第8話

「本当にやるんだな……」


「覚悟を決めるように言ったはずです。もうやるしかないんですよ!」


 握りしめた手がわずかに震えている。

 ブゥ兄弟の失踪への関与が知られた事で、事態は最悪と言ってもいい状態にまで悪化していた。

 なぜ状況がそこまで悪化したのか。それは二匹の作戦に関係している。



 フィーマンの想区を治める立場のレイナはほとんど神殿から出てこず、出てきたとしても厳重な警備がつけられる。

 それをかつて想区に訪れた際に知っていたキングブラックは、直接神殿を襲う方向で作戦を考えていた。



 何もせずに神殿に乗り込んでレイナの首を狙う場合、調律の巫女一行のファムを除くフルメンバーとブレーメンの音楽隊を同時に相手にする事になる。

 その場合の勝率はほぼゼロパーセント。

 「鶏竜同盟」が勝利するためには、調律の巫女一行とブレーメンを各個撃破し、相手の頭数が減った所で神殿を強襲するか、彼らが分散したタイミングを狙って短期決戦を仕掛けるしかない。

 そういう意味では、普段は想区の四方を守護している調律の巫女一行が、神殿に揃う祝祭期間というのは二匹にとってはマイナスの要素だったのかもしれない。

 意図的に神殿の兵力を分散させるにはこちらの人員が足りず、また、帰りを信じて待っている妻の事を考えると偶然を信じて時間をかけるわけにもいかない。つまり各個撃破が二匹に残された唯一の勝ち筋なのだ。



 その足掛かりとなるのがブゥ兄弟だったのだが、失踪の疑念がこちらに向いた事で、今、その勝ち筋すらも断たれようとしていた。

 仮にうまくその場を切り抜けられたとしても、後に調律の巫女一行やブレーメンを捕まえた時に、その疑いは必ず障害として立ちはだかるだろう。


「油断していたつもりはありませんが、こんなことで足をすくわれるとは……!」


 もちろん、フント対策も講じていたつもりだった。朝一番で銭湯に行ったのも、リフレッシュ以上にブゥ兄弟の臭い消しの意味合いが強い。

 しかし、「沈黙の猟師」の嗅覚の良さは想像のはるか上をいっていた。


「なんとしても、二人が神殿に帰る前に決着をつけないといけません。幸いな事に、二人ともまだ町にいるようです」


「二手に分かれて潰すか?」


「いえ、下手に戦力を分ければ共倒れは必至。確実に一人ずつ撃破していくことを考えましょう」


「……賭けだな。片方にかかずらっているうちにもう一方を逃したらどうする」


「こうなってしまった時点で賭けじゃない選択肢なんて存在しませんよ。安心してください、私こう見えても悪運は強いんです」


「ふん……。貴様は我より頭が回る。その貴様が言うならそうなのだろうな。その賭け、乗ってやろうではないか」


 ジャバウォックは不敵な笑みでガントレットを打ち合わせる。


「ここからそう遠くないところにクロヴィスがいるようです。まずはクロヴィスと接触してください。あなたが戦っている間に、どうにかしてあなたをパワーアップさせてみせます」


「どうにかして……。ま、まぁいい。その後は犬の小僧を潰せばいいのだろう?」


「えぇ、ですがまずはクロヴィスの事を考えてください。他の事を考えていて勝てる相手じゃありませんよ」


「くくっ、我を誰だと思っている。敵対にして破壊の竜、ジャバウォックだぞ。人間の一人や二人軽く捻りつぶしてくれる! 貴様こそつまらない事でしくじったら丸呑みにしてやるからなぁ」


「ふふっ、ご冗談を。私こそは偉大なるコッコ族の王、キングブラックコッコちゃんですよ? 私がしくじるわけがないでしょう」


 二匹の間を風が吹き抜ける。それを合図にして、二人は互いに背を向けた。


「「任せたぞ」」







「ふぅ……、これで最後か」


 クロヴィスは自分の背丈ほどある木材を軽々と担ぎ、停めておいた馬車の荷台に並べる。すでに馬車の荷台はさまざまな物でぎゅうぎゅうになっていた。


「まったく、フントはどこにいったんだ。またオデッサと闘いにでもいったのか?」

 

 買い出しを手伝ってもらいたかったのだがと、クロヴィスは軽くため息をつく。

 広場を出てしばらくクロヴィスと話をしていたフントは、話が終わった瞬間跳ねるように走ってどこかにいってしまった。

 ただ、フントの気持ちも分からなくはない。剣の達人であるオデッサが手も足も出なかったという女拳士の話を彼女から聞いた時、久しぶりに期待で胸が躍る感覚を味わった。

 自分と同じかそれ以上に強い相手と拳を交わせるかもしれないという楽しみ。それが体を突き動かし、前日のトレーニングにもつい熱が入ってしまった。そしてそれはフントも同じだろう。

 しかし、当の本人が体調不良だというのだ。

 体調不良では勝負を無理強いする事もできず、楽しみが取り上げられたようなモヤモヤした感触だけが残った。

 それを解消するために今日のトレーニングはいつもの倍やろうかと自分の手を見ながら思う。


「さて、そろそろ帰るか」


 馬の頭を軽く撫でると、馬がゆっくりと歩きだす。時折後ろを振り返ってみるが、荷物はしっかり固定されており荷台から落ちる様子はない。


(今日は残念だったが、九日後の祝祭の時にまたチャンスはある。それまで待てば――)


「おい」


 馬車の前方、細いわき道から一人の人間がゆらりと姿を現した。


「あなたは……体調は大丈夫なのか?」


「おかげさまでな。薬屋の倅にもらった薬のおかげでこの通りだ」


「それはよかった。ところで……」


 ブゥ兄弟の事を何か知っているか、そう尋ねようとしたクロヴィスに対し、女は拳を突き出しそれを制する。


「拳士にとって言葉は雑音ノイズだ。そうであろう? 話すことがあるのなら、全てが終わってからだ」


 クロヴィスはそれに微笑で応える。


「そうだな。――神はこう説いておられる。『拳で語らえ』と!」

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