第9話
周囲から歓声が沸きあがる。
駒若夜叉と闘った決闘用の広場は、詰めかけた観客によって真夏もかくやという熱気に包まれていた。
「おいお前ら。どっちが勝つと思う?」
「そりゃクロヴィスさんに決まってるだろ! あの人が負けたところなんて見たことがねぇ」
「いや、あの姉ちゃんも相当腕がたつとみた。俺は姉ちゃんに今夜の酒代をかけるぜ!」
「よっしゃ! その言葉忘れるなよ!」
「……その、すまないな。俺がここで勝負するといつもこうなってしまう」
申し訳なさそうにクロヴィスが言う。
(こうも人が多いとこいつを捕まえるのが面倒そうだな……、まぁ厄介な事はあのニワトリが何とかしてくれるだろう)
「かまわぬ。さっさと始めるぞ」
「あぁ。いい勝負にしよう」
二人は歩み寄り、固く握手する。
この勝負に開始を告げる審判はいない。握手をし、二人が最初の場所に戻ったその時が勝負の始まりである。
『五、四、三……』
いつの間にか、二人の歩きに合わせてカウントダウンの声がおこっていた。
『二、一……!』
つま先が赤く塗られた地面に触れた瞬間、ジャバウォックは反転し駆け出す。
魔導書を開いたクロヴィスは、その場から動かずにそれを迎え撃つ。
(我の経験上、魔導書は大きく二つに分けられる。地面に魔方陣を描く『縦』の攻撃を主体にするタイプか、空中に魔方陣を描く『横』の攻撃を主体にするタイプ。貴様はどちらか、まずは視させてもらうぞ!)
二人の距離がみるみる縮まっていく。
「—―っ!」
ジャバウォックの拳が届く距離、その一歩手前でついにクロヴィスが動いた。
片方の腕を素早く突き出した瞬間空中に魔方陣が現れる。
それを見たジャバウォックが地面を蹴りつけ、勢いを無理やり殺して後ろに飛びのいたのとほぼ同時、魔方陣から高濃度の魔力が放出された。
すんでのところでかわしたジャバウォックは、バックステップで距離をとる。
「今何が起こったんだ……?」
「俺も分からねぇ……」
「というか石畳が砕けてねぇか? あの女、本当に人間かよ……」
「よ、よく分からないけどとにかくすげぇ……!」
一瞬のうちに起きた攻防にギャラリーが沸く。
(なるほど、奴は後者のタイプか。しかも、攻撃のタイミングを見る限り奴の射程はかなり短い。そうと分かれば、早速仕掛ける!)
ジャバウォックは再びクロヴィスとの距離を詰める。
それに対して、魔方陣を出現させ迎撃の構えをとるクロヴィス。
まるで一度目の攻防のリプレイを見ているようだった。
その時までは。
「!!」
魔方陣から魔力のランスが放たれた瞬間、ジャバウォックはわずかに体をずらし、そのランスの先をよける。
「なっ!?」
クロヴィスが驚きの声をもらす。
自身の魔力を、魔導書を媒介として集約、可視化できる程高濃度な魔力にして放出するというのが魔導書ヒーローの攻撃の仕組みだが、体を離れた魔力はすぐに拡散してしまうため、攻撃の先にいくほど魔力を集約させて威力を維持しなければならない。必然的に魔力の形状はランス、つまりは円錐形に近い形になる。「横」タイプに限って言えば、軽く軸をずらすだけで魔力の先端の回避は可能なのだ。
「くっ!」
クロヴィスが後退しようとするがもう遅い。そこはすでにジャバウォックの攻撃範囲内だ。
「吹き飛べ!」
石畳をも砕く蹴りが至近距離でクロヴィスを襲う。いくらヒーローの力を得た調律の巫女一行でも、この一撃を耐えることはできない。ジャバウォックは自らの勝利を確信した。
だが。
ひどく鈍い、まるで鉄と鉄を打ち合わせたかのような音が広場に響いた。
周りにいた観客、そしてジャバウォックが、その音の発生源に気づいたのは数秒後の事だった。
クロヴィスが、ジャバウォックの蹴りを腕一本で受け止めていたのだ。
「―――っ!?」
理解より本能が先立ち、ジャバウォックは後ろに跳んでいた。
(今の音は一体……! いや、それよりも、
クロヴィスの構えを見たジャバウォックはハッとする。
魔導書を持っていない左手を額の前に、重心を足におき、軽くステップを刻む。
その姿勢は、支援職である魔導書使いのそれではない。
「魔導書は武器の一つ、本職は
「いい蹴りだった。――次はこちらの番だ!」
次の瞬間、一瞬で距離を詰めたクロヴィスが拳を放つ。
「ちぃっ」
それをかわし、反撃……否、ジャバウォックの射程外まで下がったクロヴィスの魔法攻撃を寸前でよける。
かわした瞬間、すくいあげるようなアッパーが飛ぶ。これも顔をそらすことでかわすが、数本の髪の毛が持っていかれた。
ジャバウォックが体勢を崩した隙をつき、再び魔法攻撃。なんとか対応するが、魔法が皮膚を掠め、鋭い痛みを残す。
「ぐっ、この……!」
魔導書が近接戦闘で不利な理由の一つとして、攻撃が単発だということが上げられる。
たとえば片手剣であれば、斬り下し一つとっても、そこから状況に応じてさまざまな剣技に派生させる事ができる。
魔導書の場合、一発ごとに魔力を充填しないといけない上、攻撃全体の威力を均一にするため放出した魔力の形を変える事もできない。そのため、近接職、特に手数を武器にした籠手とはすこぶる相性が悪い。
しかし、クロヴィスは格闘術を動きの中に取り入れることでその弱点をカバーしていた。不用意に近寄れば強烈な一撃を食らうが、それを恐れて距離をとればリーチで勝るクロヴィスの独壇場だ。
「うぉぉぉ!」
なればこそ、ジャバウォックは一歩前に出る。
クロヴィスの混合戦法の弱点、それは近距離での打ち合いでは魔導書が使えなくなるという事だ。単純計算で腕二本と一本の戦い。分があるのはジャバウォックの方である。
クロヴィスの拳が顎に通る。一瞬意識が飛びそうになるが、ジャバウォックはそれを耐え、強烈なカウンターパンチを叩き込んだ。
「ぐぉっ!?」
さすがのクロヴィスもこれには耐えれず、よろめきながら後ろに下がる。
「これ、本当にあの姉ちゃん勝っちゃうんじゃねぇか……!?」
予想外の事態にギャラリーがざわつきだす。
「……」
普段ならそれを聞いて得意満面になるところだが、ジャバウォックには一つ懸念点があった。
(たしかに手ごわい。だが、手ごわいだけだ……。まだ何か、ニワトリが警戒するだけのものをこいつは隠している……!)
クロヴィスが唐突に構えを解いた。
「……まだ名前を聞いていなかったな」
「ジャバ……フィーリ・ドラグエット。想区を旅するただの放浪者だ」
キングブラックに考えさせた偽名を名乗る。キングブラックとの関係を隠すため、独りでこの想区に来たという設定だ。
「ドラグエットか。期待通り……いや、それ以上の強さだ。その強さに敬意を表し、俺も全力を出させてもらう!」
クロヴィスは法衣を脱ぎ捨て、シャツ一枚の格好になる。さらに懐から薔薇を模した銀の籠手を取り出し、左手にはめる。
眼鏡を通さずに見る目は静かなる闘気に満ち満ちていた。
「改めて名乗らせてもらおう。俺は『青薔薇の執事』クロヴィス。ここからは本気でいかせてもらうぞ!」
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