に、二人が現れた場所に印をつけた地図よ」


「これは……えらく偏っているな」


 地図を覗いたエイダがそう呟く。


「そう。これを使えば、行動範囲を絞ることも可能になる。シェインとエクスは、地図を参考にして黒服の男の捜索をお願い。キュベリエにも連絡したから、しばらくしたら合流できると思うわ。もし見つけたら、尾行してどこに行くのか確かめて」


「その場で捕まえなくていいんですか?」


「相手の力量が分からない以上、町の中で戦闘になる事態は避けたいところね。相手の狙いはおそらく神殿、というより私たち。だから、なるべく町の人は巻き込みたくないの」


「がってんです」


「エイダとエーゼルはもう一人の方をお願い。こっちはまだ完全なクロと決まったわけじゃないから、話を聞くだけでいいわ」


「クロヴィスとの勝負のあとの事だな。このエーゼルにお任せあれ!」


「カッツェ、ハーン、サードはクロヴィス達が閉じ込められている場所を探って。宿場町は広いけど、人間を複数人隠せる場所はそれほど多くない。となれば……」


「あ、レイナ、ちょっといいかな」


「どうしたの?」


「その事なんだけど、気になる話を聞いて……」












「……おい。おい、聞こえているか」


『聞こえてますよ』


「そうか、ならいい。しかしこのなんちゃらテレパシーというのも便利なものだな」


『そりゃもともと何でもありな女神の力をベースにしていますから』


 現在、ジャバウォックがいるのは昨日タオがいた河の傍。キングブラックは家と家の狭い隙間に身を忍ばせている。


『神殿側も本格的に動き出しましたね』


「タオが消えたからか?」


『おそらく。ただ、クロヴィスとフントを誘拐しなければならなくなった時点で、遅かれ早かれこうなっていました。むしろその前にタオを排除できたのは僥倖といっていいでしょう。それに……は終わりました。わざわざ危険を冒して行動する必要も、もうありませんよ』


「それはどういう……」


『あ、ちょっとテレパシー切りますね』


「おい、質問にこた」


 スーパーコッコちゃんテレパシーを終了すると、キングブラックは店で買った地図を壁に広げる。


「さてさて……っと動きにくいですね……。ジャバウォックと隠れ場所変わってもらうべきでしたか……。ふぅ……『スーパーコッコちゃんスキャン』応用版!」


 実は、スーパーコッコちゃんパワーは同時に三つ以上使うことができない。今はスーパーコッコちゃんマジックを常時発動させている状態なので、必然スーパーコッコちゃんパワーは一つしか発動できない。

 他にもスーパー女神パワーと比べた時に劣っている点はいくつかあり、不思議生物キングブラックコッコちゃんといえども、女神の力を完璧にはコピーできなかったようだ。もっとも、もしそうでなければいよいよキュベリエの立つ瀬がないが。

 キングブラックの力により、人を表す赤い点が次々に表示されていく。


「ふむふむ……、エイダとエーゼルはまだ町の中にいますね。……おや? これは……?」


 町の東側に存在していた四つの赤い点、そのうちの三つが突然消えたのだ。


「スーパーコッコちゃんスキャンの不具合ですかね? 消えたのは……シェインにエクス、それに……女神キュベリエ⁉ 来るのが思ったより早い……」


 キングブラックの見立てでは、キュベリエが来るのは一日か二日後だったのだが。レイナの決断が早かったのだろう。


「しかし消失の原因は分かりました。不具合ではなく、女神パワーで神殿まで飛んだのでしょう。ということは、今この町にいるのはエイダとエーゼルのみ……この好機を最大限生かさねば……!」


 すぐにスーパーコッコちゃテレパシーでジャバウォックに回線をつなげる。


「おい! さっきから我が質問しようとする度に通話を切るのはなんなんだ! 食ってやろうか⁉」


『こ、こけー……じゃなくて! チャンス到来です! 今すぐエイダに接触して下さい!』


「エイダだと? 今日はもう撤退する予定ではなかったのか?」


『事情が変わりました。上手くいけば、エイダとエーゼル、二人一気に捕まえられるかも知れません。あれ、まだ持ってますよね』


「あぁ」


 ジャバウォックは、懐から赤い液体で満たされた小瓶を取り出す。

 「白雪の眠り」。それが液体の原料となる植物の別名だ。一部の想区では睡眠導入剤の素材として知られている。もっとも、それは薄めた状態で使えばの話であるが。


『効果はすでに実証済み。あとはそれを混ぜ込むタイミングですね……。シナリオは私が考えます』


「頼んだぞ。……へぷしっ」


 多少暖かくなってきたとはいえ今の季節、夜に水辺にいるのは少々堪えるか。ジャバウォックのような薄着であればなおさらだ。やっぱり場所を変わっておくべきだったなと、自分の外套を見ながらキングブラックは思うのだった。








「我の事を探し回っているとかいうのは貴様のことか?」


 今日一日、エイダとエーゼルはおろか見たという人すらいなかった女格闘家は、今になってふらっと目の前に現れた。


「あ、あぁ。そうだが……」


 予想外の事態に困惑しながらエイダは答える。たった今、エイダは女が泊っているという宿屋から出てきたところだった。彼女が帰ってきているかの確認だったが、答えはノー。おまけに毎日宿に戻っているというわけでもないらしい。

 それを聞いてエイダが疑いを強めたところに、その疑念を払拭するかのようにタイミングよく現れる。エイダでなくても警戒すべき場面だろう。


「我にはやましい事もないわけだし、周りをちょろちょろされるのも気に食わん。聞きたい事があるならなんでも答えてやるぞ?」


「不快に感じていたのなら申し訳ない。だが、この町で起こっている事件についてどうしても二、三聞きたい事があるのでな。協力してくれるとありがたい」


 挑発するような口調のジャバウォックに対し、あくまで堂々としているエイダ。


(さすがですね。ここで会話の主導権を握っておきたかったのですが……)


「もちろんだ。話ついでにあそこの店で飯にするというのはどうだ? まだ夕飯を済ませていなくてな」


「い、いや、そこまで長くなる要件じゃ……」


「気にするな。我が食べたいから店の中で話そうと言っているのだ。心配しなくても、貴様の分の代金位払ってやるさ。それとも……ここでないと?」


「くっ……、分かった」


(よし、かかりました!)


 相手からしてみれば、自分の事を探し回っていたエイダは明らかに不審な人物。変に相手の要求を突っぱねれば、ますます訝しまれることになる。


(おそらくジャバウォックがこの事件に加担しているかどうかについては、あちらも確証がない。無実の可能性がある以上、相手も強く出れないと踏んだわけですが……)


 ちなみにジャバウォックの言うセリフは、全てキングブラックが考えている。


「あと一人、仲間がいる。彼を呼んでから……」


「待て、その仲間というのは男なのか?」


「あぁ、そうだが……」


「ならば、そいつは店の外に待たせていてほしい」


「理由を聞かせてくれ」


 エイダの目が鋭くなる。


「理由は今は言えない。ただ、貴様らが聞きたい事に関係するであろう内容とだけは言っておく。?」


「……分かった。もとより無理を言ったのはこちらだ。あなたがそうしたいのならそれに従おう」


 少し待っていてくれと言って、エイダは足早にその場を立ち去る。


「お疲れさまでした」


「来ていたのか」


 暗闇からキングブラックが姿を現した。


「保険をかけとかないといけませんからね。スーパーコッコちゃんテレパシーの範囲もそれほど広くないですし」


「それより、エーゼルを外に出した理由とやらはちゃんと考えたんだろうな」


「もちろん。ちょっと失礼しますよ」


「っ! 何をする!」


「ぐはぁっ‼ ……痛ぅ……。今のあなたは最初に比べて相当パワーアップしているんですから、同じノリで殴らないでくださいよ……」


「いきなりそんな事する方が悪いだろ!」


「そりゃそうですけど……っとそろそろ戻ってきますね。それじゃあ頼みましたよ」


 キングブラックが路地に引っ込む。エーゼルを連れたエイダが戻ってきたのは、それからすぐの事だった。






 



『店の中の状況はどうですか?』


(混みあってはいないが、客が全くいないというわけでもない。他の客は家族連れが多いな)


『上出来です。それじゃあ後は私に任せてください』


「名乗りが遅れたな。我はフィーリ・ドラグエット。貴様は何が聞きたいのだ」


 ワインを片手にジャバウォックは言う。常に威丈高いたけだかに。これがキングブラックから出された指示だった。もっとも、平時から不遜な態度のジャバウォックにとってはあまり気にすることではなかったが。


「私はエイダ。先日、クロヴィスという男と決闘広場で勝負した時の事を少しな」


 対面するエイダの手元にもワインの注がれたグラスがある。最初はワインを飲むことを渋ったエイダだったが、ジャバウォックに押し切られ、店で一番弱いワインを頼むことになった。一方ジャバウォックのワインは店で一番度数の高いポートワインと呼ばれる種類のものだ。


「あぁ、あの時か。あの男との闘いは実に楽しかったぞ。願わくばもう一度闘いたいところだがな」


「……実は、あの後クロヴィスの行方が分からなくなっている。当時決闘広場にいた人によると、クロヴィスを神殿に連れて行ったのは」


「ほう……つまり我を疑っていると?」


 遮るようにジャバウォックは言う。


「もちろん、あなたがクロヴィスを誘拐したとは思っていない。しかし、話を聞く限りクロヴィスを最後に見たのはあなただ。彼がどこにいったのかを知るために、あなたの話を聞かせてくれないか」


「拒否する理由がないな。我が覚えていることは全て聞かせよう」


 そのタイミングで、二人分の料理が運ばれてくる。やはり、エイダとは対照的にジャバウォックの料理は豪勢なものになっている。これに関してはジャバウォック自身が注文したものだが。


「あっ……」


 ジャバウォックの手からグラスが滑り落ちる。横倒しになったグラスからは真紅の液体がこぼれだし、白いテーブルクロスをみるみる紅に染めていく。


「フィーリ殿、大丈夫か⁉」


「あ、あぁ。我は問題ない。それよりテーブルの下に置いてあった貴様の荷物は濡れていないか?」


 エイダの視線がテーブルの下に一瞬それる。


「……」


「……大丈夫みたいだ。お互い何もなかったようで何よりだな」


 店員に汚れたものを替えてもらい、新しくワインを注文した後、改めて二人は料理に口をつける。


「……勝負の後に我が何をしていたかだったな。クロヴィスを担いで町を出たところで、しばらく休息をとっていた。奴は魔力を使い切った事で一時的に動けなくなっていた状態だったので、しばらくしたら魔力が回復して動けるようになったらしい。それで、奴とはその場で別れた」


「休息を? 神殿までは行ってないのか?」


「あぁ、本当はそこまで連れて行きたかったのだが、『呪い』のせいでな……」


「「呪い?」」


「「……」」


「……いや、なんであなたまで訝しんでいるんだ」


「き、気にするな! それで呪いというのは……」


 突然ジャバウォックが黙ってしまう。


「ど、どうした? まさかそれが呪い……?」


「い、いや、何でもない……それよりこれが呪いの紋章だ……」


 何やら覚悟を決めた顔で、ジャバウォックは胸元に手をかける。そして、胸を覆っていたプレートを少しずらした。


「これは……!」


 姿を見せたのは、皮膚の下で蠢く黒い文様。大量の蛇が絡み合ったかのように蠢くそれは、見るものに生理的嫌悪感を催させる。


「これが我がその身に受けた呪いだ……(お前帰ったら本当に食ってやるからな!

せいぜい最後にやりたい事を済ませておけ!!)」


「何か言ったか?」


「き、気のせいではないか? とにかくこの呪いのせいで我は時折力がまるで出せなくなるのだ」


「……なる……ほど……。つまり…………」


「…………」


「ふぅ。やっと寝たか……」


 証拠隠滅のため、スープの中にエイダのワインを流し込む。


「これでよし。あとは……」



 


 

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