第13話
―瞳に炎めらめらと……現れ出でしジャバウォック……―
「我は詩竜ジャバウォック! 敵対にして破壊の竜なり!」
―宵闇森より、しゅるしゅると……吼え鳴き吠えて、襲い来る……―
「我を恐れよ! 全身全てに我の恐怖を刻め!」
― 一、二、一、二。貫きてなおも貫くヴォーパルの剣……―
「我は恐怖を体現せしもの! 我は――――」
「――――!!」
飛び起きた拍子に、汗が顔をつたう。
「……夢か」
同じ部屋で寝ていたはずのキングブラックコッコちゃんの姿が見えない。おそらく先に起きて、外に出ていったのだろう。
寝室となっている祠の一室を出ると、すぐにキッチンに入る。
キッチンのカウンターには、キングブラックが用意したのか、こぶし大の焼かれた肉塊が皿の上に置かれている。ジャバウォックとしては生の方が好みなのだが、キングブラックいわく変身中は生食を避けた方がいいらしい。
「お前……!」
キッチンのすみでもぞもぞ動くものがいる。三匹の子豚、ブゥ兄弟。その長男……?だ。ぐるぐる巻きにして三匹仲良くキッチンに放り込んでおいたのを忘れていた。
「クロヴィスさんとフントさんに……何をした……!」
「さぁな。知りたいならあのニワトリに聞け。まぁ、死にはしてないだろう」
肉塊を飲み込み、ブゥ兄弟の罵声を背にしてキッチンを後にする。
キングブラックが創ったこの祠には、中心に位置するメインルームの他に、四つの部屋が存在する。それぞれ東西南北に一つずつ。真上から見れば十字架のような形になるだろうか。
次にジャバウォックが足を運んだのは、キッチンの反対にある部屋だった。他の部屋と比べて生活感のないその部屋には、薄布が一枚敷かれているだけだ。
「……」
ジャバウォックは、横たわる青年をじっと見つめる。
拳を握れば、あの時の熱い感情がありありと蘇ってくる。
「あれ、もう起きてたんですか?」
「んな⁉ い、いきなり入ってくる奴があるか!」
「いきなりもなにも、扉開きっぱなしじゃないですか……。というかここで何を?」
「……お前には関係のない話だ。お前こそ、そんなもの持ってどこに行っていた」
外から帰ってきたらしいキングブラックは、おつかいに使うようなかごに奇妙な草を大量につめていた。
「昨日ここを出るときに、少し面白いものを見つけたので。いやー、まさかこの想区にも自生しているとは」
キングブラックは、真っ赤な先の部分がカールしたその草をかごから取り出してみせる。
「次の作戦では、さっそくこれに活躍してもらうとしましょうか」
「クロヴィスが帰ってない?」
「えぇ。フントも帰ってこなかったって……」
今、本殿にいるのはタオとレイナ、そしてカッツェだ。
「フントちゃんが神殿に帰ってこないことが無かったわけじゃないけど……。ブゥちゃん達のことを考えると少し気がかりね」
エクスとシェインの調査では、ブゥ兄弟についての有益な情報は得られなかった。ブゥ兄弟が旅人らしき男と話していたという目撃情報はあったものの、誘拐するだけの動機も見つからず、それだけでその男が犯人と断定するのは難しい。
となると結論は自然にブゥ兄弟の家出、という事になるが、彼らを知っている者程その結論には首をかしげざるを得ないのだ。
「何か、この想区でよくない事が起こっている、そういう気がするの……。タオ、あなたはキュベリエにも連絡を取るべきだと思う?」
レイナの問いかけに、タオはしばし考え込む。
「……少し、考えすぎだと思うぜ。ブゥ兄弟ならともかく、あの暴力執事を誘拐できる奴なんてそうそういないだろ。フントだってそうだ。夜まで手合わせして、そのまま誰かの家に転がり込んだ可能性だって十分にあるわけだし、そこまで事態を重くとらえる必要もないんじゃねぇか?」
「それはそうだけど……」
「というかお嬢、また夜遅くまで仕事してたな?」
「えっ、い、いやそんな事……」
「髪はぼさぼさだし、目の下にクマができてる。その状態でそう言い張るのは、ちょいと厳しいんじゃないか?」
「女の子なんだから身だしなみはちゃんとしないとダメよ? エクスちゃんもいるんだし」
「うぅ……」
カッツェが髪を整えはじめる。レイナはされるがままだ。
「心配しすぎるなとは言わねぇが、ここ最近のお嬢は頑張りすぎだ。今だって朝から夜まで働きづめだし、これ以上気を張ったら倒れちまうぜ? 心配事があるなら俺らに任せて、お嬢は調律の神殿のトップらしくどんと構えてればいい」
「そうそう。レイナちゃんのためならいくらでも力になるわよ」
二人の言葉に、少しレイナの表情が緩む。
「そうね。じゃあ、クロヴィス達の事は任せてもいい?」
「任せとけ! なに、エクスやシェインもいるんだ。ブゥ兄弟がどこに行ったのかもすぐに分かるさ」
「アタシも情報を集めてみるわ。『夜の帝王』の情報網を甘くみないでよね」
「二人とも……ありがとう。それじゃあ私は仕事に……」
立ち上がりかけたレイナの肩をカッツェが掴む。
「カ、カッツェ……?」
「まだ髪をなおしただけじゃない。えーっと、とりあえずクマを隠すためにお化粧をしなきゃね。まさかレイナちゃん、机で仕事しながら寝ちゃったわけじゃないわよね? もしそうだったら……」
「いや、自分の部屋に戻るだけだから……」
「それが終わったら神殿の作業を手伝いにいくんでしょ? だったら今のうちに身なりを整えておかないと。ほら、アタシのお化粧道具と香水貸してあげるから」
「タオー……」
「ははは……」
その様子に苦笑いをして、タオは本殿を後にしたのだった。
「それで、この板を図面通りの形にすればいいんじゃな?」
「あぁ。いつぐらいに出来上がりそうだ?」
「そうじゃな……。普通なら二日はかかるが、わしなら一日……いや、今日の夕方までには完成させられるじゃろうな」
「ほんとか! 助かるぜじいさん!」
「だてに三十年この商売で飯を食ってはおらん。それに神殿からの依頼じゃからな。普段の恩を返す機会なぞ、祝祭の時くらいしかないわけじゃし、全力で取り掛からせてもらうぞ」
板金屋を出たタオは、手元のメモを見る。
「あとは夕方にじいさんのところに行けばいいだけか……。空いた時間はクロヴィスとフントの事でも尋ねるか。ま、あいつのことだ。もう神殿に帰って、お嬢に怒られているかもな」
「あ! タオさん、ちょっとよろしいですか?」
声をかけてきたのは、町で八百屋を営む一家の次男坊だ。
「おう、どうした」
「いえ、実はクロヴィスさんの荷物を家で保管しているんですが、それを引き取ってくれないかなーと」
「クロヴィス?」
「はい。クロヴィスさんは、昨日のうちに神殿の誰かが取りに来てくれるって言ってたんですけど……」
「荷物を置いてもう一回取りに来るって、なんでそんなややこしいことを……。まぁいいや。そこまで案内してくれるか」
「はい!」
次男坊が向かったのは、八百屋の裏手だった。
「これは……」
神殿の中でも大きなサイズの荷馬車にどっさりと積まれた荷物。荷を引く馬は暇そうに牧草を食んでいる。
「さすがにこれを何日も放っておくわけにはいかねぇよな……。なんでクロヴィスはこいつをお前のとこに預けたんだ?」
タオの質問に、次男坊は驚いた顔をする。
「あれ、知らないんですか? 昨日クロヴィスさんが旅の人と広場で闘った事」
「そんな事があったのか?」
「えぇ。いやー、すごい勝負でしたよ。あんな激しい闘い初めて見ました。結果としてはクロヴィスさんの負けで、相手の方が動けなくなったクロヴィスさんを神殿まで運んでくれるって話になったんですけど……」
「ちょ、ちょっと待て。クロヴィスが負けた⁉ それは本当か⁉」
「本当ですよ。僕も最初は自分の目が信じられませんでした。まぁそんなわけで、クロヴィスさんが荷物を持って帰れるような状態じゃなかったから、しばらく家で預かるって話になったんです」
「……」
「あの、タオさん……?」
「……あ、あぁ。じゃあこの荷物はもらってくぜ。シュタルクの牧草もわざわざ買ってきてくれたんだろ? その分の金は……」
「あぁ、いいんです。普段から神殿の方々にはお世話になっているんで、このくらいは当然ですよ。むしろこれでお金をとったら僕が母ちゃんにぶん殴られます」
「そ、そうか…」
タオも彼女の怖さを知っているだけに笑えない。
次男坊に見送られながら、タオは荷馬車と共にその場を離れた。
(クロヴィスを倒せる実力の持ち主……、そんな奴がいるとはなぁ)
クロヴィスを誘拐できる奴なんてそうそういるわけがない。その前提が崩れてしまったわけだ。
次男坊は、クロヴィスを倒した相手は旅人だと言っていた。ブゥ兄弟に接触したのが同じ人物とは限らない(そもそもこの想区の性質上旅人は珍しい存在ではない)が、それほどの実力なら気づかれずブゥ兄弟を拐かす事も用意だろう。
「重要参考人ってことだな……」
タオが神殿に戻るころには時刻は一時を回っていた。
シュタルクを厩舎に戻し、カッツェに会いに行く。
「……ふーん」
話を聞き終えたカッツェはあまり面白くなさそうな顔をする。
「その旅人の話ならアタシも聞いたけど……、どうも勝負を仕掛けたのはクロヴィスちゃんの方らしいのよ」
「クロヴィスが?」
「えぇ。昼頃にフントちゃんとクロヴィスちゃんが勝負を申し込んでるのを見た人がいたわ。でも、すぐ勝負は行われずに、勝負が始まったのは一時間ほど後の事。おまけにフントちゃんはその場にいなかった。町のあちこちをふらふらとしていたそうよ」
「変な話だな」
「アタシもそう思う。ただ、現時点でその旅人が犯人とは決めつけられないわね。それとその旅人は女だったそうよ。だからどちらにせよブゥ兄弟の件とは無関係の可能性が高いわ」
「ほぼ振り出しってところか……。夕方までは暇だし、俺も情報を集めてみる」
「それはありがたいけど、あまり無茶はしないでね。レイナちゃんにはああ言っていたけど、あなただって十分すぎるほど働いているんだから」
「あんがとな。でも大丈夫、このくらい旅していた時に比べれば全然楽勝だぜ!」
「あ! タオさん、ちょっといいかしら?」
神殿へ続く道から町に入った直後、既視感のある呼びかけ。
しかし、その相手は八百屋の次男坊ではない。
声の主は、タオより少し年下の少女だった。
白い装束に腰より少し下に切りそろえられた艶やかな黒髪がよく映える。不思議な装身具や冠、赤い紐で体にとめられた破魔矢や扇など、いかにも神事に通じてそうな見た目の彼女だが、その見た目に違わず陰陽師の才覚を持ち、同時に白拍子の舞姫でもある。
「どうした、綾央」
タオの問いかけに、見た目より幼い、甘えるような口調で綾央は答える。
「タオさん。私と『でぇと』しない?」
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