第12話
「……はぁっ!」
「くっ!」
フントのクロウが両手杖に食い込む。反撃しようと杖に魔力を込めるが、その時にはすでにフントはその場から飛び退っていた。
(小さな体と素早さを生かしたヒットアンドアウェイ……。今のところ何とか対処は出来ていますが、それより問題は……)
キングブラックの耳が風切り音をとらえる。
(「あれ」がくる!)
身をかがめた直後、高速で飛来してきた物体が、一瞬前までキングブラックがいた空間を切り裂いた。
(高速で回転するブーメラン……! というかあれ完全に殺りにきてません!? こっちの計画バレていませんよね⁉)
「……やるな。俺の手裏剣をかわすとは……」
「手裏剣……? どちらかといえばブーメ……」
「手裏剣だ」
「いやブー……」
「……」 ぶんっ!
「どわぁぁぁ!」
無慈悲な一撃が飛んでくる。
「くぅ、遠慮のない……。まぁ遊んでいる時間もありません。私もぼちぼちいきましょうかね……!」
黒樫で作られた両手杖をかまえる。
「いきなさい!」
「これは……!」
キングブラックが呼び出したのは、青い炎の体を持った蛇。それも一匹だけではない。少なく見積もっても、三、四十匹以上いる蛇が一斉にフントに襲い掛かる。
フントは軽やかな動きでその襲撃を回避、手にしたブーメ……手裏剣で一匹ずつ確実に排除していく。
(あの動き……この戦法は対策済みという事ですね。やはりそう思い通りにはいきませんか……。まぁ、関係ないんですけど!)
杖の先に魔力が集まり、巨大な火球を生成する。
「『悔恨の鬼炎』!」
同時にフントの周りを囲んでいた蛇が互いに混ざり合い、炎の壁となって退路を断つ。
「ふぅ……、思ったよりも楽勝でしたね」
火球がフントを直撃し、爆散。それを見て、キングブラックは一息ついた。
しかし。
「――⁉」
首筋に寒気を感じた瞬間、カチリ、と硬質な音が後ろから聞こえてきた。
振り返ると同時に勢いよく転がる。
「……」
一瞬遅れていれば、あの鋭利な刃が体に食い込んでいただろう。
フントは無言のまま、跳躍して距離をとる。
「……お前ならよけると思っていた」
(あれ? なんか信用されている……?)
「ここからは……本気でいく……」
フントが、手に持った手裏剣を投げる。ただし、その方向はキングブラックとは真逆。そのままフント自身はこちらに突っ込んでくる。
キングブラックは鬼火を放ち足止めをするが、それを紙一重でかわされ、あっという間に詰め寄られる。
「くっ……⁉」
両手杖を横に構えてガードしようとしたその時、フントがキングブラックの横を駆け抜けた。
「えっ……?」
背後に回っての攻撃かと思い、すぐに体を反転させるが、フントは何もしてこない。
「……!」
しかし次の瞬間、フントが動いた。といっても攻撃してきたわけではない。彼はただ、腕を大きく引いただけだ。まるで何かを引っ張るように。
「まさか……!」
その行動の意味に気づき、そこから離れようとした刹那、疾風がキングブラックを切り裂いた。
「うっ……!」
ギリギリ致命傷には至らなかったが、切られた右腕から血がとめどなく流れだす。
(何かで手裏剣をつないでいるのですか……?)
間髪入れずフントが手裏剣を打つ。今度はキングブラックを狙った投擲だ。
それをかわし、その軌跡を観察する。目を凝らすと、黒く細い紐がフントの手元までつながっているのが分かった。
「……!」
フントがまたも紐を引く。襲撃を予想していたこともあり、今回は余裕をもって回避することができた。
(これは、まずいかも……)
周りはすでに夕闇の中。普段なら見えたであろう紐は闇に溶け、黒色の手裏剣やフントの装束は闇に紛れる。いまやここはフントの狩場同然だった。
「出なさい!」
杖から青炎の蛇を呼び出す。これでフントを牽制しつつあたりを照らそうという事だ。
「……食らえっ!」
フントが戻ってきた手裏剣を構え、投げる。ただの投擲ではない。軌道がまっすぐになったかわりに回転を極限まで上げた手裏剣は、闇を取り込ながら蛇を一掃する。
「……『彼誰時の葬送』」
「なっ――⁉」
全ての蛇が、フントの一投で闇に消えた。
「このっ、悔恨の――!」
「……遅い!」
手裏剣が飛ぶ。キングブラックはそれをかわし、
「ぐぁぁ……!」
よけた瞬間、今度は左の腕に激痛が走る。
たまらず、黒樫の杖がキングブラックの手から離れた。
(どのタイミングで紐を引くかはフントの自由……、抜かりました……)
手裏剣をおさめたフントがこちらに近づいてくる。もう決着はついたという事だろう。実際、両腕に傷を負った以上、もう杖を持つことはできない。
(やはり、私では力不足でしたか……。もう少し、やれると思ったんですけどねぇ……)
もはやここまで。二匹の野望は潰えてしまうのかと思われたその時。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「がっ……!!」
落ちてきたジャバウォックがフントの頭を殴りつける。
「なっ……なんでここに⁉」
「クロヴィスを連れてきた。そしたら貴様が戦っているのが見えたのでな、足音で気づかれないよう跳んできた」
「跳んできたって……。まさか町の入り口からですか⁉」
宿場町と神殿は、一直線の道でつながれている。町よりの場所で戦っていたとはいえ、町からここまでは五十メートルほどあるはずなのだが。
「手酷くやられたな」
「情けない姿を見せましたね……。あなただけに仕事を任せるわけにはいかないと思ったんですけど、このざまです」
キングブラックの言葉に、ジャバウォックはため息をついた。
「……お前が悪賢いのは知っている。この先お前がいなければ我の野望は達成できん。だから……」
「……?」
「我を頼れ。お前はただ、道を示せばいい。その道を塞ぐ障害があるのなら……我が叩き潰す」
「それって……」
「っ……! さっさと行くぞ! 祠についたら手当をしてやる!」
フントを担いだジャバウォックは、さっさと歩きだす。
おいて行かれた形になったキングブラックだったが、ジャバウォックをすぐに追うことはしなかった。
「……らしくないな。あんな殊勝な事言うやつではないだろうに。何か思うところがあったのか? まぁ我とて……。いや、勘繰りはよそう」
キングブラックはうずく腕を下げ、立ち上がる。
「全ては野望達成のため、お互いにお互いを利用しあう。それが我ら……『鶏竜同盟』だ」
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