第10話
「おいおい、クロヴィスさんが眼鏡とった所なんて初めて見たぞ」
「ほう……、あれがぬしを倒した女かえ。何やら人間離れした雰囲気を感じるが……はてはて」
「駒若夜叉、話を最後まで聞け! 私は常々言っているだろう、自分の才能に胡坐をかき、技を学ばなければいつか敵わぬ相手が出てくると」
「う、うっせーな! まぁ負けたのは悔しいし、そっちが教えてくれるっていうなら聞いてやらねぇこともないけどな!」
「それが人にものを頼む態度か!」
駒若夜叉と共にいるのは、武人然とした雰囲気の紫髪の少女――蒼桐と、女児と見間違う小さな体躯の白狐――初芽。二人とも「鬼祓士」の一員である。
後ろで口論を繰り広げる二人を無視し、初芽は眼前の攻防を眺める。
「あやつもそうじゃが、クロも大概人間離れしているのぉ。まぁ神殿を守る戦士じゃ、あれくらいの実力がないといけぬのかもな……」
「どちらが勝つと思いますか?」
駒若夜叉の口を引っ張りながら蒼桐が尋ねる。
「そうじゃのう……。今のところクロが優勢、と言っておこう。ただ、あの女の底力も侮れん。番狂わせが起こる可能性も十分あるなぁ」
「いひゃ、クロヴィシュしゃんの勝ちにきみゃってるだろ(いや、クロヴィスさんの勝ちに決まってるだろ)」
口を引っ張られながら駒若夜叉が言う。
「あにょ人は格がちぎゃうからな(あの人は格が違うからな)」
「はぁぁっ!!」
銀色の拳が空気を切り裂く。両腕でガードするが、それでも威力を完全に殺すことはできず、ジャバウォックは後ろに下がる。
クロヴィスは魔導書でそれを追撃。現れた魔方陣が、腕の動きと連動して魔力を放出する。
「ぐっ……」
今度はかわしきれず、魔力の槍が肩を貫く。物理攻撃ではないため傷跡などは残らないが、一瞬のうちに身を焦がす電撃が腕を駆け巡った。
だが、クロヴィスの攻撃はまだ終わらない。
「ジル・ド・レ様、ジャンヌ……。俺に、力を!」
その声に呼応するように、二人から託された魔導書から爆発的な魔力が流れ出した。
「これは……!?」
全身が危険信号を発する。ジャバウォックは石畳を砕きながら、思い切り跳躍した。
「これが俺の全力だ! 『神はこう説いておられる』!」
その直後、ジャバウォックがいた場所が巨大な雷球に包まれた。
「――!?」
跳躍で十数メートルの高さにいるジャバウォックの肌が電気でひりつく。その威力にジャバウォックは思わず絶句した。
(これが調律の巫女一行の力……!)
雷球が収束し、消えたのと同時にジャバウォックの体が落下を始める。
アンガーホースとの戦いで、不用意に空中に逃げる事の危うさは知っていた。
だが、今回は相手も大技を使った直後、おまけにクロヴィスの魔法攻撃は射程がかなり短い。うまくいけば、落下の勢いにのせて強烈なカウンターを叩き込めるだろう。そうジャバウォックは考えていた。
しかし次の瞬間、再び魔導書から膨大な魔力があふれ出す。
(馬鹿な……!? あの威力の技を連発だと!?)
驚愕はしたが、打つ手なしというわけではない。あの雷球の中心を落下の勢いで打ち抜けば、雷球は形状を維持できなくなり爆散する。多少ダメージは受けるかもしれないが直撃するよりはるかにましだ。
しかし、またしてもジャバウォックの思惑は外れる形となった。
魔導書からあふれだした魔力がクロヴィスの左腕に流れこむ。
クロヴィスが左腕を掲げると、そこから噴き出た魔力の奔流がクロヴィスを中心として渦巻く。その様は、まるで雷球に包まれているかのようだ。
「まさか……!!」
「『神拳はかく語れり』……! 打ち砕く!!」
渦巻いていた魔力が左腕に吸い込まれ、クロヴィスが拳を放つ。拳に込められた膨大な魔力が解き放たれ、避ける間もなくジャバウォックを飲み込んだ。
「ほほう、これは……」
「決着……ですね」
初芽が感嘆の声を上げる。オデッサやアンガーホース、フントにも見せたことのないクロヴィスの全力の一撃は、例えるなら雷のレーザー砲。蒼桐がそう考えるのも無理はなかった。
だが、
「お、おお――!?」
ギャラリーが大きくどよめく。
力なく落ちてきたはずの、クロヴィスの全力に撃たれたはずのジャバウォックが。
立ち上がっていた。足元がふらついているが、その目に宿った闘争の炎は消えるどころかより一層強く燃え上がっている。
「なっ……」
思わず驚愕の声がもれるがそれは一瞬の事、構えをとったクロヴィスの口元には笑みが浮かんでいた。
銀と黒、二つの籠手がぶつかり、音を響かせる。
ジャバウォックはクロヴィスの蹴りを手ではじき、そのまま相手の胸に拳を叩きこむ。一瞬息が詰まるが、クロヴィスはそれを意に介さず下がりながら魔方陣を展開、雷撃がジャバウォックの足を襲う。動きが鈍くなった一瞬の隙をつき、クロヴィスの蹴りがジャバウォックを吹き飛ばした。
お互い出し惜しみなしの全力勝負。だが、状況はいまだクロヴィス有利だった。
クロヴィスの魔力はまだ枯渇していない。その残存魔力は大技一回分。それをどうしのぐかで勝負が決まる。
「はぁっ!」
「はっ!」
三度拳が交差する。クロヴィスが後ろにとびながら魔導書を構える。
「同じ手は食らうか!」
ジャバウォックもバックステップで距離をとる。
しかし、それはフェイク。ジャバウォックが後ろに下がった瞬間、クロヴィスが突進し、ジャバウォックの懐に入り込む。魔法攻撃の回避の事だけを意識していたジャバウォックはその動きに対応できない。
「はぁぁっ!!」
クロヴィスの渾身の一撃がジャバウォックを直撃する。
「がぁっ……」
ジャバウォックは宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「これで終わりだ!」
クロヴィスの魔導書から魔力が噴き出す。正真正銘、最後の大技だ。
「くっ――」
回避しようとしても、体が思うように動かない。
「ここまでか……」
そして、雷球がジャバウォックを飲み込んだ。
「終わりじゃな。不死の身でもなければあれを耐えることなどできぬ」
初芽がそう結論付ける。
「じゃが、いい戦いじゃった。お前たちもこの勝負をよく覚えておけ」
「さぁ、帰って稽古だ。これからみっちり技を教え込んでやるからな」
「くっ……。しょうがねぇ、やってやるよ」
「だからなぜお前は素直に頼むという事ができないのだ!」
「くー! 結局クロヴィスさんの勝ちかー!」
「まぁあの姉ちゃんもよくやったと思うぜ。でも賭けは賭けだからな。ごちそうさん」
「ちくしょー!」
誰もが決着がついたと思っていた。ギャラリーも、クロヴィスも。
「……は、はははは……」
それをあざ笑うかのように、笑い声がした。
「まさか……!」
「ハハハハハハハハハハハハ! ニワトリめ、時間をかけさせよって……。決めた、奴は丸呑みにしてやろう!」
そして、雷煙のけぶる中、ジャバウォックは立ち上がった。
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