第11話
時間は、クロヴィスが拳による打ち合いを解禁した直後に遡る。
キングブラックは噴水の縁に座り、考え込んでいた。
(ジャバウォックの力は語り手の数と技量に依存する……。今、重視すべきは数の方だ。なるべく多くの人間にジャバウォックの詩を聞かせるにはどうすればいい……)
ジャバウォックと同じように勝負をしかけ、ジャバウォックの詩を聞かせるか? だが、それには時間が足りない。かと言って、普通に頼み込んでも断られるか、最悪聞いてくれたとしても不審な人間として情報が神殿に回りかねない。
(くっ……、私には何もできないのですか……)
無力感と、自分の事を信頼してくれたジャバウォックへの罪悪感で胸が締め付けられる。
(……まだです。諦めたら何も始まらない! 私を信頼してくれた友のため、最後まであがき続けなければ!)
決意を固めたキングブラックの前を、二人の少女が通り過ぎた。
「これからどうしようねー」
「まだまだ私は余裕よ。もっと歩きましょ」
「ふふ、わかったわ。あ、そうだ! この前旅人さんからもらったレコードがあるんだけど、私の家で一緒に聞かない?」
「レコード……? あぁ、あれの事ね、知ってるわよ!」
「レコードはね、うすべったい円盤で、それを回すと人の声が聞こえてくるの!」
「当たり前ね!」
「他の想区の人魚姫さんって人の歌声らしいんだけど……、とっても透き通っていて素敵な歌声なの」
「私そんなの絶対聞きたくないわ!」
「決まりね。じゃあ行きましょうか!」
(なんでしょう、会話が全く噛み合っていないような……。いやいや、そんな事を気にしている場合じゃありません! 早くジャバウォックの詩を広める方法を……歌?)
直後、キングブラックの頭に雷が落ちてきた(比喩的な意味で)。
キングブラックはばっと立ち上がると、走り出す。
「店主! ギターと音楽家っぽい服を見繕ってください! 今すぐに!」
「さぁ、ここからが本番だ!」
肩を回してジャバウォックが吠える。
「あいつ、不死身かよ……」
ギャラリーの誰かがぽつりと呟く。
それはありえない、とクロヴィスは断言できる。拳を交わせば、自然と相手の性格や生き様が分かるものだ。もしあの女が不死か、それに準する力を持っていたとしても、性格的にそれを隠し続けることなどできないだろう。
(つまり、何らかの方法であの技を回避した……!)
自然と笑みがこぼれる。
「まったく、ここまで
「我も今、楽しくてしょうがない! 決着をつけるぞ!」
ジャバウォックが駆ける。対するクロヴィスは、体に残ったわずかな魔力を魔導書で増幅。魔方陣から放出する。
「はぁっ!」
魔力攻撃の射程はおおよそ二メートル。ジャバウォックの手足がとどく距離はさらに短い。だが、クロヴィスの攻撃があたる直前、ジャバウォックは勢いよく反転。次の瞬間、横からの衝撃がクロヴィスを襲う。
「ぐっ……⁉」
予想外の衝撃に、受け身も取れず地面を転がる。
衝撃の正体、それは
「尻尾……だと……⁉」
爬虫類のそれを思わせる棘のついた黒い尾が、ジャバウォックから生えていた。
(魔法を打ち消す能力の尾……⁉ いや、魔力を帯びさせる事で俺の攻撃を打ち消したのか!)
「なるほど、ただの空白の書の持ち主ではなかったか……。元の運命はブレーメン達のような動物……。なるほどな」
「ま、まぁそういう事だ!」
急に挙動不審になるジャバウォック。
「魔力にその尻尾……。そんな隠し玉があったとはな……」
クロヴィスが魔導書を閉じる。しかし、諦めたわけではない。
「だが、まだ勝負は決まっていない……! 最後の一撃、耐えてみせろ!」
閉じられた魔導書。その表紙にかたどられた聖女が光を放つ。
「くっ……」
ジャバウォックの肌がひりつく。クロヴィスの体に残ったほんの少しの魔力が魔導書の周りを渦巻き、信じられないほどに増幅していく。
「いくぞ!」
最大まで増幅された魔力がクロヴィスの左腕に集中する。ジャバウォックを撃ち落としたあの必殺技ほどではないが、それでもジャバウォックを倒すのに十分な威力の雷が込められているのが感じ取れた。
ジャバウォックも、得たばかりの魔力を腕に流し込む。あふれた魔力が炎となって腕の周りで逆巻いた。
誰が見てもこれが最後の一撃になるのは明らか。皆、固唾を飲んで勝負の行方を見守る。
もはや語る事はない。二人は無言のまま近づき、拳をかまえる。
そして。
炎と雷、二つの拳がぶつかりあった。
「ふっ……、ここまで、だな……」
クロヴィスの体が、ゆっくりと倒れる。
ジャバウォックはそれを、どこか寂しげな表情で見下ろしていた。
「終わっ、た……?」
まだ決着はついていないのではないか。さらにどんでん返しがあるのではないかと広場は静まり返ったままだ。しかし、クロヴィスは倒れたまま動かない。
そして次の瞬間。
割れるような大歓声が起こった。
「ふぅ……」
たまらずジャバウォックはへたり込む。
「俺もまだまだだな……。世界が広いという事を改めて実感した」
「起きていたのか」
「これくらいで気を失うほどやわじゃない。ただ、体は全く動かないがな」
「体内の魔力を全て使い切ったのか……。馬鹿め」
仰向けに倒れたクロヴィスは軽く笑う。
「悔いはない。自分の全てを出し切って戦えた、それだけで満足だ」
今のクロヴィスは満ち足りた顔をしている、そしてそれは自分もそうだろう。
「次に戦うのは祝祭か……。今度は俺が勝たせてもらう!」
「あ、あぁ……。……受けてやろうではないか!」
せめて今だけは。ジャバウォックは空を見上げてそう思った。
「ん? あれは……いわゆるストリートミュージシャンというやつか?」
「みたいね」
「音楽については良くわからないが……、あれはうまいのか?」
「まぁ普通に上手いとは思うわ。……というかあの歌、どこかで聞いたことあるんだけど……」
「確かに……。この頭がおかしくなる歌詞、どこかで聞いたような……」
その時、町の外れの方から歓声が聞こえてきた。
「いけない! まさかもう終わっちゃった⁉」
「さっさと行くぞ!」
2人が去っていくと同時に、歌っていたローブの人物も顔をあげて歓声のした方向を見る。
「終わりましたか……」
彼は観客に頭を下げると、ギターを背負ってそそくさとその場を後にした。
人通りのないところまできたところで、彼はフードを外す。
「コッコの里の宴会芸に披露しようと思って、シャドウハッタに教えてもらったギターがこんなところで役に立つとは……。鶏生何がおこるかわかりませんね……」
ギターをどうしようかしばらく悩んだ後、脱いだローブにくるんで家と家の隙間に押し込む。
「これは後で取りに来るとして……、さて、今度は私の番ですか。荒事は得意じゃないんですけどね……」
フントは西日で照らされた道を歩いていた。いつもは神殿に用がある人が行き来するこの道だが、祝祭準備中は神殿に勤めている者しか通らない。
一年に一回行われる祝祭は、三日三晩続く祭りであり、多くの催し物が神殿で開催される。そのためいつもは解放されている神殿も準備のため一般の人間は入れなくなるのだ。
「……」
いつも寡黙なフントだが、今日はいつにもまして無口だった。昼間、クロヴィスと別れた後は屋台をめぐり、その後いつも勝負をしているオデッサとアンガーホースのところを訪ねたが、どちらも留守。結局今日は二人に会うことはかなわなかった。
クロヴィスは、最初ジャバウォックと戦えなかった事を「楽しみを取り上げられた」と表現したが、フントからすればそれはまさしく「おあずけ」状態。おまけにそのおあずけ状態を少しでも紛らわすために訪れた二人も留守にしていて会えなかった。早い話、フントはおあずけにつぐおあずけでイライラしていたのだ。
「……」
今日は深夜までクロヴィスと手合わせをしよう。フントはそう誓った。
「ど~も~」
「……⁉」
突然背後から聞こえた声に、フントは驚きとともに振り向く。警戒していたというわけではないが、特別気を抜いていたわけでもない。それなのに、背後の気配に気づくことができなかった。
そこにいたのは黒髪の青年。満面の笑みを浮かべているが、それがかえってにじみ出る怪しさを増長させている。
「何の用だ……」
想区の住人なら、今の神殿は立ち入り禁止なのを知っている。つまりこの青年は想区の外からきた空白の書の持ち主だという事だ。
「あぁ、そう警戒しないでください。私はしがない旅人ですよ。強い人と戦うことを楽しみにする……ね」
どうですか、と青年は手を出す。
「ブレーメンの音楽隊が一人、『沈黙の猟師』ことヤクト=フントさん。良ければ私と戦ってくれませんか?」
願ってもいない話だ。このフラストレーションを解消する機会が向こうから来てくれるとは。
「加減はできないぞ……」
「かまいません。それじゃあ……始めましょうか」
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